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2003年7月10日

誰が悪魔を創造ったか

九州である少年が補導されましたね。
12歳の少年。
容疑は、幼い子どもを連れだし、ビルの屋上から突き落とし、死なせた疑い。

先日は沖縄でも、中学生が同級生を暴行で死なせ、埋めてしまったという事件も起きました。


こういう事件を聞く度に、胸が痛くなります。

また、世の中では「少年法」の問題で大騒ぎですね。
罪を罰するのは良いとは思う。
それに間違いはないと思っています。

でも、それだけでいいのか、、、って何時も思ってしたりするのです。


今日、朝のニュースで、コメンテーターが、「社会環境が、犯罪を作り出すなんて、戦後の考え方で古すぎる」 と興奮しながら今の少年法を批判しまくっていましたが、正直、開いた口がふさがりませんでした。

これ、古すぎる考え方なんでしょうか?
これを考えないから、犯罪は増えるのでは?
刑法で、犯罪が減るなんていう考え方の方が古すぎるって思うのですが。


九州で補導された少年は、普段の生活ではまじめ。
成績はトップクラスで、休みもほとんど無し。
学校でも家でも、問題はなく、ただ、少し暗い子で、偶に爆発的にキレていたそうです。


少年が凶悪犯罪をおこすたびに聞く内容ですが、私、この内容を聞く度に、思い出すことがあります。


※ここからは、文献や専門の先生、医師によっても見解が違っていますので、個人的な考えとしてください。
 そういう論議を持ち込まれても、私は答えられないでしょう。
 専門的な話は、詳しい方ではないので。


「アダルトチルドレン」という言葉を聞いた事があるでしょうか?
アメリカ元大統領のクリントンが、公式演説で「自分はアダルトチルドレンだった」と言った事により、 世界的に知れ渡った言葉でもあります。
日本では、東ちづるさんが、インタビューで答えたことがあります。

これは、元々、アルコール依存症の大人の間でそだった子どもたちは、心の傷を持ってしまうという話から生まれた言葉です。
今では「親などから虐待を受けてきて育ち、心に傷をもってしまった人」の
こと全般をさして「アダルトチルドレン」という言葉になりました。


「アダルトチルドレン」という言葉から、「大人なのに子どものような振る舞いをする」などと言われたりと色々とあるようですが、 これらの中で、で非常に的確だなと思う表現が一つあります。

「アダルトチルドレン=大人であることを強いられた子どもたち」

この言葉、、、、、
今、昨今の少年犯罪に共通してある「成績優秀」「賢い子」「まじめ」etc。。。。にすごく当てはまる言葉じゃないでしょうか?


夜遅く、駅などにいる子どもたち。その肩には、塾のカバン。
そして、その手には、ハンバーガーなどのファーストフードやコンビニの弁当の袋。

公園やゲームセンターで遊ぶ子どもたち。
公園でさえもやっていることは、携帯のゲーム機。

電車の中、酔っぱらって帰宅途中のオヤジ顔負けで、爆睡している子どもたち。

インタビューやアンケートで、未来に希望がないと答えてしまう子どもたち。。。


その子ども達の目、、、見た事がありますか?
表情をみたことがありますか?
何か、曇っていて、何か、冷め切ったような目。
何もかも悟ったかの様な無表情な顔。

子どもとは思えない「大人の目」「大人の表情」をしていました。


アフガニスタンやイラク、そして、昔の日本の子どもたちの写真をみたことがあります。
そこに写る子どもたちの目は、ほんと、キラキラと輝いています。まるで透き通るビー玉の様。。。。。
いつも未来を夢見て、輝いています。


どこで、こんなに変わってしまったのでしょう。

もちろん、これは親の責任でもないし、誰の責任でもないでしょう。

でもどこで、変わってしまったのだろう。。。。。


こういう問題は、少年だけではないと思います。
この前の池田小学校の話も同じことが言えると思っています。


以前、ある友だちと話していたこと。

彼女は幼いころ父親から猛烈な虐待を受け、心に傷を負ってしまっていた。
その父親が、突然、亡くなった時、私の所に電話してきました。

「かわいそうだ、悲しい、なんもしてやれなかった」と。。。。

その父親に対して、その友人は言っていました。

「どうして?その父親に虐待を受けていたんでしょ?憎くないの?」

と私。

「虐待を受けて辛かったのは辛かった。でも、そのお父さんも辛かったんだよ。
 社会から、周りからたくさんいじめられていた。すごく辛かったんだ。
 だから、その矛先が私に向かってきたんだ。お父さんの方が辛かったんだ。
 だから、あんな死に方をして、辛い。。。すごく辛い。。。なにも
 してやれなかったことがすごく辛い。。。。」

と泣きながら言っていた。その父親は、あまり良くない死に方をしていました。


その時は、正直、この彼女がなにをいっているのかわからなかった。
でも、、、今は痛いほど、よくわかる気がします。

「社会環境が、犯罪を作り出すなんて、戦後の考え方で古すぎる」

こんなこと、本当に言えるのでしょうか。
こんな「人ごと」のようなことが、本当に言えるのでしょうか。
そして、「誰の責任か」などと考えることも、また、他人事なのではないだろうか。


今だからこそ、「社会環境が、、、私たち自身が、、、この犯罪を作り出している」と言えるのではないか。

そんなことを今、常々、思っていたりします。


こんな世の中、一刻も早く変えていきたい。
それには、「刑法改正」では、到底、対応しきれないと思う。


私たちが変わらなければ。。。。。私たちがその「悪魔」を創っていて、、、そして、私たちも、その「予備軍」だということを、、、、、 そのことを自覚しなければ。。。。そして、その「連鎖」を変えていこうとしなければ。。。。。


そう、改めて強く思ってしまいました。

投稿者 dfsys : 2003年7月10日 20:50