2004年11月29日

忙しさの中

11月は忙しくて、なんとも、ネットをやっている暇もなく、日記もなにも更新できなかった。
会社もボランティアも私事も。。。


13日は新居へ引っ越しで、その前後は大騒ぎ。
八王子内を、北東に2キロほど移動しただけなんですけどね。

まぁ、こんな時にという感じで、、、、、、

5月にオヤジさんがいきなり、
「土地かったから、今度引っ越すんでよろしく!」と言われ、あっと言う間には半年。

家は大きくなったのはいいけど、荷物が多いので、結構、手狭になってしまったかも。。。
今、現在、自分の荷物のダンボールがやっと半分片づきました。

山の上にある俗に言う新興住宅地なもんだから、携帯は繋がりづらく
(1~2本、アンテナが立っているのがやっと)、テレビもやっと映りよくしてもらえた。
ネットもBフレッツがまだ未開通のところだったので、しかたなくADSLの47Mにランク下げ。
やっとこそさ、先週の中頃繋がったけど、う~ん、、、やっぱり、遅いし、少し不安定気味だなぁ。。。。。(ーー;)


20日は、今、かなり深く関わっている
日本小型武器行動ネットワーク(JANSA)
http://jansa.jp/ の設立イベント。
引っ越しと重なってしまって、準備が間々ならず、パニクッてしまった。
イベントで流す15分程度のオープニングビデオの編集をPCでやっていたのだけど、
15日ごろから、睡眠1時間~2時間という状態になってしまって、ちと、大変でした。

でも、なんとか準備も終わり、当日。
お客さんはすくなかったけど(1/2程度)、かなりの盛り上がりでした。
音楽やフィルムあり、前国連軍縮会議日本政府代表部特命全権大使の猪口邦子さんの
基調講演あり、各界の人をお招きしてのパネルディスカッションありと、スタッフがみても、
感動できるようなイベントでした。

私が作ったビデオも上映。こちらも、結構、評判よかったです。
映像分野や国際支援分野の専門家の方からもお褒めの言葉をもらいました。
大変だったけど、かなり、嬉しい。。。

朝日新聞などのマスコミにも取り上げてもらったり、各国大使館の要人の方々とか来てくれたり、
世界各国のNGOなどからもお祝いのメッセージを頂いたりしました。
今度、ニュース23とかにもJANSAの活動などが流されるかもとのこと。。。。

JANSAの”生誕会”としては、まずますの様子。
これからが面白くなりそうで、ワクワクしてくる。楽しみだ。


あけて21日。
丸一日、死亡。。。。体動かず、、、24日ぐらいまで、ウダウダだった。

今はなんとか復帰したけど、ちょっと、まだ、しんどい。。。もう、あと2日で12月やんけ。。。。うにぃ。。。

2004年11月14日

本当は一つの世界

この記事は、あるMLで投稿したものです。

 


 

昔は、障害者クラス、要は、特殊学級というものは、ほとんどの学校で
存在していなかったそうです。障害の有無で分け隔て無く同じクラスにいて、
他のクラスメート同士で助け合って一緒に勉強したり遊んだりしていたそうです。

汚い話かもしれませんが、お漏らしなどもあったりしました。
でも、それをいやがることもなく、騒ぎ立てることなく、
他の誰かが、ぞうきんやハンカチできれいにしてあげるという光景もあったそうです。
(逆にそういうことがあったときは、みんなで守るということをしていました)

そのころ、学校に通っていた子どもたちは、それが当たり前だと思っていました。
それが自然だと思っていました。
障害のある人と一緒にいる世界ということ自体が当たり前の世界でした。


しかし、戦後、10年、20年経ったのちに、
障害者学級や特殊学級、養護学校などという施設が出来るようになりました。
障害をもった子どもたちは、自然にそこに入れられるようになりました。

そのころから、障害者と健常者の世界が別の世界になってしまいました。
交流ががっくりと少なくなってしまいました。
住む世界が全く違うようになりました。(私自身も、別の世界だと思っていました)

ですから、藤枝さんのメールに書いてあるように、実際に障害者の人と会ったとき、
どう接したらいいのか、とまどってしまうことになるそうです。

たぶん、今の大人の人のほとんどがそうでしょう。


障害者施設が、まるで障害者の社会参画支援のように、日本では言っていますが、
実際は、全く逆です。

ちなみに欧米では、現在、ほんの特殊な例以外は、そういう施設は全くありません。
(もちろん、専門病院やリハビリセンターなどはのぞきます。)
自由を重んじる欧米では、そういう施設の存在自体が「隔離」として扱われ、
法律や憲法違反になってしまうからです。

だから、障害を持った人がいること自体が当たり前の世界になって、
全く違和感なく、障害をもった人が社会にとけ込んでいます。
公共施設などにスロープなどが作られたりすることも”当たり前”です。

たしか、そういう国では、”ハンディキャップ(社会的に不利な人)”とは言わずに、
”チャレンジド(挑戦する人)”という言い方に改められているそうですね。


子どもたちが、障害をもった私をみて、お父さんやおかあさんに
「あれなに?」「変なの!」って言います。それをご両親は怒ったり、
私の方をみないように促したりしていますが、これが違うのかなと思います。

子どもが自分と違うものをみて、不思議に感じたりおかしいと笑ったりするのは、
当たり前でしょ?
それを怒ったりしたら、子どもたちはどう思うでしょう?
障害者をみるたびに、どう思うようになるでしょう。


もちろん、見られることをいやがる障害を持った人もいますが、
私は、そういう時こそ、”チャンス”だと思っています。
私は、そういう子どもたちをみたら、自分から近寄って話しかけたり、
そこまでしなくても、どうだ!と言わんばかりに、おどけたりしてみせています。

本当の意味での”バリヤフリー”を築くための。。。。本当のチャンスだと思うからです。

2004年11月02日

いのちのゆくえ

新潟中越地震から11日目。

現地に友人が支援に入ったりしているが、少しずつ、明るい兆しが見えてきた模様。
学校も始まり、子どもたちの元気な声が聞こえてくる。
なんか、それだけでも雰囲気がガラッと変わってくる。

被災してすぐは、「ここは日本か?」と思うほどの状態だったそうで、去年の暮れにあったイランと大差ないような環境に、 被災者が押し込まれていた感じで見ていられなかったそうだ(その友人は、イランにも支援活動に入った人です)。

現在、救援物資は、必要以上に運ばれてきており、ボランティアセンターは飽和状態。
今は、その救援物資がゴミの山と化しないようにすることのほうが大変らしい。

こういう支援は大変で、事が起きてすぐの時は物資の方が断然ありがたいんだけど、後になるにつれて、 被災者の方々のニーズとはかけ離れた支援物資が運ばれてくることが多くなっていって、逆に迷惑になってしまうことが多いそうな。
やはり、後になったころの方は、お金による支援の方が効果があるみたいね。
お金だったら、地元のニーズに合わせて、化けられるしね。

新潟中越地震から、ニュースなどをみていて、どんなときでも、人と人のつながりが、なによりも大切なんだなって、改めて思った。
家や道路やモノは、災害だとかで壊れてしまえば、一発でどうしようもなくなってしまうけど、人と人のネットワークさえあれば、そんな中でも、 お互い、助け合って生きていくことができる。
道路が孤立状態になった村とかでも、畑の野菜や穀物、井戸の水をみんなで分け合って、助け合って、声を掛け合って、 苦しくても生き抜いていけている。
ある孤立した村の人が「大変だけど、みんなで助け合っていけば、なんとかなるよ」と笑い飛ばしているインタビューとかもあった。
なんか、なんだかんだ言って、人って強いなぁ、、、って思ってしまった。


制止を振り切ってイラクに入国し、イラクの武装グループに拉致された青年が、クビを切断された死体になって発見された。
武装グループが自衛隊の撤退を要求したが、それを拒否したためと思われる。
これ自体は、悲しいことなのだが、ちょっと、気になっていること。

この青年は、各国を転々と回っていて、その途中でこの事件にあったらしいが、市民団体だとかが「この青年は単なる旅行者ではなく、 イラクで苦しんでいる人の支援に入ったんだ。マスコミは、ウソを流している」とか言って、いきり立っているけど、”でたらめ” はどっちなのか?

マスコミ?
それとも市民団体?

どうしてもこの青年を英雄のようにしたてあげ、英雄の死として盛り上げたいらしいけど、あまりに傲慢過ぎると思ってしまう。

彼が、支援で入ったのか、興味本位だけで入ったのか、俗に言う「自分探し」で入ったのかは私は知らない。
イラクに入ったその理由は、”彼”自身にしかわからないこと。

それを他人様が自分の主張を推し進める為に”身勝手に理由付け”して何になるんだ???
それこそ”彼”に失礼なんじゃないのかなぁ~。
マスコミも市民団体もこれでは目くそ鼻くそ。
それとも、市民団体というものは、”自分たちと同じカテゴリーの仲間”でないと、政府に訴えることが出来ないのかしらね?

あの時、一人の名も無き青年の”命”が危険にさらされた。そして、彼は私たちに助けを求めていた。
だから、その”命”を助けるために、政府に動いてほしかった。

新潟の市民もイラクの彼も、同等の”命”であることには変わりない。
自衛隊員であろうが、政府関係者であろうが、NGO職員であろうが、マスコミ関係者だろうが、イラク市民であろうが関係がない。
”命”は”命”。”命”は、すべて平等に考えるべき。

その”命”を助けるために、政府は、武装集団が要求していた”自衛隊撤退”をも含めた最大限の努力をしてほしかった。
でも、そうは動いてくれなかった。最後にはアメリカに振り回されただけ。だから、政府は根本的におかしい!

それで、”理由付け”は、十分だと思うのだが、、、、”命”の視点からみたら、他の理由なんて関係ないと思うんだけど、、、、
なんか、根本的に違っているんだよねぇ。。。。。