2005年4月26日
”一分半”のためにが起きた事故
[尼崎脱線事故]先頭車両に取り残される乗客 続く救出作業(毎日)
[尼崎脱線事故]無残な姿に渦巻く「悲しみ」と「怒り」(毎日)
尼崎脱線事故]車掌「通常より速かった」 死者58人に(毎日)
[尼崎脱線事故]オーバーランで虚偽報告、実際は40M(毎日)
[尼崎脱線事故]先頭車両から1人救出 死者は計72人に(毎日)
JR西日本を強制捜査 死者73人に、2人救出(共同)
[尼崎脱線事故]22時間ぶり救出 現場に「明」と「暗」(毎日)
30時間経過後も続く撤去作業(ライブドア)
この関西で起きた電車事故。私にとってはかなり衝撃的に見えた。
アメのように大破した車両。血まみれの乗客たち。
ニュースの映像や新聞の写真は、ほとんど、戦場かなにかのようだった。
現在においてこの事故によって73人(情報によっては72人)が死亡した。
国鉄からJRになった後、史上最大の事故となってしまったようです。
ニュースを見る限り、運転手のスピード違反が事故の原因である可能性が一番高いですね。
置き石がどうのこうのというのもありますが、きっかけではあっても、カーブ時点での制限時速70KMを超えていなければ、こんなことにはならなかったかもしれません。
この運転手が、自らの運転ミスによって引き起こした「1分ちょっと」のダイヤの遅れを取り戻そうとして、あまりに「がんばってしまった」ようです。
JRなどでは、数秒の遅れであっても、減給や訓告などの厳しい罰則があり、それによるプレッシャーを大きく感じてしまい、スピードをあげてしまったのだろう。
以前の日記でもかいたけど、地方では、あまり、報道されていないところもあったようですが、先日、東京の竹ノ塚の手動の踏切で、死亡事故が発生した。
数秒単位の過密なスケジュールで走る電車のダイヤに対応し、どう踏切のバーをあげて、人や車を通すかを考えた末に起こした事故でした。
係員が一瞬だけ手動であげてしまった踏切のバーにより、2人の人が踏み切り内に進入、電車にはねられ死亡した。
この2つ、どちらも同じ所に原因があると思います。
「日本の社会の”ゆとり”の無さ」
はっきり言って、”たかが「一分半」の遅れ”のために起きた”73人の死亡事故”です。
「時は金なり」という言葉もありそういうのも良いけれど、その”「一分半」という時間”と”「73人」の人の命”のどちらが大切なのでしょうか?
今日の朝のラジオの番組でコメンテータが言っていました。
「たかが一分やそこら遅れたからって、それに(お客さんが) 苦情を言ってきたり、(会社が)罰則を与えたりするようなこの日本という社会自体がおかしい。間違っている。」
アメリカでさえ、10分ぐらい遅れたからってガタガタいうようなことはない。
そして、最近、毎日のように頻発している某航空会社の故障や事故も同じところに原因があると指摘していました。
過度に時間に追われるスケジュールを立てれば、ミスはするし事故の確率も多くなるし、手抜きが起きて、故障も見極められなくなる。
これは、ある意味、社会に生きる仕事人としての”常識”でもあるのです。
効率ばかりに走りすぎて、時間におわれまくっている日本社会。
そこに「人」や「命」や「心」はあるのでしょうか?
運転手や会社の責任もあるだろうけど、社会全体の問題として見直す必要があると思います。
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最終的にこの事故で亡くなられた方は108名に上りました。
(病院に運ばれた後、亡くなったた方を含める)
旧国鉄から抜けきれないでいたJR西日本の古い体質、あまりもの内容のひどさで自殺者が出てしまうぐらいの軍隊でもしていないような社員教育の方法など、いろいろと事故を引き起こした背景が報道され始めましたが、やはり、お客さんの安全よりも「利益優先、効率優先」だったことが主な原因だったようです。
某番組で、JR西日本のある区画では、40分程度で走り抜けていたものがたった十数年で20分まで短縮されたところがあると言っていました。
もちろん、技術の進歩などでできないことではないのでしょうが、本当にそれでいいのかと思ってしまいます。
「1分や2分、”ごめんなさい”の一言を言えば、済んでしまう事なんじゃないですか?」
ある犠牲者の家族がインタビューに答えていたこの言葉に、今回の事故の全ての答えが含まれているように感じました。
今回の事故で亡くなられた方々に、ご冥福をお祈りしております。
そして、このような事故が二度と起こらないように、抜本的な解決を望みます。
会社として、社会全体のシステムとして、そして、それを作り上げている市民一人一人として。。。。
- by Nipopo
- at 13:43
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