2005年06月08日

「時間」という欲望

昨日の朝から体調が悪く、ボケボケです。
頭が極端に重たい。。。なんでだろう。今日も帰ったら、寝ます。

朝日新聞の東京版夕刊で、今週から「1分半」というコラム連載が始まった。

「1分半」

あの尼崎の電車脱線事故の原因の1つになったあの”時間”。

いつからなのだろう。
日本人が、ここまで”時間”というものに追われるよう生きるようになったのは。

太陽や月の動きで”時間”というものを知った頃、人間と時間は友だちだった気がする。
でも、今はどうなのだろうか。
一昨日、昨日とこのコラム読んでいて、なんか今の世の中のむなしさを感じてしまった。


このコラムでも書いていたけど、明治や大正の時代の電車は、時間通りに駅に車両があること自体が珍しく、遅れて当たり前の代物だった。
1秒の狂いもない「正確さ」を売り物にしたのは、昭和になってから。

その頃、欧米には”時間にルーズな日本人”と笑われていたそうだ。
でも、それが”日本”という国の当たり前の日常でしかなかった。

今では、全く逆の事が起きている。

”時間”が事故になったのは、今回ばかりではなかったはず。
これまで何度も事件になり、事故になっていた。
でも、日本人はそれを”時間”と共に忘れ、毎秒単位で追われるように生きている。
今の日本人から”時間”を取り上げたら、たぶん、誰も生きていけないだろう。

”時間”という欲望に囚われてしまった日本。

今回の朝日新聞のコラムは、今の日本を問い直す貴重な内容だと思う。
朝日新聞を取っていない人とかには厳しいことかもしれませんが、友人とかにもらって、是非、読んでみて欲しいと思います。

もし、自由になる”1分半”が与えられたとしたら、自分はどうするのだろうか。
立ち止まれるのか。。。。それとも、今まで通り、走り回ってしまうのだろうか。。。。

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