2005年11月30日

映画が作りたい!!

今、すごいやりたいこと。

映画を作りたい!

11/23の上映会イベントをやったあとから、ずっと、そんなことを考えています。
前からそんな願望は、漠然とあったのですが、上映会以降、妙に強くなってきました。
昨日の夜は、それを考えていたら眠れなくなってしまった。。。。(^^;;;

ネタ、ありません。
構想、全く、、、、、、(笑)
映像素材、音楽、その他諸々、、、これまた皆無。。。。。

でも、何か伝えられる映画を作りたいっす。
10分ぐらいなものでもいいや。
何かないっすかねぇ、、、みなさん。

先週のJANSA1周年記念の時、メンバーから「小型武器に関するビデオを一本作りたい」って言われたとき、心の中で「\(^o^)/」でした(笑)

2005年11月28日

スピリチュアルからピースを

地球平和公共ネットワーク2005シンポジウム ~スピリチュアルと平和~

行ってきました。
私は、前から「スピリチュアル的な立場の人から平和に関してもっと積極的に発言していくべき」だと思っていた人間だったので、かなり、充実した内容でした。

「スピリチュアル」の定義は「霊性」とか色々とあるみたいだけど、私の中では、

「森羅万象、全てを受け入れ共に生きること」=「スピリチュアル」

かな。


「スピリチュアル」って聞くと、あまりに”特殊なもの”に聞こたり、”別世界のもの”に見えたり、”怪しいもの”に聞こえたりするけど、全く違うんだよね。
ある意味「今、ここに生きていること」そのものがスピリチュアルだし、「足下や身の回りにある全てのこと」がスピリチュアルだし、「人それぞれの生活そのもの」がスピリチュアルであると思うし、人々が生きていく上で切っても切れないものだと私は思う。
神だとか、、、宇宙だとか、、、超能力だとか、、、理論だとか、学問だとか、、、、別にそんなことだけではないし、それに誇示してしまうという自体は、逆にスピリチュアルではないのかなって思います。

五感をフルに生かして、全てを感じ、楽しみや嬉しいことだけでなく、悲しみや怒りという感情をも、受け入れ、共に生きていくこと。
泣いたり笑ったり怒ったり傷ついたり、、、、、そういう感情を閉じこめたりムダにしないこと。
前にここで書いた「全は個にして 個は全なり、個は孤にあらず」 という言葉や「ディープエコロジー」のこともそう。
ワンガリ・マータイさんが提唱している「MOTTAINAI」という言葉の持つ精神や、日本古来の精神「和」というのもそう。
「和」なんて、日本の代表する”スピリチュアル精神”だし、これこそ「平和」の要で、世界に広げていきたい日本文化の一つ。

これ自体は、誰も当たり前だと思ってきたことだし、誰もがやっていたことだと思うんだけど、、、、、でも、いつの間にか、そのことをどこかに置き忘れてしまっている。
ほんのここ数十年の間に。。。。。

出演者の一人の星川淳さんが、「スピリチュアルを感じたいのならば、痛みを感じたり涙を流すことだ。」と言っていたけど、今は人の痛みや涙どころか、自分の痛みさえ忘れ去られている。。。。。。。

それが、今、起きている全てのことの大元の様な気がしますし、本当にそれが誰もが出来たら戦争も環境破壊も差別も犯罪も全てなくなるように思えます。
もちろん、そこまで行くには、とてつもない長い道ですし、難しいことかもしれない。
でも、それを広めることが、どんなことよりも今は重要なことなのでは?って感じます。


それと、この話になると出てくる「宗教」という討議(?)も面白かったな。
本当の宗教って、全てにおいて”愛”がベースにあり、万人に愛を与え続けられるかどうかだと思う。
友人が言っていた言葉を借りて使うなら「ギブ&ギブ(ギブ&ギブン)」。。。。。異宗教などに対しても、その全ての垣根を飛び越えて。

新興宗教の全てが悪いとは言わないけど、その宗教の教えとかなんとかいうものが、結局、自分たちの自己の欲求不満のはけ口でしかなかったりしたり、自分たちの組織内にしか世界(フリーダム)が存在せず、外の世界に対しては暴力的で排他的な要素を示したり、貨幣社会に完全に取り込まれて振り回され、組織を維持・拡大することが目的化しているところが多いのが悲しい気がしますね。
教義やその精神なんかさえも置き忘れている宗教団体も多々あるし。

まぁ、組織を維持したり拡大したり、テイクがあってももちろん良いんだけど、それはあくまで「棚からぼた餅」のような結果論であって、それが目的化してしまってはいけないと思う。
こういう問題は宗教だけに限らず、NGOなどのボランティアや企業などにも言えることなんじゃないかな。
個人ベースだって同じ。


もう一つ。
山川亜希子さん。
正直言って、コッテコテの世界感を持っている人なので、あんまり好きではなかった。
嫌いというのとは違って、違和感があるという感じ。
でも、今日、会った山川さんは、意外な人だった。
「私もデモ(たぶん、ワールドピースナウのピースパレードのこと)に参加したことがあるし、嫌なものは嫌というべきだと思う。時には対立だってあって良いと思うし、戦うことが大切な時もある。」という意見は、私の中では大ヒットでした。
「謝ることが大事」だとか、優しい表情の中から力強い、重みのあるドンと胸に来る言葉が多くて、こういう人だったんだって、今回、見直しました。
ある意味、すごく強い人かもしれません。
色々な言葉を聞いて「ちゃんと、生きている人なんだなー。」って思いました。
惚れちゃいました。

ホント、そうなんだよね。。。自分の頭で考え、疑問を持ち、自分としてどう生きたいかを選択し、今、何が大切か、、、それを求めるならば、場合によっては対立することや戦うことだって有りだと思う。
語弊がある言い方かもしれないけど、スピリチュアルな人たちは「心の平和」とか「闘争的」とか言って、こういう「活動」をやっかい払いする人が偶ににいるけど、自分の心に問いかけて本当に大切なことを想い、それを追求した生き方をしていく方法を求めていくのであれば、形にこだわらずどんなことであっても思いっきりやればいいと思う。
もちろん、人を傷つけるような暴力という意味ではなく、あくまで対話ベースとしての話だけども、それでプラスになっていくとするならば、それはとても大事なことだと感じます。

こういう活動をすると、「非暴力」や「非対立」という言葉がでてくるけど、「やり方」とか「内容」ではなく、あくまで「”心”の持ち方」を言っているんだよね。


などなどなど、なんか、感じることが沢山あったイベントでした。
もう、書きたいことが沢山あります。
時間が足りなかった気がするほど。。。。こういう分野でも、もっと、色々と考えてみたいって、改めて思った一日でした。

それと、やはり、体調がまだ万全ではなく、終わったらすぐに、お礼も言わずに飛んで逃げ帰ってしまいまいしたが、この日、出会えたみなさん、どうも、ありがとう。感謝です。

関連日記:仲間の大切さ(2005/11/2)

2005年11月26日

疲れ

ここのところ、ハードだったので、昨日の夜、さすがにダウン。
久しぶりに喘息の発作は出るわで大変でした。
昨日はPM9時には就寝。さっき、起きました(笑)
久しぶりに寝た~。
たぶん、風邪が完全に引いてなかったんだと思います。
ずっと、熱が高めだったので。
今日は、この後も寝てると思います。
明日は、どうしても下のイベントに行きたいので、思いっきり体を休めます。
まだ、チケットとかあるみたいですよ。ご興味ある方はどうぞ~!

地球平和公共ネットワーク2005シンポジウム ~スピリチュアルと平和~

2005年11月25日

借金

昨日は、会社を午後だけ休暇をとって、JANSAの一周年記念講演に行ってきました。
久しぶり合う仲間も沢山いて、、、みんな元気そうでなによりでした。

先日、アフリカのウガンダから一時帰国してきた友人の講演を聴く。

JANSAには去年の設立記念シンポジウムのスタッフとして関わってきた。
小型武器だとかアフリカの現状とか色々と聞いてきたけど、昨日の1周年記念の講演を聴いて、改めて、その現状の複雑さを実感した。
自分のいるアミウィングスという団体でも、エイズホスピスなどのアフリカ自立支援をやっているし、石先生などを呼んで勉強会などもやっていますが、正直、色々と思ってしまいます。

物事を”原因”と”結果”という形に分けるのなら、アフリカの今の現状も含め、世界各国で起きている飢餓貧困、戦争、内戦などは、”結果”であって、”原因”ではないんです。

前にも書いたけど、今で言う”先進国”に暮らす人々が裕福な生活を送ることが出来るのは、大航海時代や産業革命時に、今で言う”途上国”からモノ、土地、財産、そして、奴隷としての労働力のすべてをもらい受けることが出来たから。
植民地という形で。
”植民地”となるまでは、彼らは何の問題もなかったのに、このため、生きるためのことすらも出来なくなってしまった。

だから、本当なら、”借金”をしているのは、”貧困国”ではなく”先進国”の私たちの方なので、この”借金”を返さないとならないのも、私たちの方。
なのに、どういうわけか、その”借金”を返しているのは、これも又”貧困国”の彼らになってしまっているという、、、、何とも言えない状況に陥っている。。。。。。もっと悲劇的な戦争や内戦という”利息”まで加わって。。。。

どのようにしてこの”借金”+”利息”を、”貧困国”に返していけばいいか。
それが、これからの私たち”先進国”側に突きつけられた大きな課題なのかもしれません。

ウガンダから帰ってきた友人。
久しぶりに会ったけど、元気だった。
ウガンダは、一時期、持ち直していた国内の安定が、ここのところ、また状況が反転してしまって、悪化の一途をたどっている。
北部では毎日1000人が殺されているという話だとか、民間人の英国人が殺されたとか、嫌な話が多いのですが、一次帰国とはいうものの生きて帰ってきてホッとしました。

関連日記:私たちの手で

2005年11月24日

天国をつくった日

11/23 「107+1~天国はつくるもの~上映会&アフガニスタン支援講演会」 ~いのち、輝け地球(テラ)の仲間たち~

来て頂いた皆様。
本当にありがとうございました。
昨日、無事にイベントが終了いたしました。

もう、自分のブログですから、自画自賛で行きま~す。

最高のイベントでした!!!
私の中では最高レベルのイベントでした。
燃え尽きた、、、というより、これからも燃えるぞ!!と新たに思ったイベントでした。
てんつくの上映会、アフガン支援講演会、そして、交流会、、、、なんか、すごかったです。

不手際もありました。
私は音響担当でしたが、不備もありました。
マイクの方がとぎれとぎれになるといった不調があったりもしました。
(たぶん、内蔵電池の劣化)

でも、スタッフの方々に支えられて、なんとか乗り切りました。
最高のスタッフメンバーです。
こんなすごいメンバーが集まったイベントなんて見たことがありません。
自分自身で考え、自分から積極的に動いていく。。。むっちゃ最高です。

そして、お客さんにも支えられました。
色々な人と出会えました。
繋がりが生まれました。

ほんと、いろんなことに恵まれた一日でした。

てんつくの映画。久しぶりに見た(1年ぶりかな?)。
今で、あんまり感動し無かった部分にすっごく感動したりして、自分の中の変化にも気が付いた。
改めてパワーをもらった。

アフガン講演会。友人の講演も久しぶり。

アフガンなどの人々。
あの逆境の中での人々がなぜあんなに生き生きしているのか。
そこから学んだことはなんなのか。

~いのち、輝け地球(テラ)の仲間たち~

というサブタイトルに合った内容で、生きるということがどういうことか、今、私たちがやるべきことはなんなのか、ホンマに心にグッとくる内容に仕上げてくれた。

お客様から頂いたアンケート。
一通り、読んでみて、、、、あ~、、、、やってよかったって、すごく思いました。
伝えたかったことがちゃんと伝わっている。
うれしかった。。。。。

何度も言うけど、全てが”最高”でした。


お客さんの何人かと話したりしたけど、自分の立場、自分がやれることは沢山あると思います。

別に、同じ事をすればいいわけではありません。
別に、大きな事をすればいいわけではありません。
そうではない。
どんな形でも良いんです。

音楽が好きな人だったら、音楽で伝えればいいし、言葉が好きだったら、詩だとか小説だとかで伝えればいい、Webが造れる人だったら、ブログなどで伝えればいい。

そんな大げさなことだけではない。

出されたものを残さず食べる。

それだけでも良いんです。

ちょっと、道ばたに落ちているゴミを一つ拾って捨ててみる。
それだけで、誰かが「きれいになった」とホッとしてくれて、ほんのちょっとだけど幸せを感じてくれる人が一人いるかもしれない。

その一人の人をほんのちょっと幸せにすること。

そんなんちっぽけなことでも、世界は変わると私は思います。

この目の前のことを、ほんの1mm動かしてみること。
それをみんなが一人一人でやってみればいいだけでいいんです。

形にこだわることは、なにもないです。
やれることは沢山あります。

天国は、誰かが与えてくれることではありません。
自分たちで作りましょう。

「動けば変わる」

ほんま、それだけです。
一緒にやりましょう。
生きていきましょう。
”明日”は私たちが作りましょう。
この世を”天国”にするために。

すべてに、ありがとう。

PS.
女性の友人が、「スタッフ用に」とマフラーを何枚も編んでくれて、その一つをもらいました。
一番、良いヤツをゲット。いや~、暖かい。。。なんだかしらないけど、嬉しかった~。
あんまり、マフラーってしたことがなかったのですが、こんな暖かいとは思わなかった。
家に帰ったら、親がみて、「すごいね、、、これ手編み??」って、感動してました。
スタッフ用とはいえ、手編みのマフラーを女性からもらうなんて、一生にあるかないかだしねぇ。。。(^^;;;

2005年11月22日

死んでからではすまされない

[耐震偽造]専門家「取り壊すしかない」(毎日新聞)

そりゃ、建築関係の協会から「空間が広い建築物」として表彰されたりするわな。
あるべき骨組みが少ないんだもの、内部空間を思いっきり空けられる。

なんか、事件の根っこが、今年の春に起きた尼ケ崎脱線事故と同じなんじゃないですか?

参考:”一分半”のためにが起きた事故
    「時間」という欲望

人の命の安全よりも企業の利益や人の欲の方が最優先。
で、結果、とんでもないことが起きる。

死者がまだ出ていないから良いようなものを、もし、今、震度5強の地震が起きたらどうなる?

で、事が起きれば、みんなで責任の擦り合い。
こんなことやってりゃ、関係者全員でグルになって偽造していたって言われても、誰も文句言えない。

それに、県警と警視庁で、「誰が立件するか」で縄張り争いをしているらしいじゃないですか?
おいおい、、、、なにやってんだか。。。。

今年に入って、この手の事件、事故でテレビの前で謝った人間は何人いるんだろうね?
でも、謝るぐらいなら、まだ良いか。。。。
この某建築士は、「検査で見逃したヤツが悪い」って開き直ってるし。

分野は違うにしても、私も同じ”設計屋”なので、気持ちはわからないわけではないですよ。
コストダウンや納期前倒し、、、あれやれ、これやれ、だの、、、お客さんから腐るほど注文が来ます。
はっきり言って、ウザイです。嫌になります。投げ出したくなります。

それでも、お客さんの要求を満たしつつ、どう安全を確保するか、どう品質を守っていくか、、、、、、それを考えて、形にして実現していくことが、設計屋としての腕の見せ所なんじゃないですか?

人が死んでから、「魔が差しました」では、すまされないのです。
私のやっている分野の設計も、ちょっと手を抜けば、火を噴いたり、爆発しかねないようなものを作っていますからね。
0.01mm違う線を入れただけで数千万人という命を左右しかねない、ここでは言えないようなものも多々作っていますから、、、、死ぬほど神経とがらせて仕事してます。

違法建築のマンションに住む子どももいる父親のインタビューで、
「テレビを見た子どもに”この家、壊れちゃうの?”と言われると、何も言えなくなる。」
と涙ながらに訴えていた。

関係者全員、勝手に開き直るのはいいが、少しは反省して頂きたいもんだよな。

前売り券、完売御礼☆

11/23 てんつく映画上映会&アフガン支援講演会
みなさまのおかげで、11/21付けで前売り券が完売となりました!!

ご予約して頂いたみなさま、お友達などに情報を流して頂いたみなさま、ご声援を下さったみなさま。
本当にありがとうございました!!
スタッフ共々、とても、ハッピーな気持ちで当日を迎えられそうです。

当日券につきましては、予定通り、販売することにしておりますので、あきらめずにきてください!
ただし、相当数の当日券発券が行われることが予想されています。
その場合には整理券の発行などがある場合がございますので、何分、ご了承ください。
当日券をお求めの方はお早めにご来場頂ければ幸いです。

イスの配置などを工夫して、できるだけ、来て頂いた皆様全員に見て頂けるように
配慮いたしますので、当日券の方も、よろしくお願い致しますね!

2005年11月20日

希望の新芽

今日は、ジェーン・グドール博士来日記念講演に行ってきました。
ジェーンさんの講演は、2度目。
二年ぐらい前に中野であった講演依頼。
全然、変わらないねぇ~。
この人、いつも、キラキラ、オーラを出してる。
見ていて、こっちまで、元気をもらえそうな感じ。

アニマルプラネットという衛星放送の主催ということもあって、講演のはじめに、なんだかわかんない広報映画を見せられたのが、頂けなかったけど(笑)、ジェーンさんの講演自体はかなり印象的なもの。
日本語通訳が早口すぎて、難聴の私には聞き取るのが、ちと辛かったけど、改めて、自分が出来ることが沢山あるんだっていうことを再認識することが出来ました。

そう!!
この講演の題名の”「希望の新芽」はわたしたちの手のなかに”はまさにその通り。
私たち次第で”希望の新芽”を生み出すことが出来るんだよね。
”希望”は誰かが渡してくれるわけでもない、誰かがつくるわけでもない、”私たち自身の手”で造りあげるもの。
そうだと思います。

地球温暖化や貧困など、さまざまな、過ちを”人”は犯すけども、それを修正することもできるのも”人”。
私たちには、その能力を持っているはず。
人と自然、そして、地球、全てとの繋がりを大切にし、それを育てることも出来るはず。

混沌としている世の中だけど、今だからこそ、出来ることは沢山あるはず。
実は、身の回りに沢山転がっているけど、見えていないだけ。
心の目をもっと開いていけば、きっと、見つかると思います。

私、そして、あなた。
明日へ、一緒にその一歩を踏み出しましょう。


この講演、六本木ヒルズでありました。
すげーなーーー。
東京にいながら、はじめて行ったけど、なんか、見るもの全てが別世界でした(笑)
チッ!ホリエモンに会えなかった。。。会ったら名刺渡そうと思ったのに(何故?)、、、シクシク。。。。。

今まで、行ったことのないところに行ったもんだから、帰ったら、体中に悪寒。
震えが出てきたので、熱を測ったら、37.5度。
やばい、、、風邪、引いた。。。。。これを書いたら、おとなしく寝ますです、、、、はい。。。

PS.
おいら、イベントの前は必ず熱出します。
たぶん、23日のイベント、、、かな?(笑)
知恵熱かもね。。。。汗

2005年11月19日

パズルの絵

今日は、11/23のてんつく映画のミーティングでした。
もう、本番まで4日。
色々な形と色のピースが集まって、どんどんとパズルの絵が組み上がってきています。
なんか、すごい絵が組み合わさっていきそうだ。

色々と暗いニュースが流されている中、このメンバーといるときは、全然違う時間があるかのような気がしてきます。

みんながみんなを助け合っていく姿。ほんと、楽しく参加させてもらえている。
すごいメンバーが集まったもんだなーって今更ながら思います。

23日に向けての”今”の生き方が、当日、お客さんに伝わると思っています。
どういう気持ちで、想いで、当日を迎えるか。

私は、思いっきり楽しみたいって思います。
まだ、やることが沢山あるので、大変だけど、その大変さを楽しみたい。
その楽しみの中のワクワク感を当日、お客さんに伝えたいって思うからです。

23日、まだまだ、席に余裕がありますよ。
これからでも良いので、是非、来てくださいね!!

「107+1~天国はつくるもの~上映会&アフガニスタン支援講演会」
       ~いのち、輝け地球(テラ)の仲間たち~
        http://ameblo.jp/tentsuku1123/

2005年11月18日

タミフル

[タミフル]16歳以下の死亡12人 日本から米に報告(毎日新聞)

確かに、新型インフルエンザは怖いけども、どうもこうも、こっちも怖いよな。
厚生労働省の「因果関係が低い」とかいう言葉、今まで、問題が起きるたびに、なんど聞いたことか。
で、この後に色々と大騒ぎになることが結構多いんだよねぇ。。。。(^^ゞ

タミフルを飲まない場合でも、脳症だけで、本当にこういう異常行動が起きるのかしらね。
このあたりは、素人なのでわからないけど、突然、窓から飛び降りたり、車道に飛び出したり、あまりに特質な気がするのですが。
脳症で幻覚や幻聴とかは良く聞くけども。。。。早めにこのあたり、ちゃんと、決着をつけてほしいって気がします。

あれ?なんか、こんな映画、なかったっけ????

突然現れたある特殊な殺人ウィルス
世界に蔓延していく中、救世主のように出てきた薬。
世界はこれで救われると信じていた。
しかし、、、、ウィルスよりもこの薬の方が、人類の破滅への近道となり、、、、、やがて、人は薬の副作用で殺し合い、戦争をもたらし、、、、この世から誰もいなくなった。。。みたいな。。。。あったような、ないような。


世界的に熱狂的にバカ売れしているタミフル。
こんな人が、今、ウハウハのご様子。

鳥インフルエンザ対策、米国防長官大もうけ 保有株急騰(朝日新聞)

そういえば、日本はタミフル、世界の7割を保有しているらしいですね。
それに加えて、10日ほど前、備蓄量を増やすことが突然決定し、対策を練り始めた。

、、、、そうだ、、、、、、このアメリカっていう国の大統領さん、来ていなかったっけ?
このタミフルの備蓄量を増やすと厚生労働省が発表した、その5日後に。

すったもんだと、ずっともめていたアメリカBSE牛肉問題だとか、沖縄米軍基地問題だとか、あれよあれよと大統領さんが来る前に強引に決着。
しかも、横須賀へ原子力空母が来るという、おまけまでついてきた。

ふ~ん、、、、、、なんか、香ばしい臭いがしてきたような、、、、、( ̄ー ̄)ニヤリッ


ま、どちらにしても、極力、薬に頼らない生活をしていきましょう。
いざとなったらしょうがないのかもしれないけど、それにしても、日本は、薬やら抗生物質やらに異常に頼りすぎ。
逆にそっちの方が、新型の菌やウィルスの発生の危険度を、さらに増しているように思えます。

2005年11月17日

当たり!!

いや~、、、、当たってしまいました。
何がって?
ある景品に。
売れ残り製品みたいなものなので、1世代ぐらい型は古いけど、新発売当時だったら値段的には相当な値段。

最近、ネットの通信販売をよく利用しているんだけど(毎日帰りは夜遅いし、お店に行く時間がないっす)、買った値段に対し、点数がついていて、その点数がある程度たまると景品に応募出来るっていう、よくあるパターンのサービスを使ってみたんです。
たぶん、当たらないだろうな、、、、、なんて思いつつ、運試しと思って。

そしたら、当たってしまいました。

ついてる~~!!!!
こりゃー、たぶん、10年分ぐらいのツキを全部使っちゃっただろう(笑)
明日、けがしないように気をつけようっと。

さてと、、、、、置き場所に困った(笑)
どうせ、当たらないだろうなって思ってたから、置き場所、全然、考えてなかったっす。
でかいんだよな。。。。これ。。。。汗

親にあげようかな。。。。。なんてなことも思ってみたりする。
けど、欲しかった商品でもあるし。。。。う~ん。。。。

PS.
オヤジ、曰く。
「おまえにお金渡すから、その強運使って、年末宝くじを買ってこい」だとさ(笑)

2005年11月16日

崩壊したバランス

今日の日経BPに面白い記事が載っていたので、紹介。

森永卓郎氏のコラム
第6回 右傾化への歯止めがなくなった小泉政権
~報道の間隙を縫って“平成版・治安維持法”が成立する!~


この手の大手のメディアでここまで表現したコラムを読んだのは、初めてのような気がする。
確かに、かなり大きな事を含んでいる法律なのに、大手メディアはこぞって沈黙。
なぜか、あまり、多くを語ってないように思えます。

今日の朝、会社に行くときの車の中で聞いたラジオでも言っていたけど、自民党が結党から50年も経っているのに、特に国民に大きく反感を買うこともなく、大きな解党も分党もなく、しかも、長年にわたり与党であり続けたのはなぜか。
なぜ、何に関してもこれだけ幅をきかせている自民党が、やろうと思えば何時でもできたはずの「一党独裁的な政治」に陥ることがなかったのか。

実は、社会党だのなんだのの存在ではなく、自民党の中のハト派、タカ派が内部で振り子のように揺れてバランスをとっていたかららしいです。

数十年前、同じ保守であっても、どう考えても相容れない、肌が合わないと思われていた”自由党(左派保守、ハト派)”という党と”日本民主党(右派保守、タカ派)”という党が合体して”自由民主党”ができた。
その為か、同じ党の中に与党的役割、野党的役割が常に存在することになり、その駆け引きやバランスがあった。
しかし、コイズミという人物が「自民党をぶっ壊す」と言って現れて後、自民党の中のバランスを保つこの重要なシステム(=派閥)までぶっ壊してしまい、今や右っ側、つまり、タカ派のみしかいないような状況。

本来なら今の民主党が、その国会のバランスをとる役目なのだが、あのような腑抜けのような状態。
ますます、流れが怪しくなっていくだろうとのことでした。

こうなってしまったのは、原因は、小選挙区制になったからなど、色々とあるだろうけどね。

このコラムでも書いているけど、後藤田氏の死、そしてその後継者が自民の中に育たなかったのは、今後の日本において尊大な遺産を失ったことと等しいかもしれません。

しかし、あれだね。
経済界ドップリの日経でも、こういうこと、書けるんだ。
偶に、オッ!て思う記事があるんだよねぇ、ここ。

2005年11月12日

私たちの手で

12日、アミウィングスの第二回勉強会が開かれました。
北風が吹き荒れる中、三十数名の方が集まって頂きました。
(オイラは、会場までいく間に突風に巻き込まれて、あれぇ~~って数十メートル飛ばされる所でした(笑))

テーマは、『なぜ、開発途上国という貧しい国々ができたのだろう』

分かり切った事のようで、全然、わかっていなかったような気がする。

「開発途上」とか言う言葉は、よく聞くけど、聞けば聞くほど根っこが深いし、遠い国のようなことだけど、実は全然違う。
色々と複雑に絡み合った糸。
その糸をずっとずっとたどっていくと、結局、私たち自身の足下に繋がっていることがよくわかる。
実は私たちよりも豊かさを持っていたはずの彼らの土地、人、モノ、そして、その生活基盤そのものを、大航海時代や産業革命時代に植民地化して奪い取りながら、私たちは「先進国」へと上り詰めていったということが。。。。。。

変な言い方かもしれないけど、彼らが奴隷になってくれたから、私たちは産業革命を成し遂げられたわけで、その後も彼らが労働力という人、モノ、土地、時間、それら全てを私たちに差し出してくれたから、今、私たちは、いろんなものが食べられ、いろんなものが造れ、こんなに豊かな生活が送れている。
あのとき、彼らが私たちの豊かさへの発展のために力を注いでくれたから「彼ら自身の生活のこと」がなにも出来ず、所謂「開発途上」となってしまい、そしてまた、その”私たちの発展の代償”を、現在、”貧困”や”干ばつ”、”内戦”などという形で支払っているのは、これもまた紛れもなく”私たち”ではなく”彼ら”だったりするわけで。。。。。。

なんとも、良く聞いてみると何とも惨い話です。。。。
フランスで起きている暴動や世界各地で起きているテロ。
もちろん、それらも許されることではないし、暴力を解決の手段として選ぶことはしてはいけないことだと思う。
でも、この憎しみを作り出したものは、一体、なんなのだろうか。。。。。誰なのか、と考えてみると。。。。。

あの様に状況に彼らをしてしまったのは「私たちの手」なのだから、それを逆回転させることも「私たちの手」で出来るはず。
私たち、、、、、いや、私自身の足下を変えることが、絡み合った糸をほぐすように彼らの足下へと伝わり、彼らを豊かに変えることへと繋がっていく。

おっ!
すごく、しつこいようだけど「全は個、個は全」の考え方じゃん(笑)

過去は変えられない。でも未来は変えられる。

変えていきましょう。
本当に。

[書評]後藤健二著『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』
※結局、こういうのも同じ。ダイヤモンドをほしがっているのは、私たち。彼らではないのです。
ぼくは13歳。職業、兵士~あなたが戦争のある村で生まれたら~(PDF)
※こちらもおすすめ本です。友人が書きました。

恩師に会う

今日、アミウィングスの勉強会に向かう電車の中、私の恩師に出会いました。
前回、ブログに書いた普通の小学校にあがるときに、色々ともめたときに、手をさしのべてくれた教会の牧師さんの奥さんに。

牧師さんは、5年ぐらい前に亡くなってしまったけど、奥さんとお子さんはまだまだご健在だったのですが、なかなか、連絡出来ずにいました。
ところが、日野駅に着いた時、私と同じ車両に乗ってきたんです。
本当に偶然でした。世界は狭すぎです(笑)

恩師は立川で乗り換えていったのですが、日野~立川間の間に今の近況とか色々と話せました。
恩師も元気でまだ色々とやっているようでした。
「骨折してないの?」「仕事は?」「今日はどこにいくの?」・・・などなど・・・色々と聞かれました。
恩師、「がんばっているんだね・・・」と涙を流して話を聞いてくれました。

自分としては、なんとことないことを話しているつもりだったんだけど、、、、、私のことでこうやって泣いてくれる人がこの世の中にいるんだ。。。。。なんか、妙に感動してしまった次第です。。。。。。

2005年11月10日

太く短く(追記あり)

(2005.11.10 PM8:45 追記、加筆あり)
岸谷五朗、本田美奈子さんに最初で最後の手紙 告別式 3000人が参列(スポーツ報知)

彼女のニュースや新聞記事をみていて、改めて想うこと。

「やっぱ、生きることで大切なのは、長さじゃなくて中身なんだな。」

38歳っていう若さで旅立つことは確かに残念なことかもしれないけど、彼女の生きてきた道や晩年の彼女の想いを見ていたら、彼女の人生を大往生することが出来たんじゃないかって思ってしまいました。
もしかしたら、満足して天に昇っていったかもって。


本田さんがクラシックの歌を日本語歌詞をつけて、色々と歌っているということは知っていましたが、正直、あんまり興味がなかった。
でも、ここ数日、ニュースなどで流れる歌声がやたらと心に響いてくるので、ネットでデータを購入してダウンロードし、何度も聞いています(CDも欲しいけど、注文殺到状態で生産が間に合わない状況らしいので、たぶん、手元にくるのが数週間かかりそうだし)。

で、聞いたこの「アメージンググレイス」、、、、、なんか、すごく、良いかも。。。。。

彼女の歌った「アメイジンググレイス」の日本語訳は

「私は愛の中で歌い続ける。もう、迷ったりしない。」
「光り輝く幸せに私たちを導いてくれた。だから、身をゆだねよう。続く世界の平和に。」

という感じの内容の解釈になっていた。
日本語訳詞自体は彼女ではないそうですが、訳詞家と密な打ち合わせの中で作っていったものだろうから、彼女の想いも相当分含まれていると思う。
そう考えて聞くと、この詩には彼女自身の決意と、私たちへのメッセージみたいなものが伝わってくるような感じがしてなりません。

この曲自体は、何人ものアーティストが歌ったりしていて、日本語訳もいくつかあるけど、コッテコテの賛美歌なので、今一ぴんと来ず(というより、古典英語的解釈なところもあったりで、日本語だと無理がかかって意味がイタタ状態になる)。
でも、本田さんの歌を聞いて、こういう訳詞(というより解釈)の方が、この曲の背景とか考えると一番あっているかも、、、、、、って、なんかそんな風に思いました。

この歌を作った牧師さん(ジョン・ニュートン)は、黒人奴隷を運搬していた船長さんだった時代があり、ある晩の大嵐で海の上で九死に一生を得た彼は、それまで家畜以下の扱いを受けてきた黒人たちの悲惨な状況に耐えかねて、”人間”としての待遇改善を施し、その後、病気を理由に船を降りたあとも、キリスト教の牧師さんとして神と黒人たちの救済のために一生を捧げたという人です。
「神への忠誠心などのような宗教的意味合い」よりも「黒人たちや世の中の人々への想いや愛」の方が強い歌なのだと私は思いますし、私の中では1番気に入った「アメイジンググレイス」かもしれません。

「ジュピター」もかなり良いです。
平原綾香さんが歌っていてそちらの方が有名になってしまったけど、原曲を良く知っている人は、本田さんバージョンの方が良いって言っていますね。
平原さんのは、色々といじくり回して原曲をとどめていなかったりするのですが(実は、私がはじめて聞いたときは、あの有名なジュピターだとは全然気が付きませんでした。完全に違う曲。)、本田さんのは原曲そのまんまで現代風の音でアレンジしているのみ。
日本語訳詩は、元の方の詩が私自身よくわからなかったので何とも言えないですが、どうも、あちこちのブログとかをみてみると、こちらも原曲に近いそうで、、、、、、
、、、、なんか、今さっき聞いたような私も、本田さんバージョンの方が好きなのかもです。。。。。。

戒名は、「釋優馨」(しゃくゆうしょう)。
「優しい歌声」「癒しの歌人」という意味だそうです。
確かに、彼女は生前に沢山の曲を作り、歌い、沢山の人をいやしてきた。
病床で、白血病などの難病患者のための支援NPO「LIVE FOR LIFE」を設立したりもしていたそうです。
息を引き取る瞬間に、看取った方々から歓声が上がるほどの今までに見たことのない優しい笑顔になったとか。
この時、天国から迎えに来た使者に「もう良いよ。十分にやったね。お疲れ様。」って言われたのかもしれません。

<関連記事>
愛と平和求めた本田美奈子さん(しんぶん赤旗)
※この記事からだと、やはり、「アメイジンググレイス」の詩は、彼女の想いが詰まったものだったようです。
生き続ける本田美奈子さんの遺志(デイリースポーツ)
本田美奈子さん通夜 涙誘った「天使の笑顔」 お気に入りの1枚を遺影に(スポーツ報知)
※彼女からの遺言とも言うべき最後の詩「笑顔」の全文が記事の最後に載っています。すごい、、、、、改めて涙があふれてしまいました。

2005年11月 6日

夢を語ること

昨日は、朝から、親戚の家に引っ越しの手伝いで下町の方に行っていました。
母方のお姉さんで、もう70歳近いおばあちゃん。
本人は至って元気で、先日も海外旅行にひょいひょい行ってしまうようなタフな人なんですが、さすがに、この歳で一人暮らしというのは家族の一人としても怖いので、老人のための共同生活型の自立支援ホームのようなところへ引っ越すことになったのです。
引っ越しはまだ先なんだけど、少しずつでも荷物をまとめていかないとならないので。
今日はもう3回目ぐらいかな。
針灸の先生で、小さいころ、色々とお世話になった人なんで、恩返しもしないとね。

その後、夕刻から、11/23のてんつく上映会のミーティングに参加。
はじめて参加のスタッフの方、数名あり。

当日に向けて、想いを語っている中で、「想いを実現するには?」という話になりました。

想いを実現する方法。

なんか、こういうのって、単純な様で、結構、難しいのかもしれない。
将来、何になりたいとか、何をしたいとか、色々と夢があるけど、どこかで制約があったりする。
でも、その制約って、自分自身が勝手に造っているものだったりして、夢が達成出来ないのは、意外に自分に原因があったりして。

この制約とか囚われとかを一端はずして、夢を語っていくのは、ほんまはすごくおもしろい。
お目々キラキラ、ワクワクするし、ドキドキするし、興奮してくる。
意外に出来ないと想っていたことなんだけど、実は、実現したりしていたりすることも多々あるのかもしれない。

「妄想」っていう言葉があって、変に思われがちだけど、妄想があるから、人って動き出せるんじゃないかなって思う。
結局、それが「夢」なんであって、その夢を持てるから、人間、生きていけるのかなって思います。

今はその「夢」が無い。
「現実論」も大切だと思うけど、今の世の中は、そればかりに振り回されて生きている。
「夢」や「妄想論」はないと、世の中、おもしろくないし、それ以上、発展もしないとそう思うのです。

11/23のイベントは、そんな、「夢」「妄想」を語り合える場にしたいねぇーって、みんなで盛り上がっていました。
そういうの交流会のワークショップでやってみたいなぁー。

みなさんは、夢を語ったことありますが。
途方もない夢、実現出来っこないようなことでも良いと思います。

私がやりたいって思っている夢はなにかな、、、、、、
実は、数年前からなんだけど、障害者と健常者が、共に助け合っていけるコミュニテネットワークを造ること。

11/4の日記じゃないけど、この2つになってしまった世界を、再び、1つの世界にしていきたい。
実際のコミュでもいいけど、インターネットで仮想空間的に最初作ってみたい。
その中で、地域通貨のようなものを発行して、自助しつつ、お互いが助け合える場を作りたいって思っています。

「全は個にして 個は全なり、個は孤にあらず」

要は、最終的には、この”本当にあるべき世界”を実現していきたいって思っているのです。
森羅万象、全てが一つである世界。

実は、一度、立ち上げたことがあるけど、失敗。
このブログの「Deep-Eco(ディープエコロジー)」というURLは、その時に所得したものなんです。
ディープエコロジーという考え方は、まさに「全は個、個は全」の世界。

時間を見つけて、もう一度、チャレンジしたいって思う。

え~~!!!

なんとなく調子が悪くてさっき起きてきたばっかり。
(というより、昨日の夜、どうも寝付けなくて、、、、、)

第一発目、ライブドアのニュースを読んで、思いっきり目が覚めました。。。。びっくり。。。。

本田美奈子さん死去 ミュージカルで活躍(共同通信)

え~!!!
なにそれ~。。。。。
かなり、ショック。。。。一般病棟に移ったとかいう話で、治ってきたんだと思っていたのです。。。
私の青春時代のアイドルの一人だもんなぁ。。。。。。。。

2005年11月 4日

体の中、うじゃうじゃ。。。。

[キムチ]韓国産の3%以上の製品から寄生虫の卵検出(毎日新聞)

これさ、もう少し、大きく報道したら?
中国やら韓国やらから、しこたま食品を輸入して食いつないでいる日本にとっては、かなり、大きな話ですぜ。
今回、キムチだけに焦点を当てているけど、白菜とかは大丈夫なんでしょうね?

この寄生虫、正常な体調の人は大丈夫だけど、病気や幼児、ご老体などで免疫が落ちている人とかは、血管などを通って、全身這い回る虫だっていうじゃあ~りませんか。
脳みそまで。。。。ひぇ~~。。。。。

うちの家族、キムチが好きなんで、一ヶ月に1瓶ぐらいのペースで食べているんだよね。。。。。
今、冷蔵庫にあるもう一瓶をどうするか、先ほど、家族会議がありました。
結局、結論が出ず、先送り(笑)
。。。と、まぁ、なんだか、どっかの政府みたいっす。。。。。(^^ゞ

日本政府も早く対策しろぉ~。
狂牛病よりきついかも。
あ、、、こんな事を書いてたら、体中がかゆくなってきた。。。。。。www

寄生虫卵が検出された業者リスト(朝鮮日報)
韓中のキムチ紛争(朝鮮日報)

そんなに”自立”させたいのなら(追記あり)

(追記、加筆、削除あり。特に、”差別的な表現、それを助長する表現”にも読める部分は、削除させて頂きました。2005.11.7)

[入園拒否提訴]病気を理由は違法 東京地裁に園児と両親(毎日新聞)
たん吸引理由の入園拒否は「違法」 女児と両親が提訴(朝日新聞)

この子どもの状況などがあまり詳しく伝えているところが無いので何ともわかりませんが、「自治体の対応って相変わらずだよな」というのが印象ですね。
「普通学校に行きたい」「兄弟と一緒の学校が良い」とこのお子さんが言っているのであれば、行かせてあげるべきでは?と思うのですが。

私の時もそうでしたが、障害者が普通学級や普通の学校に行きたいっていうと、必ずと言って良いほど、あーだこーだと難癖つけて、二言目、、、いや一言目から「受け入れられない」「養護学校や特殊学級に行ってください」って言い出すのがほとんどと聞きます。。
もちろん、自治体側も、費用などの面も含めて、どのように対応したらいいのかなど色々と怖いことはわかるのですが(今回のように生命に関わることなら尚更)、「だめな理由」を先に考える前に、「どうしたら出来るか」を先に考えて欲しいって思います。
「出来ない」という言葉は、それらを考え抜いてからで良いんじゃありませんか?

こういうことをしておいて「障害者自立支援法」とか言っているんですから、はっきり言って呆れてしまいます。
こういうのは、自立したいという芽を一方的につみ取る行為なんじゃありませんか?
「自治体による障害者の就職のための支援」とか、法律上一応謳っていることになっていますが、「ウソつけ!」って言いたくなります。(拘束力も罰則もなんにもないので、簡単に無視できる)

そんなに障害者に自立させたいのであれば、小さい頃から普通学級で暮らせるようにするにはどうすれば良いかを考えることが、一番重要なのでは?と思います。
もし養護学校に行っていたら、今の私はあり得なかったと思うのです。。。。
就職のことはもちろんのこと、今のようにあちこっちに出かけたり、こうやってブログで自分を発信することもなかっただろう、、、、、、普通学級に行っていたから得るものが沢山あったって思いますし、逆に与えることも沢山あったと自負しています。

前にも何度か書いたことがあるけど、養護学校というところははっきり言って”安全という名の隔離政策”です。
福祉政策でも、バリヤフリーでもなんでもありませんし、これは、国の都合の良い台詞に過ぎません。
こんな制度を作って、それを疑いもせず、のんきにやっている先進国は、たぶん、日本ぐらい。
外国では人権違反になりますし、特に憲法で「人権」を強く主張しているところでは、こういう施設すら作れません。
小さい頃から、障害者の「自立の芽」を育て、またそれは、その障害者の自立を支援すべく「障害者と共に生きるのに適した環境」を、特別な施設の中だけでなく社会全体が造っていこうという動きのきっかけになっているのも事実なんです。
また、それが「誰にでも優しい国」というものを造る手助けになるでしょう。

※実際に法律として障害者教育に”養護学校”として明記している国は私が知る限り、日本とオーストラリア、韓国。ただ、オーストラリアは、普通学級と同じ敷地にある場合がほとんどで、一部の授業のみ特殊学級という場合や、普通学級への入学、編入学、転入が本人や家族の希望により自由に可能。また、その妨げにならないようにするための法律も完備されている。他の先進国では、イギリスでは法文には”特殊学級”と明記されているが、実際には普通学級と統一して授業が行われていますし、以前は特殊学級や養護学校があった国でも、ここ20~30年の間に次々に普通学級と統合する形で各国の教育法を改正しています。日本の養護学校の良い面と思われる、”安全面、適正にあった教育、設備”云々に関しても、統合教育を推進している国のほとんどの法律の中に”障害者の病気の状況に配慮した設備を準備し、一番適した教育を行わなければならない”と義務として的確に明文化しています。韓国はつい最近やっと障害者教育に乗り出したばかりで、かなり立ち後れている状況だそうです。

関連記事:「本当は一つの世界(2004.11.14)」

私が、小学校に入るとき、、、、本当に大変でした。。。。。。。
今から二十数年前ですから、今とは比べものにならないぐらいに、障害というモノに対し閉鎖的だったですし、養護学校が義務教育課程として正式に法律上認可された年でもあったので、障害者が普通学級に行くなどといくことは、尚更、大変でした。

※以前は、養護学校は義務教育課程ではありませんでしたが、私が小学校にあがる年に法律で義務教育として認可されました。この法案が通る時、”障害者は養護学校へ行くことを強制される”ということで大反対運動が起きたのですが、結局、法案は通り、可決、執行されました。”障害者は養護学校へ”と強制される法文は無いが、障害者が普通学級に行くことの妨げになることを禁止する項目がないし、自治体に対応を丸投げしているだけの法律のため、結果的に”障害者→養護学校”という自治体側の方針に自然となったいっている傾向があります。


普通の学校に入る前に相談に行ったら「これがダメ」「あれがダメ」と何かにつけて言われてしまい、それを覆す証明書の類を大量に医者などに書いてもらって出さなければならなかった。
今だから言えますが”偽造”に近いこともしたことがありますよ。
「5級以下でないと受け入れられない」と言われたため、診断書に障害の状態を軽く書いてもらって障害等級を3級から5級に下げてもらったのです。
(今は、再発行して3級に戻してもらいましたが、当時は、書類と同じように5級並みの生活ができるようにと地獄の猛特訓を受けました(笑))。

その他にも「普通の幼稚園で1年間無事に通えたら」とか、色々と注文をつけられました。
(この”無事”という言い方も微妙な話で、後からボーダーラインを何とでも作り替えられますから、ある意味、怖かったです。)

普通学級に通い出してからも、毎年進級するたびに、教育委員会などに呼ばれ、面接・・・・・・いや、尋問だな、ありゃ。。。のようなことをさせられる。
少しでも”普通”との差を見つけて、拒否する材料にしたかったのでしょう。
骨の病気なのに脳波試験や知能テストも何度も受けさせられました。

でも、結局、最後の回答は必ずと言って良いほど、「やっぱり来年は養護学校に・・・・」。

そのたびに、まるで裁判状態。
こちら側(私や私の両親、支援団体、専門医など)と、あちら側(学校、自治体、教育委員会など)で応酬合戦が始まる。

そういえば、「いじめられるようになったから」という理由で養護学校に転校を薦めてきたこともあったなぁー。
おいおい、、、、いじめた本人は何もおとがめナシで、いじめられた側が隔離かよ。。。。。。。。(-_-メ)

私がいたころの市(八王子ではありません)は、強力な障害者支援団体がいたから、小学、中学、高校・・・・そして、大学まで普通に行くことができたけど、もし、あの団体がいなかったら、確実に生涯、殻に閉じこもったままだったろうな、、、って思う。

この団体の主催者はキリスト教の牧師さんだったんだけど、晩年、肺ガンに冒されてからも、全国に飛び回って今で言う「バリヤフリー」を訴えていた人です。
「心のバリヤフリー」の部分も語られていて、かなり共感できる方ですし、亡くなった後のお葬式の時には、町の小さな教会に全国から数千人の人々が集まり、暖かく見守られていました。

出会いは、2~3歳ごろ。
母親に連れられて、出かけている最中。
目と鼻の先に住んでいたので、呼び止められたとのこと。
当時、大学病院に通院していたのだけど、ほとんどモルモット状態だったことがわかり「なんていうことを!」と、専門のリハビリセンターを教えてくれたり、障害児育児の心構えを教えてくれたのが最初だったそうです。

今、思うと、ほんまにお世話になったなぁ。
この人がいなかったら、今の私はいなかった。。。。。大感謝です。

------------>追記(2005.11.04 PM10時)

ごめんなさい。
言葉足らずで、傷つけてしまった人がいるようです。

私は「養護学校に通っている人はダメだ」と、通っている人をバカにしているわけではありません。
養護学校出身でも立派に生きている人がいることも私は知っています。
そういう部分で比較をしたかったわけではありません。

少し「強者の論理」かもしれません。
本当にごめんなさい。

言い訳になってしまいますが、私がここで言いたかったのは「養護学校が無い世界を造っていくことが、本当の世界なのでは?」という問いかけなんです。
そういう世界を造りませんか?ということです。
そうすれば、障害者が普通学級に入る時の様々な辛さも無くなるし、養護学校の生徒が社会に出て行く時の辛さもなくなると思うから。
要は、 関連記事:「本当は一つの世界(2004.11.14)」 の記事の事です。

養護学校から普通の学校に行っていじめられたという話もあるけれど、養護学校がなく普通学校にどんな症状の障害者でも通える状況が出来ていたら、そういうことは無かったかもしれません。
もちろん、憶測かもしれないけど。。。。でも、そうだと信じています。
なぜなら、差別やいじめとは「相手を良く知らない」から生まれるものだと思っていますし、障害者が生き辛い世の中を造っているのも、この「知らない」から出てきていると思っています。

これは、乙武さんの本とかでも書いていますが、その「お互いがお互いを知らない」という部分が消えれば、差別は無くなると思います。
だから、養護学校ではなく普通の学校に出来るだけ通わすことが大切だということ。
だから、障害者でも小さいうちから外に出て健常者とふれあう機会をもっと与えるようにすべきだということ。
それこそ、自立への第一歩目だと。

私は子どもたちと目線をはずさないようにしています。
向こうはじっとこっちを見ていたら、ニコッて笑ってかえします。
話しかけてきたら、「どう思う?」って、優しく問いかけます。
それが、この子どもたちの心の中から差別をなくす第一歩目だと信じているからです。

この前、ある男の子に「あ、この前のお友達だ!」と喜んで走り寄ってきてくれました。
あるイベントのスタッフのお子さんで、何度か会ったことがある男の子。
「元気してた?」「まだ、足直らないの?」って、手とか足とかをさすってくれながら、にこにこして話しかけてくれました。
なんか、むっちゃうれしかったな。私みたいなのを「友だち」と呼んでくれたことが。
これが、この男の子にとって、第一歩目なんだと思います。

養護学校って、戦前、戦中は無かったんです。しっかりとした制度化したのは、ここ二十数年前のこと。
クラスの中に障害者がいることが普通だったそうです。
もちろん、「いじめ」はありました。でも、同時に助ける人も出てきました。
それが、自然で、当たり前で、そして、そこから助け合うという感情が生まれたという話はあります。
ところが、戦後、まもなくしてから養護学校や特殊学級が出来、珍しい動物を見るかのように、特殊学級をのぞく生徒の群れ。
それから、障害者と健常者の間隔が広くなり、分かり合えなくなった、、、と、そのころ生きていた障害者の人が書いた本を読んだことがあります。

障害者の安全を守るためとかいう理由がありますが、本当にそれだけの理由で養護学校が出来たのでしょうか?
これが、日本における障害者への差別の根源で、今の現状を造っている大元ではないでしょうか?
これを打開することが、本当の意味でのバリヤフリーなのではないでしょうか?
それが、本当の意味で、両者が安心して暮らせる社会なのではないでしょうか?

障害者自立支援法なんていうものが出来た今、もう一度、原点に立ち返ってこの制度を見直す時が来ていると思っています。

---------------->(2005.11.6 追記)

この新聞の記事、この訴えた親に対する批判が相当すごいみたいですね。。。。
「この障害を持った子どもと暮らさないといけない周りの親や子ども、関係者の気持ちを考えていない」だとか、「自分のことしか考えない傲慢な親」だとか、頭ごなしに「障害者が養護学校に行くべきだ」だとか。。。。。心ない人は「子どもと使った金稼ぎ」だとか。。。。
。。。。なんか、イヤな世界だな。。。。。
自分の歩みたい気持ちを権利を使って訴えただけなのに、、、、気持ち悪いですね。
この世界、、、というかこの世界に生きる人間は、本当に大丈夫でしょうか?


私も一度、養護学校に何日か体験入学をしたことがあります。
小学校4年か5年頃だったかな?
やはり、進級に関して、どうのこうのもめていた時です。

その時に感じた印象。
それは正直なところ「異様な世界」でした。

もちろん、差別とかそういうものではなく、単純に感想としてです
父も母もそう思っていました。
で、結局、その時に選んだ道は、「普通の学校でそのまま生活したい」というものになりました

この頃、いじめも酷くなる一方で、また、病気も病気なので、けがが多かったです。
年に3回ぐらい骨折していました。
それも学校で。
でも、選んだのは「普通の学校に通い続けること」。
「普通の学校」が怖くなかったのかといえば、そうではありません。
が、養護学校のあの雰囲気の方が、逆に怖いものに、私や両親の目には映りましたし、普通の学校に通うことの方が、自分にとって、自分の歩む道として良いと思ったからでした。

正直、この選択のおかげで色々と苦労したことも事実です。
大変だったことも事実です。
ですが、この選択は間違いでは無かったと思っていますし、自分の選んだ道に誇りを持っています。
この苦労も、今となっては良い思い出で、勉強だったと思います。


こういう言い方自体、おかしいのですが、こういう経緯もあり、私は「健常者の社会に生きた障害者」となりました。
これも変な言い方ですが、障害者でもない、健常者でもない、自分になり、その変な狭間に立たされて、苦しい気持ちも味わってきました。
障害者からも理解されない、健常者からも理解されないという変な立場に何度も立たされ、孤独感を味わったこともしばしばあります。

だからこそ、見えてきたことも沢山あります

その見えてきたこと、行き着いたことが、「お互いを知らないから差別が生まれる」でした。
「差別をなくすには、障害者から外に出て行こう」でした。

健常者は障害者を知らないし、それと同時に障害者は健常者をしらない。
だから、お互いがお互いを怖いと思う。。。。差別が生まれる。。。。。

この新聞記事の「訴えた親に対する批判」も、こういうところから生まれていると感じます。


私は、障害者よりも健常者の友だちの方が圧倒的に多いです。
そんな友だち曰く、「最初は、はじめ見たとき、腫れ物をさわるような感じで、どうすれば良いかわからなかったけど、でも、何度も何度も会うようになって、話すようになって、どうしたら良いか、わかるようになった。この前、別のところで障害者の人に会ったけど、自然と接することが出来た。」って言ってくれた人がいます。

私がいつも行っている、あるお店。
最初はバリヤフリーも無く、店員も私が行くとしどろもどろだったのですが、何度か来店していくうちに、バリヤフリー設備が出来、店員も対応が行き届いてくれるようになっていきました。
もちろん、私が行っていたから出来るようになったわけではないと思うのですが、でも、こうやってこのお店を利用していくことをしていかないと「障害者が来たらどうすればいいか」という部分はわからないし、わかりっこないと思います。


だから、「外にもっと出よう。外にもっと話そう」と思っているのです。
だから、養護学校や特殊学級という障害者と健常者を分け隔ててしまうものを見直していきましょうということなんです。

養護学校を全廃しろとはいいません。養護学校や特殊学級の良いところもあります。
障害者にとって、安全であるし、介護もありますし、色々な面で行き届いているでしょう。
それなりに、理解しあえる環境もあるでしょう。

でも、養護学校の中だけがそうであっても、意味がないんじゃないでしょうか?
全ての場所、全ての空間、社会全体が、安全な場所、理解し合える場所でなければならないのではないでしょうか?

普通学級との交流授業をしているところもあるようですが、1日や2日では表面的な部分しか見えません。
本当に理解しあえる、共有出来るようにするには、やはり、365日、絶えずふれあう場が必要だと思います。

それがとてつもなく大変なことは知っています。
言葉だけで「差別をなくそう」だとか「バリヤフリー」なんていうのはいくらでも言えますが、言葉で言うほど簡単でもないとも思っています。
でも、本当にバリヤフリー社会を目指したいのであれば、自立を支援していくのであれば、「心」の面からバリヤフリーになるようにしていくことが、もっとも必要だと思っていますし、それをしていくことが、障害者だけでなく、誰もが安心して生きていける本当の社会だと思っています。

障害者の子どもが親が「普通の学校に行きたい」と言ったら、その心を、どうか、受け止めてあげて欲しいって思います。
このあたり、全体で改めて考え直す時が来ていると思います。

2005年11月 2日

仲間の大切さ

~いのち、輝け地球(テラ)の仲間たち~ 11/23「てんつく」上映会ブログ用に私が書き下ろした文章の「希望の空へ」版です)

みなさんは「仲間」はいますか?
ここで言う「仲間」とは、全てのことを信頼できて、全てを許し合える「仲間」のことです。

こういうイベントのスタッフをやっていて、いつも思うことは、「仲間」の存在、そして、その大切さです。

今回のイベントには、本当に個性豊かなスタッフが沢山集まりました。
そして、そのそれぞれの個性がお互いが尊重しあい、信頼しあい、支え合って、同じ目的に向かって、どんどんと歩んでいっています。

こういうイベントのスタッフをやっているととても楽しいですね。
心がホンマに楽です。
これが「仲間」だと思うし、そういう「仲間」がいるから今までやってこられたし、これからも前へ前へと前進していけると確信できます。

もし、一人で孤独にやっていたら、出来ないことが多くあると思うし、ジクソーパズルのピースのように、一つでもそのピースが欠けたら一生、絵が完成することはないと思います。

この”「仲間」ってなんだろう”と考えはじめると、いつも、行き着く言葉があります。

「全は個にして 個は全なり、個は孤にあらず」

森羅万象、「全て」のモノは「個」から成り立つ。また、その「個」が合わさって「全て」の世界を作っているから、何が欠けても「全て」はありえない。
私たちそれぞれの「個」の命、そして、その力は、その「全て」の繋がりの中で、血液のごとく脈々と流れるように生かされており、その流れに身をゆだねること、その流れを感じとることは、”生きる”という意味でとても大切なことである。
これら「個」を知り、「全」を知ることは、自分は「孤」ではないことを実感することになり、また、それは「孤」になってはいけないということを悟ることにもなる。

この言葉の元の出所とかは、よくわからないのですが、どうも、仏教の禅(=全)の道の教えから来た言葉で、”禅の心”のあり方とその悟りの行き着く先を示しているらしいです。
最近ヒットした「鋼の錬金術師」というアニメでも劇中で「全は一 一は全」という言葉で同じことを語っていましたし、「風の谷のナウシカ(単行本バージョン)」や「3×3EYES」など他のアニメやマンガ、本などでも、同じテーマで描いている物語は沢山あるので、それぞれ意味が多少違って使ってはいるけれど、おおよその概略として知っている方は多いと思います。

この「全」を「仲間」と変えてみると、なんか、すっごく、しっくりといくと感じています。


昨今は、「個の時代」とか言って、「個人主義」を崇められている傾向が強くなってきました。
確かに「個」は大切だと思う。
けれど、どういうわけか「個」が「孤」になってしまっている感じがします。
「個」が「孤」に成りはて「全て」の繋がりも流れも全て消え失せ、壊されていっているように思えてならないのです。

「”生きる”という意味」でも書いた自殺する人が多いのも、原因をたどればそうでしょうし、あらゆる事件や事故もそうでしょうし、もっと、大きく言ってしまえば戦争などの国家間や民族間の争いもそうでしょう。

私は、このイベントを通して「仲間」を増やしたい。
もちろん、「仲間」とは、人だけではありません。

動物もそうだし、野に咲く花や草木や、無機質と思われがちなモノですら、私たちの「仲間」。
それらのキラキラと輝く地球(テラ)の仲間たちをいっぱい集め、もう一度、全ての繋がりを作り上げていきたいって思っています。

最後に、もう一度、みなさんに聞いてみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・みなさんは「仲間」はいますか?

2005年11月 1日

ある意味”サプライズ”?

内閣支持率60・1%に上昇 47・8%が自民支持(共同通信)

まぁ、こんなところでしょうな。
期待を裏切らない、この国の民(笑)

「ワイドショー政治」というか、「わかりやすい政治」というのは、万人に政治参画を促せて、一見良いように思えるけど、これは逆に思考停止に陥る罠にもなる。
気がついた人間は、しっかり、声を出していかないと、ほんと、やばいと思う。
この国、ほんと、思考が死んでるように感じる。。。。。。。。かなり、怖い。

昨日の第三次コイズミ内閣の人事、、、、まぁ、あんなところでしょうな。
サプライズがないことに、ある意味サプライズという感じだけど、そういうところで、わざと”安定感”を出して支持率を仰ぐ。。。。さすがだね。。。。。あっぱれっていう感じ。

う~ん、、、、、小池さんが、同じ位置というのが、ある意味、意外だったけど。。。。それよりなにより、、、、、

い~の~ぐ~ち~!!!

「少子化・男女共同参画担当相」ねぇ。。。。。 
あんた、やっぱり、その地位と引き替えに自民党推薦で立候補したんだろ?
オイラ、絶対、コイズミタンと裏取引があったと思うわ~~(笑)

実は過去の発言や本などの掲載書物などから「隠れネオコン」だという話もあるんだけど、やっぱり、自民とは相容れない考えの持ち主であることは確かだし、遅かれ早かれ、何かしらの地位か政策の取引がなんかをしないとねぇ。。。。。特に、男女共同参画の分野では、自民とは敵対関係。

しっかし、あのなんだかわからん派手なドレスには、テレビの前で大爆笑してました。。。。。。サプライズな衣装。。。。
ほんま、度肝を抜かれたぜ(爆)

それと、死刑執行に署名せずと言ってしまった杉浦法相。
お~っっ、て、最初思ったけど、コイズミタンに言われて、早くも撤回。。。。。。なんだよぉ~。。。
死刑そのものを論議する良い機会だと思ったのに。
それこそ、サプライズじゃんか。

いちいち細々と撤回させないで、こういうのは国会の場に持ち込んで、しっかりと議論して欲しいって思います。

関連記事:第3次小泉改造内閣発足(ライブドアニュース)