2005年11月28日
スピリチュアルからピースを
地球平和公共ネットワーク2005シンポジウム ~スピリチュアルと平和~
行ってきました。
私は、前から「スピリチュアル的な立場の人から平和に関してもっと積極的に発言していくべき」だと思っていた人間だったので、かなり、充実した内容でした。
「スピリチュアル」の定義は「霊性」とか色々とあるみたいだけど、私の中では、
「森羅万象、全てを受け入れ共に生きること」=「スピリチュアル」
かな。
「スピリチュアル」って聞くと、あまりに”特殊なもの”に聞こたり、”別世界のもの”に見えたり、”怪しいもの”に聞こえたりするけど、全く違うんだよね。
ある意味「今、ここに生きていること」そのものがスピリチュアルだし、「足下や身の回りにある全てのこと」がスピリチュアルだし、「人それぞれの生活そのもの」がスピリチュアルであると思うし、人々が生きていく上で切っても切れないものだと私は思う。
神だとか、、、宇宙だとか、、、超能力だとか、、、理論だとか、学問だとか、、、、別にそんなことだけではないし、それに誇示してしまうという自体は、逆にスピリチュアルではないのかなって思います。
五感をフルに生かして、全てを感じ、楽しみや嬉しいことだけでなく、悲しみや怒りという感情をも、受け入れ、共に生きていくこと。
泣いたり笑ったり怒ったり傷ついたり、、、、、そういう感情を閉じこめたりムダにしないこと。
前にここで書いた「全は個にして 個は全なり、個は孤にあらず」 という言葉や「ディープエコロジー」のこともそう。
ワンガリ・マータイさんが提唱している「MOTTAINAI」という言葉の持つ精神や、日本古来の精神「和」というのもそう。
「和」なんて、日本の代表する”スピリチュアル精神”だし、これこそ「平和」の要で、世界に広げていきたい日本文化の一つ。
これ自体は、誰も当たり前だと思ってきたことだし、誰もがやっていたことだと思うんだけど、、、、、でも、いつの間にか、そのことをどこかに置き忘れてしまっている。
ほんのここ数十年の間に。。。。。
出演者の一人の星川淳さんが、「スピリチュアルを感じたいのならば、痛みを感じたり涙を流すことだ。」と言っていたけど、今は人の痛みや涙どころか、自分の痛みさえ忘れ去られている。。。。。。。
それが、今、起きている全てのことの大元の様な気がしますし、本当にそれが誰もが出来たら戦争も環境破壊も差別も犯罪も全てなくなるように思えます。
もちろん、そこまで行くには、とてつもない長い道ですし、難しいことかもしれない。
でも、それを広めることが、どんなことよりも今は重要なことなのでは?って感じます。
それと、この話になると出てくる「宗教」という討議(?)も面白かったな。
本当の宗教って、全てにおいて”愛”がベースにあり、万人に愛を与え続けられるかどうかだと思う。
友人が言っていた言葉を借りて使うなら「ギブ&ギブ(ギブ&ギブン)」。。。。。異宗教などに対しても、その全ての垣根を飛び越えて。
新興宗教の全てが悪いとは言わないけど、その宗教の教えとかなんとかいうものが、結局、自分たちの自己の欲求不満のはけ口でしかなかったりしたり、自分たちの組織内にしか世界(フリーダム)が存在せず、外の世界に対しては暴力的で排他的な要素を示したり、貨幣社会に完全に取り込まれて振り回され、組織を維持・拡大することが目的化しているところが多いのが悲しい気がしますね。
教義やその精神なんかさえも置き忘れている宗教団体も多々あるし。
まぁ、組織を維持したり拡大したり、テイクがあってももちろん良いんだけど、それはあくまで「棚からぼた餅」のような結果論であって、それが目的化してしまってはいけないと思う。
こういう問題は宗教だけに限らず、NGOなどのボランティアや企業などにも言えることなんじゃないかな。
個人ベースだって同じ。
もう一つ。
山川亜希子さん。
正直言って、コッテコテの世界感を持っている人なので、あんまり好きではなかった。
嫌いというのとは違って、違和感があるという感じ。
でも、今日、会った山川さんは、意外な人だった。
「私もデモ(たぶん、ワールドピースナウのピースパレードのこと)に参加したことがあるし、嫌なものは嫌というべきだと思う。時には対立だってあって良いと思うし、戦うことが大切な時もある。」という意見は、私の中では大ヒットでした。
「謝ることが大事」だとか、優しい表情の中から力強い、重みのあるドンと胸に来る言葉が多くて、こういう人だったんだって、今回、見直しました。
ある意味、すごく強い人かもしれません。
色々な言葉を聞いて「ちゃんと、生きている人なんだなー。」って思いました。
惚れちゃいました。
ホント、そうなんだよね。。。自分の頭で考え、疑問を持ち、自分としてどう生きたいかを選択し、今、何が大切か、、、それを求めるならば、場合によっては対立することや戦うことだって有りだと思う。
語弊がある言い方かもしれないけど、スピリチュアルな人たちは「心の平和」とか「闘争的」とか言って、こういう「活動」をやっかい払いする人が偶ににいるけど、自分の心に問いかけて本当に大切なことを想い、それを追求した生き方をしていく方法を求めていくのであれば、形にこだわらずどんなことであっても思いっきりやればいいと思う。
もちろん、人を傷つけるような暴力という意味ではなく、あくまで対話ベースとしての話だけども、それでプラスになっていくとするならば、それはとても大事なことだと感じます。
こういう活動をすると、「非暴力」や「非対立」という言葉がでてくるけど、「やり方」とか「内容」ではなく、あくまで「”心”の持ち方」を言っているんだよね。
などなどなど、なんか、感じることが沢山あったイベントでした。
もう、書きたいことが沢山あります。
時間が足りなかった気がするほど。。。。こういう分野でも、もっと、色々と考えてみたいって、改めて思った一日でした。
それと、やはり、体調がまだ万全ではなく、終わったらすぐに、お礼も言わずに飛んで逃げ帰ってしまいまいしたが、この日、出会えたみなさん、どうも、ありがとう。感謝です。
関連日記:仲間の大切さ(2005/11/2)
- by Nipopo
- at 12:53
comments
ぼくもお会いできて良かったです☆(^^
にぽぽさんお体お大事にしてくださいね~☆
ぼくも、多くのスピリチュアルなことをお聴きして感じましたが、、、
環境も、平和も、スピリチュアルなことからの気づきもすべて、失われた"心"への旅路に過ぎなく、、無理なく心を開けばどんな内容や活動でもいいんですよね。。
結局は、多くのことに耳をかたむけ、心を開き、今ある身の回りから地球の現状を把握し、
住みよい社会(世界)を多くの友と共に生きて生きましょうってことだと思います。そのため、つまり人のために生きる事によって自分を確立し、すべてを繋がっていく。もうそれらはいっしょなんですよね。。
多くの人と笑顔あふれる幸せな世界。ただそれだけですよ。本当に。
それだけでいいんですよね。でもそこにいろいろな実情、現状、言葉、お金、、などいっぱい取り込むことがあるから、人はみな頭で考え、心で感じなくなってしまったんですよ。。。
ひさびさ、自分の意見を言いたくなりました。
にぽぽさんの日記のおかげです。。
あの場にいれて幸せでした~☆(^^
お会い出来て嬉しかったです。
肝心の内容は受付にいたのであまり聞けていなかったですが。
熱気に満ちた一体感を感じられた素晴らしいイベントになり感謝でした☆
皆それぞれの意見が違っていて当然なので、こういう対話が出来るのって
発展的で画期的でした。次につなげていきましょうね☆