2005年12月27日

”職人”という人々

先日、「交渉人 真下正義」という映画のDVDを見ていた。
その映画の内容を簡単にいうと、

「クリスマスイブの日、地下鉄乗っ取り事件が起きる。そこに登場するのが立てこもり犯などを「交渉」という心理作戦により、解決に導く技術を持った日本初の警官、真下正義。その乗っ取り犯人と”交渉人”真下の対決が始まる。」

というもの。

その映画中に、「線引き屋」という人が登場する。
簡単にいうと、ダイヤグラム(運行表)を作る人。

ダイヤグラムとは、縦軸に時間、横軸に距離(信号機や駅など)にしたグラフのことで、列車の運行を線と点で表している。
その形がダイヤ(菱形)が組み合わさっているのに似ていることから”ダイヤグラム”と言われています。

今は、コンピュータが計算して自動的に運行表をはじき出してしまうけど、昔は、こういう「線引き屋」が紙上にコンパスと定規で手作業で線を引き、その線の混み具合や角度、交わる点などから、列車の運行がなされていました。
その頃は、こういう人が駅に何人かいて、事故があったり、遅延があったりすると、あっという間にグラフを書き換え、列車の運転手に無線で連絡して運行の変更などを行っていたそうです。
その職数十年のベテラン級の人になると、グラフを見たり書かなくても、”今、どこの駅から下り何キロ地点に○○○番の列車が時速何キロでどこに向かって走行中だから、△△△番の列車は速度を何キロに落とせ!”って、暗唱で指示できるような人も沢山いたとか。。。。

この映画中でも、乗っ取り犯にコンピュータ内にあったダイヤグラムをめちゃめちゃにされ、二進も三進も出来なくなった地下鉄運行を、線引き屋がダイヤグラムを手作業でちゃっちゃかと書き換えてしまい、事故を食い止めてしまうというシーンがあります。

実は、昨今、ちょっとしたことでもダイヤが大きく乱れたり、それが丸一日解消されなかったり、最悪、他の路線まで影響を与えたりすることがあるのは、過密ダイヤも最大の原因ですが、こういう”職人”がいなくなったのも原因の一つなのでは?と言われています。
ここ最近の列車事故も、実は、こういう”職人のカン(勘)”というものが無くなってしまったことから始まっているのではないかと指摘している人がいるほどです。

日本の列車運行は民営化され、合理化が図られ、”職人”の技はコンピュータに取って代わりました。
確かに、コンピュータは正確で早いかもしれません。
昔なら無理だった過密なダイヤも組めるようになって、便利になったかもしれません。

でも、”職人”の持つ長年の”カン”は、コンピュータでは決して計算することが出来ないのです。

今回の山形の列車事故。。。。。東京新聞の記事には、こう書いています。

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これまでも風による鉄道事故は繰り返されてきた。旧国鉄時代の一九八六年十二月には兵庫県香住(現香美)町の山陰線余部(あまるべ)鉄橋(下路橋)で、回送中のお座敷列車「みやび」(七両)が突風にあおられ転落。真下のカニ缶詰工場を直撃し、六人が死亡している。事故後、この区間では徐行基準が事故前の風速二五メートルから二〇メートルに引き下げられた。

 「余部鉄橋事故の教訓が生かされていない」と旧国鉄民営化問題を追ってきたジャーナリストの立山学氏はみる。「当時、民営化の準備が始まっており、現場にいて、複雑な気象状況を判断し、運転士に伝えていたベテラン駅員はリストラされていた。数値だけではとらえきれない自然の驚異がある。それに対応できるのはそこに住む人間の長い経験だ。今回の事故でも、そうした人間の勘を生かす仕組みがなかったのではないか


原文:山形・庄内 特急脱線、風に苦しむ町(東京新聞)
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現場では風速20メートル以下の徐行規定以下の風速しか記録されていない。
でも、事故が起こった。
風力計を増やしたり、規定風速を引き下げても、コンピュータの中に流れる数字だけを追っかけいる今の現状を解消しないと、こういう事故は決して無くならない。
そう思えてなりませんし、この事故はそれを教えてくれているように見えました。


都会の昔の駅は、活気あって良かったですよ。
駅舎内に鳴り響くリズミカルで軽快な切符切りのはさみ(切符鋏)の音。
「カーン、カ、カ、カン、チャキ、チャキ、カ、カーン、カーン、チャキ・・・・」
何万人と乗り降りする乗客をリズミカルに裁いていく。
切符を切っている駅員さんの手元の目にもとまらない素早い動きは、ホントに”職人技”そのもの。

昔、嫌な思いをしながら障害を克服するための病院へ何度も何度も電車に乗って通院しました。
でも、このリズミカルな音を聞くと、なんだかしらないけど無性に楽しくなった記憶があります。

。。。。。今じゃ、「ピ」だの「ピー」だのという、なんともつまらない無機質な合成音ばっかり。。。。。。
こんな音を聞いて、嫌な会社に毎日通勤通学じゃ、さぞかし辛かろうって。。。。。

いったい、どちらの方が”命”にとって良かったのですかね?
いったい、どちらの方が”心”があったのですかね?

そう思ってしまいます。

関連記事:ライブドア 列車事故関連
       Yahoo! JR羽越線特急脱線事故

追記:「交渉人 真下正義」、ラストは「?」だったけど、下手なハリウッド仕込みの洋画より、断然、面白かった。三つ星。

comments

技術者としては頭の痛い話ですね(苦笑)。
確かに機械化、自動化は便利だけど、完璧
とは決して思わないようにしないとね。
もっと時間、状況、場所によって何がよりよい
選択なのかを考えるということがすごく重要だ
ということを教えてくれている気がします。

  • オアシス
  • 2005年12月28日 00:44

お久しぶりです。
このニュースにはフィギアスケートにきゃぁきゃぁ言っていたわたしもびっくり。
目が覚めてしまったかのようなクリスマスでしたが・・・・
本当に【何が大切なのか】と最近のさまざまな
事故や事件を知るたびに感じます。
今ね、わたしの子供たちの小中学校では周囲で
不審者が頻繁に出没していて、地域の大人たちが
見廻りや危険箇所の確認などに動き始めています。
地域の子供たちを地域で守ろう・・・という昔だったら
当たり前だったような気がする動きにとても安心感を
覚えています。きっと職人さんに限らず、大人が
大人としていろいろな経験や、そこから来る勘を
見失っているように思うから、時間かかっても
それを取り戻していくことで、社会が変わっていくといいなと思う。
江ノ電は車掌さんが切符を受け取ってくれる駅が
まだまだ残っていてほっとしますよ~♪

  • yoko
  • 2005年12月28日 00:48

今日の早朝のTV番組でコメンテータが今回の列車事故と関連して、Yokoさんと同じことを言っていました。
「子どもを本当の意味で守るのは、防犯ブザーやGPS付きの携帯ではなく、大人が持っている経験や勘だ。それが社会を安全なものへ導く。」と。

オアシスくんと同様、私も技術者ですから、機械に頼るということではなく、あくまでそこに「人間」があり、そこに人間の本来持っているはずの「勘」を生かしてこそ、良い物が作れるのかなって最近、思っています。

なんか、さっき、ネットで流れてくるニュースをみると、この路線を運転していたOBと現役では、感覚がやはり違うみたいですね。
現役は「ここは特に問題ないところだ」と言っていますが、OBは「ここは一番注意すべきところだ」と口をそろえて言っているみたいです。
OBは「風の通る道」というものを体全身で実感していたのかな。

  • にぽぽ
  • 2005年12月28日 18:36