2006年2月27日

安全のためにリサイクル禁止?2

前回、この問題に関して、ガンガン書きましたが、

安全のためにリサイクル禁止?(2006/2/9)

その署名運動が始まりました。
ネットからも署名できます(セキュリティがかかっているページなので大丈夫でしょう)。

※補足ですが、下の署名運動は、やたらと楽器にこだわっていますが、問題は楽器だけではありません。家庭用コンセントから電気を供給して動く製品全てに関わることですので、お間違えの無いように。

※追記2006.3.11

PSE法が新法になった2001年以降、電気事故はますます増えていっているそうです。

2001年度以降、家電事故が激増(赤旗)

この記事では「何年に製造されたものがどれだけ事故をおこしているか」までは書いていないので、はっきりとは言えないかもしれませんが、2001年以降動き出したPSE法の本当の実態は、「消費者の安全を守るための法律」では無い可能性が否定できないっていうことです。
「第二、第三の姉歯」ということで、最近になり北海道でも大騒ぎになった耐震偽造をやりやすくしている建築法も全く同じ根っこ。
結局、官から民へ丸投げにしたため市場原理で安全を守るためのシステムが崩壊、天下りの温床となっているだけっていうことです。

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電気用品安全法(PSE法)に対する署名
https://www.jspa.gr.jp/pse/index.cgi

電気用品安全法に対する署名のお願い
音楽家 坂本龍一
音楽家 高中正義
音楽家 松武秀樹
音楽家 椎名和夫

 「電気用品安全法(PSE法)」は、2001年4月1日に「電気用品取締法」から 変更され施行された法律です。今年の2006年3月31日で5年の猶予期間が終わ り、2006年4月から本施行されます。
 この法律は電気の安全管理を目的とし、漏電・火災・感電などの事故防止と 粗悪品を排除してきちんとした電源部品で運用管理するという目的で制定されました。
 具体的には、電気製品に安全確認マーク「PSEマーク」を付けて製造、販売 を義務付けるものです。2006年4月以降からは「PSEマーク」の表示がない製品の販売は通常通りでは出来なくなります。

 この法律の対象となる電気製品には、家電製品を始め電気楽器、電子楽器、音響機器も含まれる為に、我々音楽家や録音スタジオ、コンサート音響機器業者、音楽愛好家、楽器販売店にも、この法律の条項は密接に関わってきます。

 しかしながら、官報での報告はありましたが、我々や末端の業界も含め、もちろん一般ユーザーレベルまでも、この法律に関する情報共有はできていないまま今日に至っている状況です。

 その問題点とは、

* 「PSEマーク」のない製品の商取引が通常通りでは出来なくなる。
* 新たに中古機器を販売するには「PSE」マークを貼ることが必須だが、経済 産業省に申請した販売者が経済産業省の定める一定の検査方法に於いて自主検査を行う事が必要。
すなわち罰金も含め、機器に対して全責任を負うリスクが必要となる。
* ビンテージと言われている、現在もそのほとんどが現役で使用されている機器類(1950年代から1990年代に生産された機器類すべて)が対象製品として該当するので、検査機関の基準値を満たすことは到底不可能。

 「PSEマーク」を取得して「電気用品安全法(PSE法)」に準拠するための手段として、まだ2年間の猶予があるACアダプター対応にするために電源管理回路を改良、 変更する手段もあり得ますが、根本的な解決策には到底ならず、もちろん本来の音質や機能は全く発揮できません。

 対象機器は電気楽器、ギターアンプ、電子楽器、レコーディング機器、ラジオ受信機、アナログ/デジタル・テープレコーダー、ビデオテープレコーダー、ターンテ ーブル、ジュークボックス、音響機器など、電源トランスを内蔵している製品すべてです。

このままでは専門機器を支える中古機器販売、下取り市場も閉鎖せざるを得ない状況になってしまい、これからの日本の音楽と芸術文化の発展に大きな支障をきたすことになります。

 ここに、この法律への対象機器の規制緩和(規程変更)をお願いする声明の証しとして署名を記します。

経済産業省 商務情報政策局 消費経済部 製品安全課御中

2006年2月26日

親切

「親切」

親切とは人のことをきにかけて、他人の生活の向上のために何か良いことをすることです。人々が必要としていることについて思いやりを持つことです。悲しみに暮れて助けを必要としている人に対して、愛と共感の思いを示すことです。残酷なことをしたいとか、批判をしたいとか、からかってみたいというような誘惑に駆られたときには、そうする代わりに親切にする選択もできるのです。

ここの日記でも度々かいているけど、これは、「ヴァーチューズプロジェクト」という教育プログラムの教本に書いてある一節です。
言葉というものにはそれぞれエネルギーを持っており、その言葉を大切に使っていくことで、自分に対しても相手に対しても周りに対しても、想いや行動や世界観を向上していくように導いていくことができます。最近、良く聞く「コーチング」という手法にも繋がってくるかも。

さっき、そのプロジェクトワークショップで使用するカードの一枚を引いてみました。
そこに書いてある言葉がこれでした。

なんか、ここ最近の私に対して、送ってくれたメッセージのような気がする。。。。。
ありがとう。自分自身に対して「親切」という言葉を承認します。

ラーメン

今日、昼間は友だちに誘われて、立川駅南口前の駅ビル、アレアレア2Fにあるラーメンスクエア(最近、あっちこっちにあるラーメン専門のテーマパークのようなところ)にて、ラーメントライアウトというイベントに行ってくる。
このラーメンスクエアへの出店をかけてのラーメンバトル。
味で競って、優勝者はラーメンのお店をこの場所に持てるのだ。

はじめてこういったイベントだったけど、めっちゃおもしろかった。
なんか、楽しかったなー。
友だちとも久しぶりに雑談したり、色々と楽しんだり笑ったりしたり、、、、最近、食べたくて仕方なかったむっちゃ美味しい濃い味付けの豚骨系ラーメンも食べたし!、、、良い気分転換になりました。

そこで、私や友だちが応援していたお店「新宿ゴールデン街 凪」が優勝!
やった~!!!!
私はお店には行ったこと無かったのですが、なんか、むっちゃうれしかった~~♪
今年の10月から立川のこの場所で出店決定。
車で家から15分程度のところなんで、毎日でもこられる、、、うひっ。

しかも、オイラは、「凪」というお店と、他もう一店舗の優勝者を当てることが出来て、もう一つ、ラッキー☆
お食事券1000円分をゲットしました。

いや、、、、色々とありすぎて、凹み気味の自分自身に良いプレゼントになりました。
ラーメン一つで、こんなにも楽しめるんですねー。さんきゅーです。

「凪」のお店の関係者のみなさん、そして、誘ってくれた私のお友達に感謝です!
飛び込みで行ったのに暖かく受け入れてくれて、みんなに、ほんま、ありがとう!

ちと、大雨&風邪がまだ引いていない状態で、疲れてしまって頭がボーッ、熱っぽくなってしまったので、このあとは帰らせてもらいました。
実は、もう一つ、別のお友達に誘いを受けていて、演劇「東京プレイバックシアター」も行きたかったのですが、さすがにパワー不足でした。
自分の体力を考えないで申し込んだ私がバカだった。誘ってくれた人には申し訳ないな、、、、ごめんなさいって、さっき、メールしました。。。。

2006年2月24日

かっこよかった

<フィギュア>荒川「金」 村主4位、安藤は15位(毎日新聞)

今日の朝、会社に出勤する前にちょうど荒川選手と村主選手の演技を生中継で見られました。
ここ数日、夜も眠れないほどの鬱々ってしている毎日が続いていたのですが、2人の演技を見ることができて元気になれた感じがしました。
エネルギーをくれたみたいで良かったです。

荒川選手は演技の最中から歓声が鳴りやまず、観客がスタンディング状態でしたね。
体全体からにじみ出てくるオーラが違ってました。
男性からみても、すっごいかっこよかった。
これで金でなかったとしたら、ウソでしょう。

安藤選手は、まだ、若いんだし、精神面や技術面でこれからですね。
4年後に期待です。

2006年2月23日

シャイン

昨日の日記から、色々と想うことがあります。

某SNSの方は、居るだけでも苦しいから抜けてしまいました。
ネットは単なる補助道具。繋がるのに、こんなもの、いらないでしょ。
目に見えない空気中に漂っているだけの電波や、こんな銅を撚っただけのの細い線を流れている電気だけで繋がっているつながりなんて絶対に何か変だ。
結局、人の命を最後に助けられるのは、人の命のリアルな暖かさしかない。
正直なところ、mixiやブログも考慮中。
・・・・などと、一番、寂しい想いをしている奴が強がってみる。


一昨日、天に旅立ったSへ。
今でもどこかの空の下で幸せに暮らしているはずのKへ。
音信不通のまま、行方がわからないままのNへ。

そして、この世に生きる全ての人々へ。

今は、想いが強すぎて、何を伝えればいいかよくわからないけど。
言葉が見つからず紡ぎきれないけれど。。。。伝えたくても、伝えられないけど、、、、、
、、、、でも、あなたに、今、送りたい曲、、、、送りたかった曲があるから、ここに歌詞を載っけておきます。

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こちらに歌詞が載っています↓

ステップ バイ ステップ : 『シャイン』
http://mari8841.exblog.jp/3353959/

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てんつくのエンディングで流れている曲です。
生きることに、輝くことに、何も条件はいらないのに、それすらも許されない闇のような世界。
だからこそ、私は、あなたのために道を明るく照らし続けたい。
あなただけのために。

2006年2月22日

生きること

昨日、友だちの一人、Sちゃんが自殺しました。
昨夜、友だちという方から電話で知りました。

実は、某SNSでほぼ一ヶ月前に知り合った人です。
そのSNSは、ほったらかし状態だったのですが、突然、その人から「お友達になりませんか?」というメッセージを頂きました。
ブログを見て心が衰弱しきっているのは、手に取るようにわかりました。
心が傷だらけ。。。。。もう、痛々しいほどでした。

その人とリンクし、何度かメッセージの交換。
偶に、落ちることはあるけど、気軽に話しかけてくれるようになり、「にぽぽお兄ちゃん」って言ってくれるようになりました。
少しずつ元気になっていってくれていました。

電話でも何度か話したことがあります。
「きっと、どこかでオフラインで会おうね」と、電話で何度も約束しました。

昨日のPM3時。
仕事中に、携帯に電話。
ん?何だろう。。。と思い、事務所から出て、身を隠しながら電話をかけ直してみる。

S:「・・・・・にぽぽお兄ちゃん・・・・」

もう、死にかけの声でした。
薬のガバ飲み(OD)か、リストカットかなにかだと直感でわかりました。

S:「死にたいから・・・これから自殺する・・・・いままで優しい言葉をありがとう・・・」

にぽぽ:「本当に死にたいの?生きたいって思ったから、助けを求めて電話をかけてきたんじゃないの?」

S:「・・・・そうかな・・・・そうかもしれない・・・・」

にぽぽ:「生きても良いんだよ。生きたかったら、それで良いんだよ。貴方には生きる資格が十分あるんだよ。」

S:「私が死んだら、にぽぽお兄ちゃん、悲しい?」

にぽぽ:「悲しいよ。貴方が私にとって必要な存在だから。」

S:「わかった・・・生きるよ・・・・私、にぽぽお兄ちゃんを悲しませたくないから・・・・ありがとう・・・これから、救急車呼ぶね・・・・にぽぽお兄ちゃん・・・・ありがとう・・・」

それが、最後の言葉でした。

夜中の12時、友だちと名乗る人から電話。

「2時間前に亡くなりました。Sの携帯の着信記録に残っていたんでかけてみたんです。」

・・・・・・もう、言葉を失いました。
その友人にかける言葉もなくしました。
頭の中、真っ白で、何っていう言葉をかけたか覚えていません。

その後の夜・・・・怖かったです。
体の震えが止まりませんでした。
発狂寸前。。。。一睡も出来ませんでした。

4年前の2月、私の前の彼女が自殺未遂をしたときと同じです。
そのときは、「もう、先が見えないから。ありがとう。元気でね。」という言葉が最後でした。

あのときも発狂寸前でした。。。。目をつぶると、泣きながら両手首を血に染め、ロープで首をくくっている姿は見えるんです。
実際に見たわけじゃありません。。。。その時も電話で最後の言葉を聞いて、5~6時間後に、元彼女の弟さんから「病院に運ばれた。集中治療室で今ももがいている。」と聞いただけでした。
でも、脳裏に浮かんで消えませんでした。
ちょっとでも突けば、神経が爆発する寸前でした。
正気でいられるように、壁をガンガン殴っていました。
それが2~3週間続きました。

その時の感覚が、フラッシュバックのように、今回、甦りました。
今は仕事をしているので、何とかなりますが、、、、、正直、夜が怖いです、、、、、、
こんなことを書いているのも、たぶん、家では出来ないと思います。
会社だから、半ば冷静にいられる。


生きることに何か条件が必要なんですか?
そんなことに「意味」を知ることが必要なんですか?
「今、息を吸って吐いて、心臓が動き体中に血液が流れている」
それだけで良いんじゃないの?それだけが全てなんじゃないの?
それだけが「条件」であり、それだけが「意味」があり、それだけが「価値」があることなんじゃないですか?
なのに、なぜ今の世の中は、そんなことすらも感じられず、苦しめ、生き辛くなっていまっているのはなぜなのか!

「生きること」そして「死ぬこと」。。。。その両者共に、どんなことからも阻害されることはあってはならない。

なのに、年間3万人の自殺者の人々を苦しめているのは何なのですか?
その十倍~二十倍の自殺未遂者の心をも、ないがしろにするものは一体何なのですか?

「自殺」という表現こそ、「生きたい!」「もっと生きたかった!」っていう最後の叫びだって、、、、、、私は心底、知っています。
痛いほど、知っています。。。。。。

2006年2月21日

燃える氷

[メタンハイドレート]新潟・上越市沖の海底で確認(毎日新聞)

メタンハイドレート(Wikipedia)

メタンガスの温室効果は、二酸化炭素よりも10倍~20倍以上と言われています。
石油に変わるエネルギーとしては有効な物質であることは確かなのですが、メタンハイドレートはかなり不安定な状態で地中に存在していることが多く、0.1度でも周りの温度が狂えば、一気に溶解し噴出してしまいます。
地球温暖化によって、海中温度も上昇傾向にあり、地中深くにあるメタンハイドレートはすでに崩壊寸前にあると警告も出ていることですから、すでにどのような状態かわかるかと思います。

ある意味、原発よりも怖い存在と言えるかもしれません。

フィリピンのレイテ島で起きた地滑り。

[地滑り]比レイテ島で200人死亡、不明1500人 豪雨

これは1960年~80年台に、日系商社が大量に材木を伐採したのが原因の一つであると言われています。
(中国で毎年のように繰り返されている大洪水の被害も同じ。日本向け割り箸などに使われるため内陸部の白樺の原生林を大量に伐採されたのが原因だと、環境シンクタンクから報告書が出されました。)

石油にしろ森林しろメタンハイドレートにしろなんにしろ、これらは「地球」という生き物にとっては、血であり肉であり骨であると私は思います。
それにむやみやたらに手をつけるということはどういうことか、、、、一旦、考えてみたほうがいいと感じます。
人と地球が共に生きていきたいのであれば、尚更でしょう。

今、目の前のことだけではなく、長いスパンで、数世代後のことまで考えて生きていくことが、どれだけ重要で大切なことなのか。
もう一度、そのことを改めて考え直す時が来ているように思っています。

2006年2月20日

茨木のり子

[訃報]茨木のり子さん79歳=詩人(毎日新聞)

茨木のり子さんが、亡くなったそうです。
(二十歳の頃 立花隆<第一集>内のインタビュー記事→クリック

この人の詩は好きでした。
特に「わたしが一番きれいだったとき」「自分の感受性くらい」「倚りかからず」は、私の人生の中でかなり影響を与えている詩でした。

茨木のり子さんの詩にはじめて触れたのは、高校生の時かな。
教科書ではなく、国語の授業の参考資料として配られたプリント用紙の中に「自分の感受性ぐらい」の詩があったのを目にしたのが最初です。
結局、授業ではこの詩について一切触れなかったんだけど、、、、、、その頃の自分に取っては、頭をガツンとぶん殴られたぐらいの衝撃的な詩でした。
全てに対し苛立ちを覚え、自暴自棄になり全てが嫌になって、全てを捨てたかった自分がいた時だったので、、、、、、そんな自分に「本当にそれで良いの?」と本気で問いかけてくる感じがしたのです。

茨木さんに詩には、力強さの中に、愛や優しさがあり、、、、そういう、とても素敵な詩が沢山あると思います。
現代に生きる私たちに一番必要な心が、この詩にはあるように思います。
是非、書店なんかで、詩集を手にとって欲しいです。

※著作権があるため、お約束通り削除しました。

自分の感受性くらい
わたしが一番きれいだったとき

       ↓
下のページで読めます。
二十歳の頃 立花隆<第一集>内のインタビュー記事

自分の感受性くらい
倚りかからず
       ↓
下のページで読めます。
自戒の詩

マザー・テレサの瞳
       ↓
下のページの3/10付け日記にて読めます。
http://toshin.s8.xrea.com/x/diaryh/2003_3.html

2006年2月17日

ネガ・スパイラル中

なんか、今日の夕方から急に寒くなり、八王子では雨・・・・・雪が降っていました。
今は、止みましたけど。。。。

今週の初めから、お腹の後ろ、腰かわ脇腹にかけて、ずっと痛くてしかたないっす。
違和感はずっと合ったんだけどね。。。。どうも、ずっと下がらない熱と連動しているような。。。

たぶん、腎臓だな。。。。4年ぐらいまえから、腎臓の調子が不調のまんまで、一昨年は左側の腎臓が2倍ぐらいのふくれあがって大変でした。
お医者さん曰く、「これが続くようだったら、摘出だよ」。。。。やばい、やばい。

それから、疲れたりすると、同じところがシクシク痛むようになりました。

う~ん、、、その2倍ぐらいに腫れ上がった時よりは痛みはないし、血尿もないのですが、、、、この鈍痛は、ちと、やばいかも。
土日は休養をしっかりとって、月曜日、どうしてもおかしいようだったら、医者に行ってきます。
ネットで調べてみると、菌が入って腎炎になったかも、、、、ていう感じなので、、、、、一昨年の時に菌が入りやすい状態に弱ってしまったことは確かだと思うので。

そのせいもあってか、このところ、精神的にも絶不調。
実のところ、この時期って心の方が落ちやすい時期なのです。。。オイラ。。。
12月末~3月始めまでって毎年いやなことが色々とあるときでね、、、、、、2月がピーク、、、、トラウマのようになっちゃったみたい、、、、思考がネガ・スパイラル中でふ。

こんなん調子だから、昨日は昨日で上司とケンカっす。。。。上からナンバー3の常務と平の技術社員がケンカっす(自爆)
こっちが困っていても、いつもほったらかしのくせに、都合の良いときだけ、あーだ、こーだ言ってきやがったので、さすがにぶち切れました。
てめぇーがこっちのこと都合を無視して勝手にお客さんと無理難題で契約してきたことを、下っ端に押しつけてくるなっつぅ~の。
姉歯元一級建築士の気持ちが痛いほど良くわかるぜ!
って、それから胸くそ悪くて目を合わせてないし、ろくな口も聞いてません(笑)
まぁ、入社当時以来からの10年来の腐れ縁なんでいいんだけどさ(爆)


って、はぁ、、、、、、、、、、~、、、、、、、

なんか、嫌な事件が起きちゃいましたね。。。。
幼児2人が亡くなりました。
まだ、何がどうなったかよくわかりませんが、、、、犯行に及んだ母親は外国人だったとか、日本に来てから精神科に通っていたとか、、、、色々とあるみたいです、、、、、、すごい、時間と空間の歪みを感じちゃって、、、さらにキツイっす。。。。

って、、、、、すっげぇ~愚痴っぽいなぁ、、、、、今日はかなり弱気です。
まぁ、いいや、ブログに書いたら、少しはすっきりしたし、もう、寝るっす。

2006年2月15日

怪しい”環境主義”

【ファンキー通信】ブームに乗って「エセLOHAS族」が増殖中・・・!?

一応なんですが、最近、よく聞くようになったLOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability)っていう用語、、、、なんか、違っています。
あの言葉は、環境用語ではなく、ビジネスとして開発されたマーケティング用語(コンセプト)。
「”健康”や”環境”を重視し、質素だけれど穏やかで心にゆとりのある生活をしている人々」をどうやってビジネスに利用し、どれだけ儲けられるかを示した言葉でしかありません。

この言葉を著書に書いたポール・レイ氏は「社会学者」という本業の傍ら「企業コンサルティング会社(マーケティングを調査して何をすれば儲かるかを企業に教える会社)」を長年やっている人で、心理学者のシェリーアンダーソン氏と書いた著書「カルチャークリエーティブ」という本も、実際には環境本ではなく、アメリカの社会動向を紹介し、ビジネスチャンスを掲示した「マーケティング本」でしかありません。なんせ、アメリカで「LOHAS」という言葉の専売特許を管理している一企業のCEOは、雑誌のインタビュー記事で堂々と「LOHASは単なるマーケティング用語だ」と断言しているからねぇ。
これらの会社は、ポール・レイ氏とシェリーアンダーソン氏とグルになって登録商標の運営を管理しているのみ。別にこの商標を使った製品が環境重視がどうかなんてみちゃいないし、会社自体も環境などとはほど遠い代物。LOHAS会議とかいうものを主催してやっているが、内容は単なるLOHAS製品の紹介とマーケティングとビジネスモデルの発表会と化している。しかも、この管理会社を打ち出したのは、本で紹介して1年も経っていない数ヶ月程度というところからみて、最初から本を売って消費者やマスコミへの地ならしをしておいて、商標登録を牛耳って、ぼろもうけしようと企んでいたんじゃないの?って言いたくなる。

ちなみに、日本も同じ様な状況。
登録商標の全てを「三井物産」とLOHASという言葉をいち早く日本に紹介した「トド・プレス」とが組んで一括管理して牛耳っています。
→関連記事(R30:LOHASは「サブマリン商標」の成功事例か)。

そんなこんなで、どう見ても「LOHAS」なんていうものは「ビジネス用語」でしかないので、値段が高かろうが何だろうが、環境とはほど遠い怪しい製品だろうが、そんなことは企業にとっては基本的に知ったこっちゃないっていうことですし、それを批判も出来ないっていうこと。
最終目標は、環境ではなく、ビジネスなんですから。。。。。。。企業様のご都合主義で「ナンボ儲かりまっか?」の世界です。

つぅ~わけで、オイラは基本的にアンチLOHAS、やってます(笑)
「スローライフ」は大賛成ですが、「LOHAS」なんていう言葉は、鼻っから信用していません。

LOHASという定義にある「無理をしない」とか「心の面から豊かで」という部分はOKなんだけどね~。
環境をはじめとして、そういうことを「ブーム」を作って何かをやろうとすると、どうしてこうも「歪なもの」になってしまうのでしょうね。
ブーム自体が資本主義経済のシステムの土台に乗っかっちゃうからだろうな。。。。。。
別にビジネスに乗っけたかったらそれでもいいんだけど、本当に大事な部分は外さないで欲しいんだよね。。。。。。

そういえば、この三井物産&トド・プレス、「スローライフ」という言葉まで牛耳ろうとしているらしいな。。。。ソトコトっていう雑誌は環境系としては好きだったんだけど。。。。私的にはすでに終わってる。。。。(ーー;)

私は、こういう動きは、是非、広めて欲しいって思っているんだけど↓
【ファンキー住まい通信】下流くん必見!電気を使わない冷蔵庫?
関連Web:http://www.hidenka.net/index.htm

昔ながらの知恵を利用しただけで、別に特殊な技術を使っているわけではないんですが、、、、でも、これも「ブーム」にしちゃうと、結果同じく、歪なものになっちゃうのかねぇ。。。。。。。下流どころか上流のみのモノになりそうだよな。。。。

※いろいろと調べてみると「カルチャークリエーティブ(ズ)」っていう本に書いてある環境重視の階級層は、実は、この本が出る以前から言われていたことなんだそうです。
環境重視生活をしている人々は、アメリカ型と欧州型と分かれ、アメリカ型は自己中心型で経済リスク主義。欧州型は全体型で環境リスク主義。
欧州型は、自分の周辺だけでなく全体を見回して、それが環境に対するリスクがあるかないかを判断し、少しでも環境リスクがあれば対策開始。そして、その対策には老若男女、裕福かどうかなんて関係なく全員が参加するという形です。
アメリカ型は環境を考えるのは自分の周りのみで、しかも、ご都合主義。その判断基準は環境リスクよりも経済リスク優先で、経済リスクが高ければ、そんな環境対策は即座に却下ですから、環境重視型の生活に移行したければ、どんなことがあっても経済リスクの少ない層=裕福な層の人々(ロハスな人々)のみが参加できること形になります。

アメリカ都市部で出たゴミは、そのままの形で埋め立てたり投棄するのが基本。高温で燃やしたり、ましてやリサイクルなんてほとんどしない。自分たちの住む都市や街から離れた郊外の膨大な砂漠地帯や遠方の海洋に捨てまくりです。
この前のアメリカ産牛肉の狂牛病問題なんかアメリカらしい事件ですね。他国の健康や環境なんて、本人たちには知ったことではないし、アメリカ経済に悪影響があることは根本的にしないですから。
「交通事故にあう確率より狂牛病の牛肉で病気になる確率の方が断然少ない」っていう発言がアメリカ政府内で出たらしいですが、これもアメリカ的には「OK」なんです。

もちろん、私は環境重視層や、このこと自体がいることを批判するつもりもないし、例外は数多くありますから、これが全てではありません。でも、、、、、日本は、一体、どっち型なんでしょうね。。。。。考え込んでしまう今日この頃。。。。。

2006年2月13日

大災害の背後にあるものは

昨日の夜は一睡も寝付けず、朝に至り、仕事中でも脳みそが完全に死んでしまっているにぽぽです(笑)
しかも、熱がまだあるし。。。。。(ーー;)

昨日、アミ・ウィングス第3回勉強会。
無事に終了しました。
すっげー寒い中、来て下さった皆様。
本当に、ありがとうございました。
70名の部屋に40人程度でしたが、ここまで集まってくれるとは思っていなかったので感激でした。
勉強会の時間の前、代々木のオリンピックセンターであった友人ご夫婦が主催した「あるがま~ま」のイベント終わりで駆けつけてくれた方も数人いて、ホンマにありがたかったです。

この日のテーマは、「続発する大災害~その背後にあるものは~」

自然災害そのものは、地球が生きている証拠なんだから、在って当たり前のことだと思う。
それ自身が、自然の息吹であるのだから。
実際、昔も今も災害の発生件数そのものは、さほど変わっていない。

でも、その背後に、私たちの生活内容(レベル)が深く結びつき、それが原因となって、死者数や損失額などの被害を大きくし、巨大化させていっていることを、改めて思い知る内容でした。

実は、昔は、災害が起きても自分自身の身を守れるだけの地球のシステムと人の知恵を様々な形で持ち合わせていたはずのに、人口爆発、食糧難、貧困、自然破壊、地球温暖化、人種的差別や格差などの昨今の問題によって、今は、完全に崩壊してしまった。
人々は、モノの豊かさばかりに気を取られてしまい、本当に大切なものを見失っているから、災害の規模をさらに拡大させてしまっている。。。。それが今の地球の姿。

昔はビルは無かった。CIMG0144.JPG
だから、倒壊の恐れもなかった。
でも、今は、ビルがあちらこちらに建っている。

川辺の近くには、昔は人は住まなかった。
山の斜面に人々は住まなかった。
でも、今はそこすらも住宅が密集して建ってしまっている。

昔は、自給自足をしていた。
ご近所同士で分け合って生きていた。
だから、食べ物は身近にあったから、災害が起きても大丈夫だった。
でも、今は、買い出しをしなければ、食べ物すら身近にない。
道路が寸断されれば、それすらも出来ない。
お金が無ければ、買うことも出来ない。

だから、その事が新たな災害の種となってしまっている。

じゃー、法律を整備して、コンクリートなどであっちこっち雁字搦めにして、徹底的に防災対策を試みれば良いか、、、というとそうでもないと思う。
今、大騒ぎになっている耐震偽装問題は、起こるべくして起こった事件だと、私は思っている。
私が、あの事件でわかったこと、、、、それは、自分自身の身を守るのは、、、、人々の命を守るのは、、、、数字一つでどうにでもできるような耐震技術では決して無い、っていうことでした。

CIMG0141.JPG人々は今まで自然と共に生きてきた。
だからこそ、自然災害とも、人々は共に暮らしていけていたのかもしれない。
災害さえも難なく、渡り合えてきた。

でも、今は違ってしまっている。。。。。人は、完全に自然から切り離された存在になってしまっている。
だから、自然に怯えながら暮らしていかないとならなくなってしまったように思える。。。。。。耐震強度という、たかが「数字のからくり」ごときで大騒ぎする世の中に。。。。。

神戸での震災被害にしても、今、東北や北陸の各地で起きている豪雪被害にしても、そこの被災者の声から聞こえてくるのは、「一番の支援は人と人の暖かさだ」という言葉。
自然が猛威をふるっている時だからこそ、人と人、人と自然、人と地球、、、、その暖かな血の通った繋がりが大事になってくる。

人と人、人と自然、人と地球、、、、その血の通った繋がりが見えなくなった今の世の中に、どうやってそれをもう一度よみがえらせていくか。
今、本当に意味で私たちに突きつけられている課題は、そこなのかもしれないって、そんなこをと思いました。

2006年2月10日

う~ん、、、、未だに、熱っぽい。
あさってのイベントの事もあるので、明日は用事をすっぽかして寝てようかなって思う。

今日の夜中からトリノオリンピックですねー。
まぁ、色々と批判もあるかもしれないけど、なんだかんだ言ってこういうお祭りは大好きだったりしています(笑)
寝不足にならないように気をつけま~す。
いや、、、まじめな話、オリンピックが出来るという環境は、ある意味、平和だっていうことなのかもしれませんし、こういうのは何かしらあってもいいんじゃないの?って思っていたりします。
規模が大きすぎて、商業主義だとか色々とはありますけどね。
オリンピックが出来ない年は、戦争があった年ですから、、、、それを考えるとね。。。。こういうイベントを家で観戦出来るって言うことは、ある意味、「平和」なのかもしれません。


補聴器を両耳につけて、今日が終われば、ちょうど、1週間が経とうとしています。

まだ、金属音などの物音が苦手で、うるさいところにいると、頭がガンガン、ワンワンなっていてしてしかたないっす。
職場が結構うるさいので、脳みそが疲れる。。。。。
来週の土曜日の再診の時に、やっぱり、高い音の調整してもらいます。
それと、電話がかけにくいなぁー。
受話器を近づけるとハウリングがすごくて、どうしたら良いか、試行錯誤中でふ。

でもさ、、、、やっぱり、思うこと。
「聞こえる」っていうことは、本当にすばらしいって思いました。
特に両耳が聞こえるっていうことは、、、、ほんと、世界の立体感が増しで、広がった気がしてなりません。
世界の広がり方は、片耳の時とは全然違っています。

それと、、、、ほんと、以前より、人の話が良く聞こえる。
まだ、調整途中なので、物音がうるさいと、そっちの方が響いてしまって人の声がかき消されてしまうけど、これをちゃんと調整出来たら、マジ、違和感なくはっきりと人の声が聞こると思います。

この1週間で、一番、感激したことは、会議室の部屋の隅同士の会話が出来ること。
静かなところだったら、一番遠い端の人の声が、ちゃんと聞き分けられるし、ボソボソと話している声もちゃんと聞き分けられる。
先週のイベントの帰りに寄った居酒屋のようなところでも、物音がうるさくて聞き分けは出来ないけど、遠くの席から自分の名前を呼んでいるぐらいは聞こえました。

あと、前はねぇ、、、、男性の声のように低いボソボソ声は聞こえなくて困っていたけどねぇ。。。。
”はっきり”とはいかないまでも、仕事とか会話とかの支障にはならない程度には、何を言っているかは理解できるようになりました。
前は、何度聞き返しても、わからんものはわからんかったから。。。。。相手の顔色を伺いながら、その場しのぎで「聞こえたふり」をして、後で内容がわからなくて困ってしまって相当悩んだり、落ち込んだりしました。

ほんと、人と話すことが楽しいなって、久しぶりに思ったよ。
左耳がまだちゃんと聞こえていたころは、人と話すことは億劫ではなかったけど、数年前、その左すらも聞こえなくなってから、会議だとか会話だとか、実は、相当辛かったです。本気で怖いという恐怖心もありました。
聞こえなくて、何度、凹んだことか。。。。。「聞こえているふり」をして、実際はなんにも聞こていないのに、相づちだけはしてみたり、笑ってみたりして相手に合わせてみて、、、、、でも、内容はわからないので、その後、深い自己険悪モードに陥っていたり。。。。。。。悔しくて仕方無かったです。

補聴器を良いのに換え、両耳にいれて、「聞こえる」っていう風になってから、私にとって精神的に、相当、楽になった感があります。
今は、話しかけられても、前みたいに怖くないっす。

あと、2~3回ぐらい調整が必要ですし、たまに、ザ~っというワケわからん砂嵐のようなノイズがすごい時があるので、それがなんとな取り除くことができれば、かなり良いかもです。
もう少し、脳みそをならしていけば良いかもです。
細かいところを言えば、色々とあるけどね。
あくまで機械ですから、仕方ないところもありますからね。

あっ、私と会ったとき、わざと小さい声で話したりして、からかわないでね(笑)
まだ、なれていないし、機械なんで完璧ではないんですから。
あくまで補助なんで、聞こえなくて、聞き返すこともまだありますから、そのときはよろしくです。

まぁ、どちらにしろ、高いお金を払ってでも、やった甲斐はありました。
良かったです。

↓まだまだ、参加者募集中。来てね!
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☆お知らせ☆ 2/12 アミ・ウィングス 第3回勉強会 講師:石弘之北海道大学院教授
          テーマ:『続発する大災害~その背後にあるものは~
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2006年2月 9日

安全のためにリサイクル禁止?

「PSE法」って、みなさん知っていますか?
日本語では「電気用品安全法」と言い、要は、メーカーはAC電源(家庭用コンセントのこと)を使用する電気器具の類がユーザー側で安全に使用できるかどうかを検査、承認を受け、販売業者はその承認を受けたものしか販売してはならないという法律なんです。

私も含め電気機器や電子機器の開発や製造や販売に携わっている人なら、知らない人はいない話なんですが。。。。。。昨日、知りました。。。。この条項に、とんでもないことが書かれていることを。。。。。

なんと、2006年4月より、2000年以前に作られた電気器具にもPSE法が適用され、PSEマークが付いていないものは、販売してはならないっていうことが、条項に書かれているのです。
つまり、「2000年以前の中古電気器具もPSEマークがないものは販売してはいけない=リサイクル禁止」、、、、なんです!!

ひょ~~、、、、PSE法は2001年から始まったので、2000年以前の電気器具商品にPSEマークなんて付いているわけない。
つまり、「古いものをリサイクルで買わないで、新品を買いなさい」って、法律で強制しているようなもの。

しかも!!!!!

現在、さらにとんでもない改正法が成立しそうです。。。。。
この前の松下電器製の暖房機故障の死亡事故を受け、在る程度の期限を過ぎた古い電気器具には自動的にその機械は使えなくなるタイマーを備え付けるなどの処置をしないとならないという、もう見るからに、「消費を煽るため」にしか聞こえない法律の付加を!!

すでに、今年4月以降に廃業を決め込んでいるリサイクル業者さんも多くあるそうです。
今のところ、ネットなどでのオークションや日曜などに広場でやっているフリマなどの個人間やりとりの製品には法律は適用されませんが、法律自体は個人と法人の差が明記されていないので、拡大解釈によっては、オークションは禁止になりかねませんし、この改正法をみるとそれすらも出来なくする可能性大です。

そして、申し合わせたように、マスコミは依然沈黙。。。。。。。。。

人の命を守るための法律だとずっと思っていたのですが、、、、、、、これでは、完全に企業の利益を守るための法律でしかありません。
これ以上の浪費を促すことは、人と地球の将来を縮めるだけの代物でしかないと思います。

暖房機事故は、古いから起きたのではなく、設計ミスと利益追求の傲慢さが重なったためだと私は思っています。
(熱が大量に発生しかねないところで、しかも、排ガスの行方をコントロールするようなところに、劣化しやすいゴム管を使うこと自体、おかしな話。設計ミスはだいぶ前から指摘されていたという情報もまことしやかに流れているところからみると、材料費や加工費、組立作業費をケチったんじゃないの?)

人の命をエサにして、何をやってるんですかね、この国は。。。。。
なんか、太平洋の向こうのお国では、狂牛病の疑いがある「へたれ牛」のお肉を食用として販売していたらしいですなぁー。(→関連記事
ブッシュのオッサンの訪日記念に、その肉を輸入しようとした日本という国の安全基準って、一体、どこにあるのかしらね?
まぁ、クリーンで安全な自然エネルギーへの転換が世界中で急速に早まってきているこんな時に、ほとんど投げ売り状態だった欧州の原発メーカーを、今更、大金注ぎ込んで買い込んだ、うちの親会社のおつむの出来も、どうにかなっているとしか思えないけど(爆)(→関連記事

参考資料:
・PSE法とは? http://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/
・電気用品安全法@2chまとめ http://www8.atwiki.jp/denkianzen/
・電気用品安全法に反対します http://antipse.org/index.html

自分の生活環境、ちょっと、見直してみませんか?↓
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☆お知らせ☆ 2/12 アミ・ウィングス 第3回勉強会 講師:石弘之北海道大学院教授
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2006年2月 8日

2/12 イベント2つ

先々週からずっと熱だけが下がりません。
未だに37度あたりをうろちょろ。。。。。
平常に戻る時もあるのですが、、、、、、
ここまで来ると、風邪ではない変な病気なのかも、、、、、ってちょっと心配になっている今日この頃です。。。。。(ーー;)

えっと、2/12 イベントが2つあります。
1つ目は、私の友だちご夫婦が作ったNGO「あるがま~ま」が主催しています。
2つ目は、私のいるNGO「アミウィングス」主催です。

時間がずれていますし、両会場の移動は30分程度なので行き来できますから、セットでお立ち寄りくださいね。
どちらも、すっごいイベントになりますよ。

いや~、、、、しっかしですね、、、、うちの主催の勉強会、むっちゃ集まり悪いっす。。。。(^^;;;
まだまだ、席は余裕ありまくりです(笑)
一踏ん張りで広報しなければ。。。。。。

是非是非、来て下さ~~い。

「本当の豊かさと自立の生き方とは」 ~百姓暮らしのススメ~

アミウィングス 第3回勉強会 <講師:石弘之氏> テーマ:『続発する大災害~その背後にあるものは~』

2006年2月 6日

「お金」というものに

いや~、、、、今日はやたらと寒いですね。。。。
こう、寒暖の差が激しいと厳しいものがありますねぇ。
一応、立春を過ぎているはずなんだけど、今日の夜遅くから明日の朝にかけて雪になるみたいです。

昨日は、Hope Garden練馬主催の「~2006アースディ~「お金のいらない国」スペシャルイベント♪ 」に練馬まで参加してきました。

毎年4/22、地球に感謝する日、アースディ
世界各国で行われているこのイベントが今年も日本でも開催され、それに有志一同で参加することに決定。
そのプレイベントとして開かれたもの。
一応、スタッフとして参加したんだけどねぇ。。。ほとんと、お客さんだったような気がする。。。。(^^ゞ

アフガニスタン支援をしていた植木くんの講演会や、前にこのブログでも紹介した「お金のいらない国」の寸劇やその著者の長島龍人さんトークライブ、そして、交流会という構成のイベントでした。

ほんと、、、、、「お金」ってなんだろうね?

今、お財布は近くにありますか?
そしたら、紙のお札を取り出してみてください。
そこにはなんて書いてありますか?

「銀行券」

そう、これは「銀行」という「誰」かが1000円や5000円や10000円という付加価値を勝手につけている「券」でしかないんです。
一体、誰が?
そして、どうやって?
もし、その「誰」かがいなくなったら?
その「誰」かが突然「この付加価値を今からやめます」って言い出したら?

その時点で、そのお札は単なる紙切れです。

そんな紙切れで何をどうするんですか?
その紙を食べるのですか?
こんなバーチャルなものに、人々は何を願っているのですか?

前にも書いたけど、「1ドル以下で暮らしている」=「貧困」ではありません。
「1ドル以下でも暮らしていける」=「裕福」「富」なんです。。。。。本当の意味で。。。。。

大昔は、「お金」は、多くある「生きるための道具」の中のほんの小さな一つに過ぎなかったのに、それが、いつの間にかに「生きる目的」と化している。
「お金」が「生きる」ということの全てを牛耳っている巨大な姿になってしまっている。

以前、見たドキュメンタリー映画に「ラダック 懐かしい未来」というのがある。
チベットの奥地に広がる「ラダック」という地域の人々は、昔は、完全に自給自足で暮らしていた人々でした。
ところが、「先進国」という人々の「支援」という名の元に「貨幣」というものが流入し、「経済システム」がその村で始まった。

そして。。。。。「ラダック」の暮らしが一変した。
豊かになるどころか、どんどん貧しくなっていった。
環境は破壊され、村は破壊され、家族は破壊され、、、、、そして、人々の心まで破壊された。
「生きる」ことの全てが楽しかったのに、お金に振り回されるようになり、一日いくら稼いだか、いくら浪費したかで、すべての価値が決まってしまう。
自分の存在理由全てが「お金」というモノサシで決まってしまう。
いつしか、、、、、自分が何で生まれてきたか、、。。、それを自分自身に問いつめ、苦しんでいく、、、ラダックの人々、、、、

今の日本が、、、、、世界がその姿になってしまっている、、、、、
「お金」というものに、酔い狂った世界の人々は、その「お金」を巡って、人と人が殺し合い、自分を殺してしまっている。

本当にそれで良いのでしょうか?

日本では、年間約3万人の自殺者がいます。
未遂者を含めるとその十倍とも二十倍とも言われています。
今、この瞬間にも、日本のどこかで震える手首に刃物を押し当てている人がいるかもしれないのです。
「本当は生きたかった」と泣きながら。。。。。。あなたのすぐそばで。。。。。

そのほとんどの人が、直接、そして間接的に何かしらの「お金」に関わって自殺していくのです。

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”命は大切だ” ”命、大切に”

そんなこと、何千、何万回言われるより、

”あなたが大切だ”

誰かがそう言ってくれたら、それだけで、生きて行ける。


(公共広告機構より)
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本当に、誰もがそう思える日が来るように、「お金」という価値観を壊していきたい。
そう改めて思う一日でした。

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↓「災害」っていうのも、実は「お金」の犠牲者です。
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2006年2月 4日

聞こえるっていうこと

今日は、補聴器を取りに行ってきました。
前から何度か書いていたけど、とうとう両耳に補聴器を入れることになりました。

CIMG0064.JPG

いや、、、、今日の午後からずっと使ってみて、高い音がうるさいので、もうちょっと調整が必要な感じですが、かなり、良いです。

両耳に入れて、すごいなーって思っていることは、音の方向がわかること。それと、空調の音とかささやき声が聞こえること。

あと、一番、驚いたことがありました。
お店の待合室で待っている時、誰かが話している声が。
誰か話しているのかな、、、、って思って、あたりを見回しても話している人は誰もいない。
店員の人に聞いたら「あっ、これ、店の外の通りの人が話している声ですよ。」って言われて、びっくりしました。
今まで、そんな小さな音なんて全然聞こえなかったんですねー。
聞こえって、こんなに違うんだーって思ってしまいました。

左側は5年ぐらい前からなのですが、右側は4歳ぐらいの時から難聴のままなので、30年近く、ほとんど使っていなかったのです。
今は、使ってこなかった右耳に音をガンガン入れていっている状態なので、脳がびっくらこいている状態で少しジンジンしていますが、これが聞こえる、聞こえないで、こんなに違うんだって、改めて思ってしまいました。
最近の脳神経学の話では、左脳、右脳の仕事内容がそれぞれ違うため、原則的に左側は物音や音楽を聞き分け、右側の耳で言語を聞き分けているらしいです。
ですから、これから、思考の仕方や色々な感じ方だとかも、色々と変わってくるかもって思っています。
世界も片耳半分だったものが、2倍に広がるっていうことかな。楽しみだなー。

反面、聞こえるっていうことが、これほどまで贅沢なこと、幸せなことなんだなってそんなことも思っています。
世の中には、補聴器を使っても聞こえない方が沢山いますから、、、、補聴器を使ってでも、聞こえるっていうことがどれだけ有り難いことなのか、、、って、、、、

今、音楽とか流しながら、これを書いているのですが、やっぱり、金属音のように高い音が気になる。。。。。
キーを打つ音とか、PCのファンの音が、かなりウワンウワンと頭の中で鳴ってうるさいかも。
音楽の聞こえ方が全然違って、この音楽にこんな音が入っていたのかって、そんな、びっくりすることも感じていますが。。。。
再来週、もう一度検診なので、相談してみようと思います。

いや、、、、長く使おうということで、高性能のものを買ったので、かなり、高かった。。。。。だいぶ値切ったり付属品をつけてもらっても、給料2ヶ月分でふ。。。。。(;^_^A アセアセ…
誰か支援してくれい。。。。。(笑)

参考:ハーモニー補聴器株式会社
    (今日、購入した代理店です)

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2006年2月 3日

風の谷のナウシカ

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今、テレビで「風の谷のナウシカ」の映画をやっています。
それを横目に見ながら、これを書いています。

いや、、、、やっぱり、傑作ですな。。。。。。人になんと言われようと、世界に誇る日本の映画です。

これが上映された当時は、まだ、小学五年生か六年生ぐらいだったかなー。
最初は、さほど人気が良くなく、話題作っていう代物ではなかったんだけどね。
友だちは、同時期にやっていた「幻魔大戦」とかを見に行っていたんじゃなかったかな。
私は、その頃から人と違う行動パターンをすることに命をかけていた人間なので(笑)、迷わず「風の谷のナウシカ」を見に行ってました。
つぅ~か 「アニメージュ」っていうアニメ雑誌で、原作漫画を上映前から目にしていたからかもしれませんけどね。
(当時のアニメ雑誌は高くてねぇ、、、、月々にもらっていたお小遣いの半分は持って行かれるような値段の高さだった)
ここまで長い間、人々に愛されるアニメ映画は、他にないよなって思います。
宇宙戦艦ヤマトとか、機動戦士ガンダムとかはありますけどね。
テレビアニメからではないオリジナル作品として、年齢の幅広さをも網羅しているのは、ナウシカほどの作品はないと思う。

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はじめて見た当時は、まだ小学生だったので、正直、深い部分までの内容把握は出来なかったけど、その後、年齢を重ね、何度も見ていくたびに奥深さを感じますね。
小学生の時は、ナウシカのことを表面的にかっこいい、、、ってなぐらいにしか思っていなかったけど、自然との共存というものだとか、愛だとか希望だとか生き方だとか、、、、、生きるという強さだとか、、、、色々なことに、シーンに、すっごく共感するところが多いです。
映画もそうだけど、アニメージュで連載していた原作の方を読み進めていくにつれて、益々、共感してのめり込んでしまいました。

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漫画とアニメ映画とどちらが好きかというと、漫画の原作の方が好きです。
映画は原作の前半1/4ぐらいのところかな。
この後の方が断然におもしろい。話は混沌としてドンドンはまっていきます。
全体に流れる環境破壊という絶望、、、そしてその中に見いだす希望。。。。。原作の最後のところでのナウシカの行動は、人それぞれでかなり評価が違うみたいですが、私は正しい判断だったと思ってます。
この判断そのものが「人として自然と生きるとは何なのか」ということを教えてくれていると私は思いますから。
ある意味、宿命であり、絶対に忘れてはいけない部分。
人間がどんなに大きな力を持ったとしても、です。
前からブログで書いている「全は個、個は全」って、このことなんですねぇ(笑)

あっ、そういうことなんで、アニメだけでなく、原作の方も、是非、読んでくださ~い。
漫画喫茶とかであると思うし、もし、なかなか読む機会がない方は「もののけ姫」のストーリーが原作の後半部分に近い筋書きかもです。
宮崎監督が「風の谷のナウシカ」で描ききれなかった部分を「もののけ姫」につぎ込んだってなことも、まことしやかに言われていますしね。

今、テレビでは巨神兵が王蟲を焼き払ってます。
巨神兵、、、、やっぱ、庵野秀明が担当していただけあるわねぇ。
回想シーンの歩く姿なんて、エヴァそのものだし(笑)


お~っっっ、、、、最後のシーンだ、、、、、、ウルウル、、、、、、
DVDで何度も見ているはずなんだけど、やっぱり、感動だぁーーーーーー。

二次元コンプレックスだとかなんと言われようと、やっぱりナウシカは、オイラの理想の女性像だよなぁーって、改めて思った。
つぅ~か、、、、ナウシカファンの男性は、そういう人、多いかもね(笑)
でも、現実にあんなパーフェクトな女性は、絶対にいないわね。。。。。。(^^ゞ

今、改めて思ったことなんだけど、私の考え方の原点の原点、源流地は、このアニメかも、、、、なんか、そんなことを今、思ってしまいました。

という訳で、写真は、大ファンのオイラが一昨年あたりに少ない給料から買い込んだ宝物。
DVDを買ったときのコレクターズセットについていた王蟲のフィギュアとナウシカの陶器製フィギュア。
ナウシカの肩にはテトもいます。
そして、保存版原作本上下巻です。
コレクターズセットには額に入った絵もあるんだけど、去年の引っ越し後、飾るところが無くてねぇ。。。。。。。まだ、箱に入ったままです。。。。。
というわけで、お宝自慢でした(笑)
今、火事になったら、たぶん、これらを持って逃げると思う(爆)

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2006年2月 1日

リユース

[キヤノン]リサイクル品の特許侵害請求、逆転勝訴(毎日新聞)

リサイクルアシスト社のやっているインク詰め替え販売を「リサイクル」と書いているけど、厳密には「リユース」だと思う。

昔、ビールやジュースや牛乳の空き瓶だとかを回収していたよね。
親の手伝いとかで、お店に空き瓶を持っていって、店員に数十円程度のお小遣いをもらっていた人もいると思うけど。
それのことを、「リユース(リターナル)瓶」というのやけど、今回、問題になったのは、これと同じシステム。

使い切ったキャノン社のプリンターのインクカードリッジを独自に回収。
(リサイクル・アシスト社は販売のみをしている会社なのでユーザー側からの回収はしていないみたいですが、ユーザー側からの回収をしてメーカーさんのところでは、買い取り制度をしているところもあります。)
回収したものを、ふたを開けて、洗浄して、インク詰めして、ラベルを張り替えて、再販売するというもの。

キャノン社側でも自社回収しているけど、こちらは「リサイクル」。
キャノン社のインクジェット用カードリッジは、確か粉砕して溶かしてコンクリートなどに生まれ変わっているはず。
(ただし、キャノン社が自社回収しているレーザープリンター用トナーは6~7割ぐらいリユースです。)

ホンマだったら、「リサイクル」より「リユース」です。
もちろん、それなりの流通ルート等々を考慮しないとならないけれど、「リサイクル」と比べたら「リユース」の方が環境負荷はかなりすくない。
「リユース」だと「リサイクル」よりも原材料は格段に減るし粉砕したり再度溶かしたりするエネルギー浪費が無くなるからね。
「リユース」でも、運搬と洗浄、詰め替え工程ぐらいは、エネルギーを消費しますが、「リサイクル」の浪費量に比べたら断然に低いです。

キャノン社は、インクをもれなくするカードリッジ構造の特許をタテにして訴訟をおこしているみたいだけど、本当は、カードリッジの売り上げでメシが食えなくなるから。
全プリンターメーカー合わせて年間1億3~4千個のカードリッジが消費されているらしいからねぇ。
キャノン社1社だけをみてもプリンターシェアは40%ぐらいなので4000~5000万個は消費されている計算。
だから、インクカードリッジだけの収益でも相当な金額になる。
プリンター本体の値段はギリギリまで下げて儲けが少なくなっても、インクや専用紙などの消耗品を大量に販売して儲ける、、、、、、っていう魂胆です。
プリンターの値段が最近安くなり、逆に純正品インクカードリッジや専用紙の値段がバカみたいに高くなっていっているのはそのせい。

もちろん、プリンターメーカー各社でやっている自社回収の「リサイクル」も、夢の島やゴミ埋め立て地の肥やしにするよりかは良いかもしれませんが、「リユース」に比べたら遙かに負荷が違います。
さっきも言ったけど、インクカードリッジ消費量が年間1億3~4千個という数を考えたら尚更でしょう。
「リユースは、構造上品質保証が出来ない」とかメーカー側は言っていますが、リサイクルアシスト社などのインク詰め替えカードリッジを販売しているところでは、立派に出来ていますから、都合の良い言い訳に過ぎません。

出来るのに、やらない、やらせない。
CSR(企業の社会的責任)が叫ばれている中、何か足を踏み外していませんか?>キャノンさん

もちろん、他社メーカー品だから何でもいいかとか、それを積極的に薦める気は毛頭ないですが、こういう訴訟をおこす企業の精神、そしてこの判決も、ちょっと考えものです。。。。。訴訟を起こす権利は誰にでも自由にあるとは言ったものの。。。。。
特許の法律解釈は難しいとは言いますが、こんな判決が平気な顔をしてまかり通れば、最近よくあるリサイクルショップやフリーマーケットすらも抵触する可能性が出てきますから、メーカー側の思う壺です。
(もちろん、この判例を拡大解釈すればの話ですけどね)

あっ、そうそう、こういう活動をしている人たちもいますしね。
これすら出来ないって話です。
使用済みインクカートリッジで 国際協力しませんか?(テラルネッサンス)

まだ、リサイクル・アシスト社は上告の道が残されていますが、、、、、さて、どうなるでしょうね。。。。
最高裁でもキャノン社側勝訴だとしたら、私はここの製品は二度と買わないと思います。
もし、特許だけの問題だったら、リユース出来る製品を作って自社で回収・詰め替え業務を積極的にやってほしいものです。

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追記ですが、そういえば経団連の新会長に、キャノン社の会長(一昨日付で社長から会長になった)が選ばれたんだっけ?
なるほどね。。。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ

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