2006年04月29日
人が人として生きていくこと
GWです。5/1と2が休みの人は9連休。
みなさんは、いかがお過ごしでしょうか?
昨日は遅くまで働いて、休日出勤ナシにしてしまいました~☆
オイラも9連休!
さて、第一日目は、友人が運営しているNGO「あるがま~ま」のイベントに行ってきました。
『ラダック 懐かしい未来』ビデオ上映&みんなで語ろう
この映画は、前にもBeGoodCafeという東京で月一回やっているイベントでも見たことがあります。
その時も思ったこと・・・人が人として生きていくことの大切さ、そして、そこから出てくる内面の豊かさのすばらしさ。
アースディ東京でもやった「お金のいらない国」を読んだ時、浮かんだのがこの映画に出てくるラダックの人々でした。ホント、お金のいらない国、そのもの。人と人、人と自然が共存していく生き方。そこには暖かさがあり、繋がりがあり、強さがある。自給自足というと、なんか見窄らしさや切迫した雰囲気などがあるように思えるけど、そこには一切そういうものがない。逆に私たちより豊かな食べ物にあふれていて、何も不自由さがない。孤独さもないし、恐れもなにもない。
本当に、理想とする社会がそこに存在していました。
でも、ある時から、他国から来る「お金」という貨幣経済の流入していく、、、「豊かさ」という言葉と共に、、、、そして、、、、、
「ラダック」の暮らしが一変、どんどん貧しくなっていく。環境は破壊され、村は破壊され、家族は破壊され、、、、、そして、人々の心まで破壊され、、、、「生きる」ことの全てが楽しかったのに、お金に振り回されるようになり、一日いくら稼いだか、いくら浪費したかで、すべての価値が決まってしまう。自分の存在理由全てが「お金」というモノサシで決まってしまう。いつしか、、、、、自分が何で生まれてきたか、、。。、それを自分自身に問いつめ、苦しんでいく、、、、、豊かさどころか貧しさだけがそこには芽生え始めていった。
今の世界がその姿になってしまっていると思います。「お金」というものに、酔い狂った世界の人々は、その「お金」を巡って、人と人が殺し合い、自分を殺してしまっている。ラダックにも宗教間の対立や犯罪も急激に増えていきました。
お金というのは、10個のパンを60億人の人々が奪い合っているに過ぎない。結局、奪い合いでは、そこには何も残らないし、人が人であることさえ認められず、命さえ養えない。
さっき、テレビで医療の最先端技術で運動機能の失った足や手、目を再生するために頑張っている人たちのドキュメンタリーを放送していた。もちろん、そういう研究・開発をしている人は、困っている人を助けたい、楽にしてあげたいっていう想いでやっていることだし、色々な熱い想いでやっていることですので、それ自体は否定しないけど、でも、それ以前に何か大切なことを忘れているように思えてなりませんでした。
目や足や手がなくたって「人」は「人」であることには変わりないでしょ?
「人間」であることには変わりないでしょ?
何故、「五体満足」な人と一緒にしないとならないの?
「五体満足」が本当に幸せなの?
そのドキュメンタリー番組に出ていた電極と機械を頭に埋め込んで視力再生を行おうとして失敗した人が言っていました。
「目が見えなくたって、家族の愛は感じられる。」
一番、最後に出ていた事故で脳に損傷を受けて「悩む」というシステムが失われた女性が満面の笑顔で力強く言っていました。
「今の自分の方が大好き。」
運動障害だとか記憶障害だとか、他にも色々と障害が残っていて、生活に支障が出ているのにもかかわらず、、、、、、
本当は、そういう気持ちが「病気を克服した」っていうことなんじゃないのかな。
本当の幸せってそういうことなんじゃないのかな。
他の人からみたらこの2人は治ることのない絶望にしか見えないけど、本当はこれが希望なんじゃないのかな。
「自分」が「自分」らしく生きていくことへの喜びを心から感じられる、この気持ちを持つっていうことが。
パーキンソン病で苦しんでいたハリウッドスター、マイケル・J・フォックス、、、、大変だったね、、、、辛かったね、、、、、病気であっても、マイケルはマイケルだったのにね。ハリウッドスターじゃなくても「マイケル・J・フォックス」という人間であることには違いは無かったのにね。10年も病気を隠し通して精神的にどん底まで苦しまなくてもよかったのにね。よかったね、自分であることを取り戻して。
ラダックの人々は、今、昔の恵み豊かな本来の人々に戻ろうと色々な挑戦をしています。自分が自分であること、そこに戻る生き方を模索し始めています。
なんか、夜みたこの番組でみた人々は、昼間みた映画の中の笑顔で包まれたラダックの人々とは、正反対のことをしているように見えてしかたなかったです。別の意味で胸が潰されそうで泣いてしまいました。
本当に大切なモノ。。。。。。。「お金」や「外見」や「モノ」ではなく、「人」そのものであるために、、、、、
この今の現状を少しでも変えていきたいってそう思ってしまいました。
参考:
BeGoodCafe
あるがま~ま
ラダック
懐かしい未来
開発と未来工房
ジュレー・ラダック
5/20~ シンポジウム開催のお知らせ
お金のいらない国(著者の長島龍人さんのページ)
アースディ東京
フジテレビ 土曜プレミアム:「人体再生ロマンスペシャル もう一度抱きしめたい」
関連記事:未来の記憶(2005/7/10)
アースディ東京2006 一日目(2006/4/22)
アースディ東京2006 二日目(2006/4/23)
----追記
そう言えば、今日は、昔懐かしい親友にも逢うことができました。
最近、ろくに連絡もしていなかったけど、ある意味、血の繋がっていない姉貴のような感じの人かな。
NGOの活動をやるキッカケをつくってくれた人でもあり、オイラが相当落ち込んで死ぬんじゃないかっていうぐらいだったときに思いっきり引き上げてくれた人でもあります。
この人、突拍子もない時に街でバッタリ逢うことが多いんだよねぇ。
今日も、このイベントの会場の隣の部屋でスピリチュアル系の勉強会に参加していて偶然にも出会いました。
お互いビックリだけど、だぶん、必然的に逢っているのかもねぇー。
相変わらず元気な人で、全く変わらない。
「元気そうでよかったよ。」って言われて、なんかうれしかったですな。
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(お知らせ)5/14 アミウィングス第五回勉強会
『循環社会をどう構築する』 講師:石弘之氏(北海道大学大学院教授)
http://www.ami-wings.org/ami-blog/archives/2006/03/post_14.html
- by Nipopo
- at 23:08
comments
にぽぽちゃん、お仕事お疲れ様~。(~o~)
いつも情報ありがとう!!
わたしも1日出勤すればあとは連休です。
でも引越しがあるので、、、といっても同じアパートの上の階へ移るだけなので 楽なんだけど。
米ちゃんの旅行関係の資料がダンボールにいっぱいです。(いっそ、いない時に燃やそうか?!と思うくらい。。。(-_-):)
PS:
江原 啓之さん(スピリチュアルカウンセラー)
がTVの番組中 ハワイの聖地で
『生きることは感動と経験。 喜怒哀楽を感じること』というメッセージを受け涙していました。
なんでもかんでも自分だけが良ければという人は 何にも感じられないような気がしました。。。。
人が人として生きてゆく・・・・確かに難しいことだなって・・・・
私も障害を持っているけど、障害は障害でその前に一人の人間なんだよ!って叫んだこと何回もあります(^^;
むずかしいね・・・・
でも私はにぽぽさんと同じ考え。人、個人を尊重したい。~だから、とかそういうの必要ないよね?
ポンデみ~こさん。
引っ越しですか?お疲れ様~。
「捨てる」っていうのも手かもしれませんよ。
私も一昨年引っ越したけど、半分以上、捨てまくりました。で、今結局、元に戻ってモノの山に戻ってしまったけど。。。(^^ゞ
自分だけしか見ていない人は、他人との本気で交わろうとしないし、結局、何も得られないのかもしれませんね。
のぞみさん
人が人として生きていくこと=今のありのままで生きていくこと
だと思います。何も飾らない全てをさらけ出せる姿。
確かに難しいけど、本当にそういう事が出来れば、肩の荷が下ろせて、本当にらくになるんだけどね。
まず、個が弧ではないこと。そのことをまずしっかりと受け止めることが大事なのかなって思います。一人じゃないからね。みんながいるから自分は生きていける。