2006年06月30日
心の”こだわり”
もう、1週間近く前の話になってしまうけど、久しぶりに、古巣のNPO法人ネットワーク『地球村』の講演会スタッフのミーティングに行ってきた。
~8/26 ハーフデイセミナー2006 in Tokyo LOHAS~
http://ameblo.jp/lohas-0826/
ネットワーク『地球村』絡みでは、アースディ東京だとかの講演会形式ではない啓発イベントスタッフとしては、ちょくちょく顔を出していたけど、講演会形式のイベントスタッフになったのは、2年以上ブランクがあるかも。
自分の中での伝えたい部分というか、そういうものがここの講演会というものには見あたらなくて、距離を置いていたというのが正直なところ。自分の言葉ではないんだよね・・・・・何か、違和感のようなものが「ココ」にはありました。この際だから正直に書くけど、高木代表さんもオイラには違和感でしかなかった。
誰かの言葉で、伝えるのはこりごりだ、自分は自分の言葉で伝えたい。。。。そんなこだわりから、離れていました。
ただ、距離を取ってみて色々と思ったことは、、、、、自分の変な「こだわり」というもの。ある意味、囚われでもあり、足かせでもあるもの。
こんなところで「こだわり」を気にしていたら、結局、足踏みをしているだけで、何も出来ないんじゃないかってそんなことを思い始めて。そんな感じ方を始めたら、この「こだわり」がバカみたいに思えてきてね。場所や形式や方法やそんなことではない。本当に伝えたいことがあるなら、どこだって、どんな状況だって、誰がいようとも、どうなろうとも、ぶれずに、ちゃんと伝えることができるはず。。。。こだわりを言い訳にしている自分がいる。
なんか、そんなことにたどり着いたら、自然と会場に足を運んでいる自分がいました。
実は、ここのミーティングに出るのは、以前は、ずいぶん気が重かった気がするけど、意外だったな。かなり、気軽だった。
この日は、高木代表さんも来ててね。。。。(笑)
でも、それもなんか、あんまり気にならなかった。
「久しぶりだね~」って言われたけど(笑)
違和感って、自分が自分で創っていることが多いんだよね・・・・・。結局、自分を保身でガードしているだけかもしれない。結局、なんもそこから生まれない。そういう違和感って自己満足でしかないのかもしれない。
「こだわり」と言えば、LOHASという言葉。
この言葉も、オイラには、相当の違和感でしかなくてね(違和感ばっかり、笑)
前に、このブログでガンガン批判したことがあるけど、この言葉の薄っぺらさには、イヤなモノしか感じなかった。
でも、この言葉の本来の意味を
「いきいきロハスライフ!」 イデトシカズ著 http://lohas-life.jp/
とかを読んだりして、改めて色々とみてみたけど、、、、、。この言葉を薄っぺらいものではなく、分厚く奥深くすることも、今、大切なんじゃないかなって、今はそんなことを思っています。『Lifestyles Of Health And Sustainability(ココロとカラダの健康と、サステイナブル(持続可能)な地球環境を重視する価値観とライフスタイル)』というこの言葉を、単なるビジネス用語でない、本来あるべき姿の言葉にすることも、今は必要なことかなってそう思っているし、このイベントではそういう姿としてみんなに広げたい。
このミーティングに参加して、自分の想っていること・・・・
生きること(2006/2/22)
のことを話をしたけど、人が人として生きることでさえ許されないかのような「今」という時代の生きにくさは、なんとしてでも、どうにかしたい。
このことは、ある意味、私の中の原動力にもなっていると思います。
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命は大切だ。
命を大切に。
そんなこと、何千何万回言われるより、
「あなたが大切だ」
誰かがそう言ってくれたら、それだけで生きていける。
(公共広告機構Web「あなたが大切だ」)
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「自殺防止対策対策基本法」というものが制定されようとしているけど、自殺は法律や数字では計れない。
本当の意味で自殺をなくすには、法律ではなく、人そのものであり、人の心そのものであると私は思っています。
私自身も色々と傷ついて生きているわけだし、誰もが、「自分の大切さ」を信じられる日がくるためにも、、、、私は、自分の言葉で、色々と伝えていきたいって、、、、そう思っています。
15分に一人(2004.7.27)
「生きる」という言葉の希薄さ(2005.6.2)
命の価値(2005.7.25)
心と法律(2006.5.31)
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- by Nipopo
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