2006年08月21日

命と引き替えに

[核処分場]奄美大島へ誘致検討 宇検村が原環機構説明会(毎日新聞)

ドキュメンタリー映画『六ヶ所村ラプソディ』
http://www.rokkasho-rhapsody.com/

なんか、この映画の話があっちこっちで行われているっていう感じですね。

過疎の村に原発産業が大きなお金を落としてくれる。大型の産業を呼び込み活性化してくれる。それを夢見て、この奄美大島のこの村は高レベル放射性廃棄物最終処分場誘致に応募したんでしょう。危険も承知なのか、一か八かのかけなのか。。。。お金がないと生きていけない。でも、それよりも大事なものがあるはず。

放射能を出す産業で苦しめられるのは私たち、、、でも、その放射能を出す産業で生活を成り立たせているのも私たち。
この矛盾点を本気で突いていかない限り、一生、こういう泥沼から抜け出せないのでしょう。

前にもちらっと紹介したことがあったけど、先日、やっとこさ、この本を手に入れました。

chisso.jpg

チッソは私であった (葦書房)
緒方 正人


原発ではなく、水俣病のお話。日本における公害問題の先駆けにもなった事件。
(もちろん、その以前にも鉱山毒など沢山ありますが。)
まだざっと飛ばし読みしただけだけど、それでも、自分の身に次々と突き刺さる言葉の数々。

彼は、水俣病の原告団の一人で、チッソや政府と対決していた。しかし、ある矛盾点にある時気づく。

「今の社会の全てがチッソ化している。私自身もチッソの一人にすぎない」

日本有数の化学工業チッソ。その水俣工場から海に出たメチル水銀によって神経性中毒が蔓延し、死に至る人も多数出てしまった。

でも、チッソという企業は、裕福な生活を運んできてくれた。水俣の地元の農民や漁民は、少なからずともチッソという会社の恩恵を得てきた。それだけではない。チッソから作り出したビニールなどの化学合成製品が欠かせなくなってしまっている生活がそこにもある。水俣にも、日本中にも。

その生活に甘んじて生きて生きたことは揺るぎのない事実であり、そうやって様々な命や魂と引き替えに作られた製品に毎日囲まれ、その製品が市場に大量に流れていく経済システムが、今の社会そのものとなり、生活を潤していく。

その社会システムの中にどっぷりといる自分。。。。抜け出せない無限ループ。。。。水俣病の被害者の一人でもあるけれど、加害者の一人でもあるということ。。。。。

彼は、その様々な矛盾点に気づき、水俣病原告側としての立場を下り、水俣病のもたらした本当の意味を探し続け、その行き着いた先で書いたのが、この本がこれです。

今、本当の必要なことはなにか、魂の部分から見つめた世の中について、淡々と書いてある本です。原発の話とは違いますが、根本はまったく同じだと思います。

この本で著者が言いたかったことを、誰もが直で受け取れた時、本当の意味での脱原発が出来るとそう感じます。

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