2006年11月27日
現場を知らない”教育再生会議”
<教育再生会議>いじめた側の児童・生徒「出席停止」を提言
(毎日新聞 - 11月26日 21:20)
相次ぐいじめ自殺を受け、政府の教育再生会議が今週中に発表する「いじめ問題への緊急提言」の原案が26日明らかになった。いじめた側の児童・生徒への「出席停止」措置の厳格な適用、いじめを助長した教員への懲戒処分が柱。問題が起きた学校に専門家を派遣して、立て直しを支援するサポートチームの設立も盛り込む。
出席停止は学校教育法の規定。他の子どもの学習権を保障するため、小中学校を運営する市町村教委が適用を判断する。02年1月の法改正で「他の児童の心身に苦痛を与える行為」など基準が明確になったが、02~05年度の適用は全国で25~42人。精神的ないじめはわずかにとどまっている。
再生会議は「運用が遠慮がちで効果が上がっていない」と分析し、積極的な適用を提言する。
地方公務員法などに基づく教員の懲戒処分は、これまで不法行為や体罰が中心だった。一部の市町村教委はいじめを助長したり加担することも処分対象にしており、再生会議はこうした措置を呼びかけ、学校現場でのいじめの早期発見を促す。
再生会議は10月25日にいじめ防止の緊急アピールを発表したが、問題の深刻化を受け、具体的な防止策を提言することを決めた。27日から開催される3分科会で最終調整する。【平元英治】
教育再生会議有識者
こんな現場をしらないような有識者に、子どもたちの心の何がわかるんだろうって思っていたけど「やっぱり、その程度か?」っていう感じ。予想通りです。
1年足らず教育現場にいただけのメンバーの一人が「教育っていうのは、授業の最初から最後まで生徒が自分の席にお行儀良く着席し、ノートや教科書を開き、先生の話を素直に聞き、終わった後も机がキッチリと整列している状態を言うんだ。」なんていうことをテレビで声高らかに発言していたけど、まぁ、今時、こういうどうしようもないことを堂々と言ってのける人がいる限り、期待しないほうが身のためかもしれません。
教育っていうものは、「知識」を教えておけば良いっていうものではないです。「心」としての、そして、「生き方」としての教育も必要ですし、あらゆる物事に対して「なぜ?」と自分たちで考えて自分たちで問題解決していく方法や力を教えていくことだとも感じます。
今、日本の教育で足りないのはそういうところ。
なのに、その子どもたちのゆがんでしまった心が起こす「いじめ」という問題が、こういう一方的な方法で解決出来るなんて、そんな甘いことを考えていらっしゃるのでしょうか?
いじめた側を出席停止にしたところで、いじめた側もいじめられた側も何が変わるんですか?こんなことで解決できるのなら、現場にいる教師の方々は苦労なんていらないんじゃないですか?
「いじめによる出席停止」なんていうものは、元々、学校教育法で盛り込んであった項目。これが実際に活用できていないのは、法律という尺度の枠では、子どもの心を計れないから。要は、実際にいじめが起きている現場と机上の空論をでっち上げた法律がマッチングしていないという決定的証拠。それを今更持ち出してきて、「厳格に執行せよ」とは、この人たちは現場にどうしようとでもいうのでしょうか?
いじめが発生した場合、その問題解決で一番の障壁になるのが親だと聞きます。いじめた側の子どもの親も、いじめられた側の子どもの親も、「自分の子どもがいじめるわけがない。」「自分の子どもがいじめられるわけがない。」って思いこんでいる親がほとんどだっていうのに、、、、一体どうやって執行させる気でいるんでしょうかね?
いじめはよくないとは思います。でも、いじめにしろ何にしろ、子どもたちが起こしている問題は、大人全体の社会問題の反映だと感じています。
なのに、出席停止させるなんていう行為は、問題解決の矛先をいじめた子どものみに押しつけ、あやふやにして逃げているだけに過ぎない。
これって大人としてあまりに卑怯な行為のように私は思えます。
- by Nipopo
- at 17:47
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