2007年03月04日

夕凪の時代

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今日は、アミウィングスのミーティング。先日の日記で書いていたHIV/エイズに関してのこと。ちょっと、良い動きが出来そうです。この前の日記で私が書いていたこととか、そんなお互いの想いを出していたら、道が見えてきました。

そのミーティングで、ふっと思って私が話したことをここにも書いてみます。


最近、eBook(電子書籍)にはまっている。その中で手に入れた漫画が、今、心に残っている。

「ヨコハマ買い出し紀行」
Wikipediaの説明→ここ

1995年ぐらいからアフタヌーン紙で連載が始まり、最近まで掲載されていたとか。

近未来の日本。お祭りのようだった21世紀初頭までの世界とは違っていて「夕凪の時代」と呼ばれる時間が止まったようなのんびりした世界が舞台。

地球温暖化により、都市はすべて水のそこにある。水面は次第に上昇していっているけど、でも、そこには醜い争いもなにもない。その事実をもちゃんと受け入れた上で、でも、愛にあふれ、優しさにあふれ、ほのぼのとのんびりとした、何ともいえない心地よい空間と緩やか時間だけが流れている世界生きる、一部の人型ロボットとそれを取り巻く人々の物語。

三浦半島~横浜、東京の三多摩あたりの世界が中心。主人公のコーヒーショップの店長も、丸一日お客が来なくても、のんびりとお茶をすすりながら過ごしている。町の人たちも同じ。通貨制度はあるけど、別にそれに縛られるわけでもなく、時間に縛られるわけでもなく、助け合い、繋がりあいながら、やっぱり、のんびりと野良仕事をしたり、お店の番をしたり、ある時は、遠い旅をしながら暮らす人や、みんなでお祭りをし、みんなで遊びながら暮らす人たちがいる。あちこちに漂う「なんとかなるさ。」という感じの”優しい”空気。


こういう地球温暖化による影響を舞台とした世界を書いているSFマンガや映画って、戦争が始まって、人々が殺し合って、苦しみながら死んでいく姿や地獄絵図を描いていることが多いけど、このマンガは全く逆だった。なんか、読んでいるだけで、自分の時間も止まってしまいそうになるぐらい心地よくて、涙がでるぐらい気持ちが良い感じがする。読んでいて、ホッとさせてくれる。

高台から海の底に沈んだ街を眺める主人公。そのもぬけの殻となった町並みを悪しき過去の遺産としてではなく、昔の人が残してくれた、懐かしく、そして大切な贈り物として描かれていたのもなんとも素敵だった。そのシーンは、読んでいてなんとも泣けてしまった。


「不都合な真実」とかでも、地球温暖化による荒廃していく世界をおどろおどろしく描いて、私たちに対策を呼びかけているものが多い。確かにツバルとか、大変な国も多いし、飲む水もなにもない生活を強いられている人が多いのも確かだから、地球温暖化を防ぐ努力はこれからもしていきたいって思う。

でも、万が一、地球温暖化が進んだとしても、実際は、このマンガの中に描かれたような「夕凪の時代」のようになるんじゃないかなって、そんなことを私はずっと思っています。生も死も、森羅万象、何事もなかったように、時間と共にゆっくりと流れていくだけなんじゃないかなって。


もし、今、目の前の物が何もかもなくなったとして、戦争なんてする気になるのだろうか。そこまで、人間って、愚かな生き物なんだろうか。何もかも失ったとき、本当に必要なものだけが目の前に残るような気がする。本当に必要なもの・・・・それは「愛」であり「心」。

今は、贅肉いっぱいため込んで、物が溢れかえり、無駄なことに翻弄された生活をしているから争いが起こるんじゃないだろか?そういうお祭りのような時代に生きているから、本当に必要なものが見えなくなっているだけであって、もし、そういうのも一切合切、目の前から消えて無くなったとしたら、人間って意外に、”本当に歩むべき道”を歩み始めるような気がするのです。「夕凪の時代」に進んでいけるような気がするのです。

混沌な世界になると、弱い物が切り捨てられ、強い物が生き残る、なんていうのもあるけど。。。。それも、本当は無いのかもしれない。弱い物、強い物なんて区切りをつけているのも、実は、人間の心が作り上げた偶像であり、実際はないんじゃないか。

死が悪いなんて誰が決めたのだろう。弱い物、強い物なんて誰が決めたのだろう。何が悪くて、何が良いなんて誰が決めたのだろう。


すべてを手放したとき、本当のことが見えてくる。


なんか、このマンガを読んでいて、昔懐かしい、けど、新しい、本当に大切なことが逆に見えてきたような、そんな気がしています。

もちろん、あまりに”楽観的”で、私自身、事実をちゃんと知らないから、こんなことをいえるのかもしれません。でも、私自身は、良い意味で”楽観的”でいたいし、何をするにしても「何とかなるさ」でありたいと、そんなことを思っています。

もちろん、ちゃんと前を向いて一歩一歩生きていくことが大前提なんですけどね。。。。。。でも、私は私の歩幅でしか歩けませんから、自分の道を歩んでいくだけです。

---<追記>----

今の地球温暖化防止の運動をみていても、しっくりこないことがあります。何もかも手放してみることが、この対策で一番重要なのに、実際は、手放すことに怯え、恐怖やおそれを抱いているようにしか見えないのです。今の「お祭りのような世界」の生活が無くなるから地球温暖化を止めましょうと。

確かに、地球温暖化が起きれば大変なのはわかっている。でも、そういうところからくる恐怖や恐れさえも、実は、この世界を窮地に陥れている原因の一つでもあるんじゃないなかって、私はそう思うのです。

チェルさんやめぐさんのいうように、今あることを全て手放すこと、そして、その先に起こりえることを受け入れること。

そういうことこそが、今、必要な時期なんだと、何もかも失った地球温暖化後の世界を描いたこのマンガは示してくれているように思います。

恐怖や恐れから始まったことは、答えも恐怖や恐れで終わる。だから、その部分から手放すことを私はやっていきたいとそう思います。

結果を恐れず、結果を受け入れて、「大丈夫」って思って歩んでいきたい。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

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古市佳央さんが連続講演会への想いをつづったmixi日記
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comments

Nipopoさんの説明してくれた夕凪の時代の雰囲気にとてもひかれました。わたしも、そうあって欲しいです、、(^^)
 Nipopoさんの言葉で思いだした事があります。
私の母は20才くらいの時、東京の空襲で家を焼かれ空襲のなか甥や親の手を引き逃げのびたそうですが、その後の事を、とても気持ち良かったと言ってました。もちろんいろんな思い出の大事な物を焼かれてしまったのは悲しかったでしょうが。どこかに行きたいと思えば、車が停まって乗せていってくれる、みんな誰もが何もなくなって貧乏で、みんなそうだから、だから自由で楽しかった、って言ってました。
 戦争の悲惨な話は多いけど、そういう感じもあったんだなって、救いのある気がしました。(^^)

  • みけ
  • 2007年03月10日 20:07

みけさん、コメントありがとう。
相変わらずサーバーの調子がよくないので、書き込みづらいですが、、、

東京大空襲の話、なんか、フッと来ました。たぶん、その感覚かもしれませんね。悲しい現実であっても、それを受け止めることが出来たら、人って意外にそうなってしまうのかもしれません。

地球温暖化にしろ何にしろ、大変なことが山とあるけど、それを止めれば全て収まるかといえばそうではないと思うし、そこが答えではなく、もっと先を見つめていきたいってそう思いますし、その先の部分の一片をこのマンガが描いてくれているような気がして、なんか、嬉しいなってそんなことを思ってます。

  • にぽぽ
  • 2007年03月14日 17:50
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