今日も雨・・・しかも、なんだか寒い・・・。梅雨にでも入ったような天気だし、こう雨が続くとやだわね~。雨の日は、杖が滑るので、移動するにも気を遣いますです。だから、体、ガッチガチになって、疲れる。
明日は、天気みたい。でも、会社だからずっとオフィスだし・・・・・どうせなら、21日、22日に晴れて欲しいでふ。
そういえば、今日からアースディ東京2007の会場作りが始まります。私の仲間たちも数人、手伝いに行っています。雨の中、ありがとうございま~す♪
長崎市長銃殺事件(長崎新聞)
アメリカ銃乱射事件(朝日新聞)
今週初めから、嫌な事件が立て続けにおき、気が滅入りそうです。アメリカ、そして、日本。
17日の夜の1時間枠のNHKニュースで、女性のキャスターがこの2つの事件の原稿の読んでいる最中に、生き苦しそうに深いため息を付いていたのが印象的でした。なんとも、むなしさというか、やりきれない思いというか、悔しさというか、なんかそんなのが、一度にそのため息の上に乗っかったような感じに見えました。
政治的な背景とか、人種的な背景とか、なんか、そんなことを考えだすと、キリがないように私は思う。そこにどんな理由があろうと、アメリカの工科大学で起きたことも、日本の長崎駅前で起きたことも、一方的に命が奪われたっていう事実は変わりはないのだから、まずは、その部分を冷静にちゃんと見つめていくことが大事なんじゃないかなって。
理由はどうであれ、自分の身勝手なはけ口のためにこういう卑劣な暴力を使うことは許されてはならないことだと思う。数年前から小型銃器を規制、撲滅するための「日本小型武器行動ネットワーク(JANSA)」に携わり、世界中で銃による犠牲が後を絶たないことを知りました。その原因が、戦争であり、貧困であり、差別であり、心の病であり、政治であり、お金であり、、、、いろいろな理由がそこには存在しているけど、どれもこれも、結局は、1つの所にその落としどころがあるように思います。それが「命」そのものであること。「命」があまりに粗末にされ、ゴミのように捨てられてしまっていること。それが、他人に向けてか、自分に向けてか。違いといえば、それだけ。
平和への一歩目は、森羅万象の全ての「命」そのものが、どれだけ大切であり、かけがえのないものであるかを感じていくことなんだと思う。本当にそのことが感じられたのなら、心にサンクチュアリ(日本語では聖域と単純に訳されるが、「常に安心でき安定でいられる場所」といった意味がある)が生まれ、恒久的な平和が生まれるように思っています。
だから、今は、この悲しみを受け止め、開放していかなきゃって、そう感じるのです。
長崎前市長伊藤一長氏へ。
アメリカヴァージニア工科大学で亡くなった33人の方々へ。
そして、今、世界中で様々ないわれのない暴力や貧困で亡くなっていく全ての命へ。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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2006年度長崎平和宣言
「人間は、いったい何をしているのか」
被爆から61年目を迎えた今、ここ長崎では怒りといらだちの声が渦巻いています。
1945年8月9日11時2分、長崎は一発の原子爆弾で壊滅し、一瞬にして、7万4千人の人々が亡くなり、7万5千人が傷つきました。人々は、強烈な熱線に焼かれ、凄まじい爆風で吹き飛ばされ、恐るべき放射線を身体に浴び、現在も多くの被爆者が後障害に苦しんでいます。生活や夢を奪われた方々の無念の叫びを、忘れることはできません。
しかし、未だに世界には、人類を滅亡させる約3万発もの核兵器が存在しています。
10年前、国際司法裁判所は、核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反するとして、国際社会に核廃絶の努力を強く促しました。
6年前、国連において、核保有国は核の拡散を防ぐだけではなく、核兵器そのものの廃絶を明確に約束しました。
核兵器は、無差別に多数の人間を殺りくする兵器であり、その廃絶は人間が絶対に実現すべき課題です。
昨年、189か国が加盟する核不拡散条約の再検討会議が、成果もなく閉幕し、その後も進展はありません。
核保有国は、核軍縮に真摯に取り組もうとせず、中でも米国は、インドの核兵器開発を黙認して、原子力技術の協力体制を築きつつあります。一方で、核兵器保有を宣言した北朝鮮は、我が国をはじめ世界の平和と安全を脅かしています。また、すでに保有しているパキスタンや、事実上の保有国と言われているイスラエルや、イランの核開発疑惑など、世界の核不拡散体制は崩壊の危機に直面しています。
核兵器の威力に頼ろうとする国々は、今こそ、被爆者をはじめ、平和を願う人々の声に謙虚に耳を傾け、核兵器の全廃に向けて、核軍縮と核不拡散に誠実に取り組むべきです。
また、核兵器は科学者の協力なしには開発できません。科学者は、自分の国のためだけではなく、人類全体の運命と自らの責任を自覚して、核兵器の開発を拒むべきです。
繰り返して日本政府に訴えます。被爆国の政府として、再び悲惨な戦争が起こることのないよう、歴史の反省のうえにたって、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化と北東アジアの非核兵器地帯化に取り組んでください。さらに、高齢化が進む国内外の被爆者の援護の充実を求めます。
61年もの間、被爆者は自らの悲惨な体験を語り伝えてきました。ケロイドが残る皮膚をあえて隠すことなく、思い出したくない悲惨な体験を語り続ける被爆者の姿は、平和を求める取り組みの原点です。その声は世界に広がり、長崎を最後の被爆地にしようとする活動は、人々の深い共感を呼んでいます。
本年10月、第3回「核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」が開催されます。過去と未来をつなぐ平和の担い手として、世代と国境を超えて、共に語り合おうではありませんか。しっかりと手を結び、さらに力強い核兵器廃絶と平和のネットワークを、ここ長崎から世界に広げていきましょう。
被爆者の願いを受け継ぐ人々の共感と連帯が、より大きな力となり、必ずや核兵器のない平和な世界を実現させるものと確信しています。
最後に、無念の思いを抱いて亡くなられた方々の御霊の平安を祈り、この2006年を再出発の年とすることを決意し、恒久平和の実現に力を尽くすことを宣言します。
2006年(平成18年)8月9日
長崎市長 伊藤一長