2007年05月30日

人の輪・和・環

昨日は、新大久保へ、ミーティングに参加。昨日のミーティングは、自分の原点を改めて感じられた時間だったなと思う。

前にも日記に書いたかもしれないけど、1999年の初め頃、最高潮に具合の悪かった。精神的に。たぶん、なんかしらの心の病だったのだとそう思う。

自分の存在価値を見いだせないまま、どん底の気分に浸りきっていた。正直「死ぬんじゃないの?」などと、友だちに心配されるような状況に陥っていた。そこで、友人の一人に誘われて始めたのが、今、関わってきているボランティア活動でした。

最初は、講演会とかそういうものに参加するのが精一杯。正直、ついて行けなかった。でも、何度か「人」という輪の中に関わっていく中で、信頼関係が生まれ、もう一つの家族のように感じられ、次第に自分自身を取り戻していった。

人と人の間に生きること、人と交わり、人と関わって生きること。それが、自分にとっての、心の特効薬になった。そんなことをしていく中で、次第に、自分という人間を認められるようになった。


昔は、人と交わることなんて、「うっとうしい」としか感じられなかった。はっきり言って、人が近寄ることを拒み続け、本当にいやだった。次第に、心にバリヤーをやり、何者でも心の中に入り込むことを毛嫌いした。人なんて大嫌いな存在でしかなかった。

今では、こんな素敵なこと、こんな幸せなことがあるんだって、そう感じている。心に入られることも、それだけわかり合える瞬間なんだと、とても、心地よく感じる。はっきり言って面白い☆

そして、人と接するようになって、世の中の見え方が変わった。いろんなことを多様性と共に捉え、リスペクトし、認め合い、分かち合い、助け合っていくこと。繋がっていくこと。ほんとうに、地球というこの星の上で仲間と共に、生きている、生かされているんだって、優しい気持ちになった。ほんとうに。


だからこそ、自分の出来ることをやっていきたい。自分として関わって生きたい。周りに。みんなに。すべてのものに。

前にも書いたけど、ある意味、今まで生かしてくれたことへの恩返しをしているような、そんな気持ちが今ではある。


”心の病を治すために、ボランティアをしろ”とは思わないし、なんでもかんでもそうだとは言い切れない。でも、人と交わるということがどういうものなのかを教えてくれたのが、私にとっては、そうであったということは断言できる。そして、”ボランティア”っていう本来の意味は「人とつながる」「人と関わる」「人とわかり合える」っていう意味なのかなってそう思っているし、そういう意味で、私はあえて使っていたりする。

たぶん、これから先、どのボランティアに携わっていたとしても、スタンスは「繋がりを作る」。ここなんだとそう思う。

自分が「繋がり」を感じることで幸せを得たのと同じように、みんなにもその繋がりを感じてもらいたい。

一人じゃない、みんないるんだ。

アミウィングスでもなんでも、たぶん、そこに私の中心点があるように思うし、そして、そのことを少しでも周りに伝えられたらなって、そう感じている。

2007年05月29日

生と死

生と死は同等のものだと私は思う。生も必要だからあり、死も必要だからある。そして、自ら死を選ぶのも、病気や事故などで死に行くのも、老衰などで自然死することも、そこに必要だから存在していると私は思っている。

生によって、出来ることも多々あることも事実。
死によって、刻まれることもあるのも事実。

だからといって、死を選べとは言わないけれど、でも、そこにもいろんな想いや繋がり、そして意味があるということを私は感じているし、そう信じたいと思う。

以前、朝日新聞の「家族 千の風になって」という連載記事に、「ある女優からの手紙」という題名で江角マキコさんのインタビュー記事が載っていた。父を高一の時に亡くし、母と弟と妹で生き抜いてきた。「父の分も・・・」と貧しくとも共に力を合わせて生き抜いてきた。その弟が一昨年、胃から脳にガンが転移、去年の春頃、36歳で死去。

江角さん曰く。

「今日がある――。こんな当たり前のことが私たちにとっては、幸せです。開いて置いてある窓辺の本が、そよ風でページがめくられるような何げない毎日。幸せなことです。 」

今日、息をすることができる。
今日、歩くことができる。
今日、お日様に当たることができる。
今日、風を感じることができる。。。。。

そうやって、幸せを感じて、一日を無事終え、明日を迎える。

当たり前のことなんだけど、本当は当たり前のことではないのかもしれない。
こうやって、この時、この地に生きられるのは奇跡なのかもしれない。

今日、こうやっていられること、こうやって日記を書いていられることがありがたいと、私はそう思う。

そして、昨日、そして、今日のこの時までに、亡くなれた沢山の方々に。安らかに、そして感謝を。

※江角さんの記事は、朝日新聞→アスパラクラブ→「読み物」→「家族」で読むことができますが、会員登録(無料)が必要です。
 アスパラクラブ http://aspara.asahi.com/

2007年05月27日

つながってきた!

今日・・・っていうか、もう日付的には昨日ですが。

アミウィングスのミーティングでした。先日、仲間の一人が講演させて頂くことになったイベントで新しくつながった方々が、今日から参加してくれたり、なかなか、時があわなかったメンバーが久しぶりに参加してくれたり。なんか、大盛り上がりでした。

今日のミーティング、、、、なんか、嬉しかった。めちゃめちゃ、嬉しかった。自分たちがやってきたアミウィングスの活動、方針が間違っていなかったって、改めて気がついた!

辛い時期を歩んできたけど、アミウィングスと関わって、その想いに触れ、自分の中ですごい変化があったといってくれた人がいた。アミウィングスにイベントで出会って「私が夢見てきたことをここではやっている!」と感じてミーティングに飛び込んできたといってくれる人がいた。何かやりたい、何かしたいと強く思うようになって、ミーティングに参加したいと思った、といってくれた人がいた。

何気ないこれらの言葉の一つ一つが、今日は、すごくハッピーで嬉しくて暖かく感じられて、古くからコアとしてやってきた私たちの方が、今日来てくれた方々から、いっぱい、元気をもらった!

「アミウィングスとは、すべての人を人類という家族とみなし、地球と生きもののすべてを思いやり、”ポジティブな心で世界を創る”ピースメーカーとして行動する仲間たちのことです。」

この想いを胸に、アミウィングスとして2年ちょっと(母体となる前身団体からだと4年)やってきた。私たちの進む道。本当に正しいのだろうか、そう不安に思うことも多々あった。

でも、着実に花が開いてきたって。みんな、つながってきたって。着実に進んでこれたんだって。今日のミーティングで、本当に、実感として、そう強く感じれた。

やっぱり、想いを持って、イメージをふくらませてやっていくことは大切だ。イメージ次第で、必ず、良い方向へつながっていく。

「全ては必然」って、日記でも何度か書いたけど、ほんと、そうだと思う。皆、的確な時に的確な出会いや切っ掛けが必ずある。それをしっかりと捕まえること、生かすことは、すごく大切だ。森羅万象、全てが繋がり、全てが必然。だから、世の中って面白いし、世の中ってステキなんだ。だからこそ、大切にしていきたい。つなげていきたい。生かしていきたい。

アミウィングスとして、次なるステップに進もうという方向性もはっきりと見えてきて、先日、視察へいってきたタイとの繋がりを深めることをしていくことになりそうだし、今までやってきたアフリカザンビアへの支援内容も、次のステップへの道しるべもできはじめてきた。国内についても、ヴァーチューズプロジェクトのことも含め、様々なイベントなど、今まで以上に、どんと、やっていく。

もう、めっちゃ嬉しくて、今、すっげー、興奮していて、頭がまとまらないけど(笑)ほんと、すごい方向へ行けそうだ。

ほんまに、つながってきた!ますます、楽しみで~す♪


想いを繋ぐために、WEBの改変も頑張らなきゃーーーー(笑)

2007年05月25日

自分から出来ること

未だに、自宅のパソコンの調子が悪いにぽぽです。たまに立ち上がったりするので、その間に、これを書いてます。絶対に、まともに動かしてみせる。2年ちょっとでお陀仏なんて、真っ平ごめんだわね。

で、今、パソコンのサイドパネルを開けっ放しになっているので、この機会に、面白いものをお見せしましょう。

さて、この写真は何でしょうか? 
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真ん中に写っている黒い四角いものです。 +とか書いてありますね。

そう、これがタンタルコンデンサ、というものです。これは、PC用の大きいものですが、マッチ棒の先ぐらいの小さなものまであります。

これが、大量に使われ始めたのは、十数年ぐらい前かな。オイラが、今の会社に入り、製造関係の設備技術を任されていたころには、すでにありました。今じゃ、パソコンの中はもちろんのこと、携帯電話などの情報機器、iPodのようなデジタルオーディオ、ビデオカメラにデジカメやテレビ、DVDプレイヤー、ビデオデッキなどにもありますね。精密機械だけではありません。今は、洗濯機、冷蔵庫、クーラーなどの家電を動かす基板なんかにも乗っかっています。車の中の制御装置や電装品にもありますよ。

機械を動かすには電気がいります。でも、ただ電気を送ってあげれば良いというものではありません。美味しくてきれいな水をあげると、元気な作物がドンドン生長するのと同じく、機械にも美味しくきれいな電気を送ってあげなければなりません。その美味しくきれいな電気を作り出す働きをするのが、このタンタルコンデンサなんです。

この写真のタンタルコンデンサもICの電源供給ラインとつながっているので、美味しくきれいな電気を送り込むためのもの。

昔は、次の写真のように、
画像4.jpg
電解コンデンサと言われる馬鹿でかいものが使われていたけど、こんなのが携帯電話に入るはずもなく。また、タンタルコンデンサは、電解コンデンサよりも美味しくきれいな電気を作る特性がとてもよく、効率も良い。きれいな電気を送れば送るほど、消費される電力も少なくてすむ。だから、多機能化、精密化、小型化、省電力化。それが、求められるようになって、様々なところに入るようになりました。一つの機械の中に入っているタンタルコンデンサなんて、数知れないですね。たとえば、10GBぐらいのHDDタイプのiPodには、5~7個入っていたりします。

さて、このタンタルコンデンサは、タンタル(コルタン)という希少金属の鉱石で出来ています。このタンタル鉱石とは、どこから手にはいるのでしょうか?

主要産出国は、カナダやオーストラリアなど。

でも、昨今の需要率は急激に上昇し、それだけでは足りるような状況でもありません。そのため、価格は急上昇。アメリカは戦略物資として大量に抱え込み、市場に出回らないように調整して価格高騰をあおっています。

でも、需要は次から次とある。その需要を誰が潤しているのか。

それが、アフリカにある、コンゴ民主共和国、ルワンダ、アンゴラ、ジンバブエ、ウガンダとナミビアなどです。簡単に言えば、アメリカが抱え込んでいるようなタンタル鉱石よりも安価で手に入るから、手を出しやすい。

特に、コンゴ民主共和国においては、このタンタル鉱石の採掘が政府、反政府の軍事面での資金源となっており、戦争を長期化するきっかけを与えています。その発掘をしているのは、これまた、子どもたちなどの弱者だったりします。過酷な労働の中、働かせているのです。

また、タンタル鉱石を戦略物資と考えるアメリカは、鉱物資源の所有権を睨んで、政府側か反政府側かの支持先を決めたりしているような状況で、そこに石油利権を睨んだ中国が入り込み、さらに混乱した状況を作り出している。

タンタル鉱石だけでなく、半導体と呼ばれているものは、今後、ダイヤモンドと同じく、戦争を起こす引き金になっていくと私は思っています。需要がガンガンあがっている鉱物は、年々、多くなっていく一方。こういう希少金属と呼ばれている物質が次から次へと、ICやこういうチップ部品に生まれ変わっているから。

また、今は大量に豊富にあるシリコンのような金属も、将来的には危ないだろうと感じています。すでに、シリコンも安定供給が追いつかなくなって行っており、略奪なども現に起き始めている。数年後には、枯渇し、”金”と同じように高値で取引され、戦争の引き金になっていくと思います。

敵の敵は味方。さらに味方が、次の日には敵になる。

政府、反政府、住民、国連、組織、NGO、企業、様々な欲望と想いが重なり合って、全てのことを成している。

今、持っている携帯電話が、遠い国で戦争を起こしている事実。世界というものは、全てがつながって成り立っている。自分自身も例外ではない。世界と繋がり、アフリカや他の国々の人々とつながっている。だからこそ、遠い世界で起きていることを、自分のこととして、考えていく必要があるんだと、そう思う。
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友人で、アフリカ、ウガンダへ支援活動に行っていたテラ・ルネッサンスの小川くんが、今、一時帰国しているので、一昨日は新大久保までそのミニ報告会に参加してきました。

やはり、世界はせっぱ詰まっているけど、そこにもちゃんと前を向いて、生き抜こうとしている人たちがいる。

子ども兵、HIV/エイズ、貧困の格差など、日本にいる私たちにとっては、信じがたい状況の中で、心も体も傷つけられているのにもかかわらず、あの逆境の中にも、自分の夢を果たすために、強く生きようと立ち上がる人たちがいる。その人たちをどうバックアップできるだろう。どう助けられるだろう。


今までも、たくさん聴いてきたけど、何度聞いても、心が痛いことが多い。

日本における携帯電話の販売台数は年間約5000万台。そのうち、リサイクルのために回収できる携帯電話約20%程度で毎年減る傾向。自給率、穀物ベースで20%程度の日本で1日に捨てられる食べ物3000万食。エネルギーも食べ物もタンタルのような資源も世界中から取り寄せている日本。

1円以下でも、ちゃんと暮らしてきた人たちから、全てを奪いさり、身を肥やしてきた日本などの先進諸国。日本は、こんな豊かで、こんなに恵まれているのに、何をやっているんだろう。出来ることがたくさんあるのに、どこかでブレーキをかけて、「見ザル、聴かザル、言わザル」で、何も感じようとしないでいる。何も言おうとしないでいる。何もやろうとしないでいる。

私は、今まで、奪い取ってきてしまったことを、恩返しとして少しでも返していきたいから。だからこそ、自分のできること、自分のやれることを、ちゃんとやっていきたいし、ちゃんと伝えていきたいと思う。

もちろん、携帯電話をやめろとか言わないけど、でも、リサイクルに出すとか、長く持たせるとか、いろいろなところでやれることはあると思うし、まずは、こんな小さなタンタルコンデンサでも世界とつながっているっていうことを、是非、意識して、生きていくことをしていったら良いと思います。自分のポケットにいつも入れている携帯電話が、アフリカの人たちとつながっているっていうことを、認識してほしい。


”私”から始めよう。”私”から出来ることを。
”あなた”から始めよう。”あなた”から出来ることを。

2007年05月20日

エンデの遺言

20日は、先日アースディ東京2007で出店した「お金のいらない国」カフェのスタッフなどをもう一度集めて、アフターミーティングというか今後に向けて歩むべく〆のためのミニイベントをやりました。もう一度、「お金」の問題点を考えてもらうため。そして、自分として何ができるか考えてもらうため。


なぜ、私が「お金のいらない国」という本絡みのイベントに積極的に関わっているか。「お金」に関して、ずいぶん、前から疑問に感じていたから。


私が「お金」というものに対して疑問に感じたのは、「お金のいらない国」だとかを最近に読んだからじゃありませんでした。5~6年も昔にNHKのBSでやっていた「エンデの遺言」というドキュメンタリー番組を見てからです。


ミヒャエル・エンデ。世界中で愛されている「モモ」や「はてしない物語(ネバーエンディングストーリー)」でお馴染みの児童文学作家。私は「ジムボタン機関車大旅行」が好きだったけど、彼が晩年、NHKの取材陣に残した遺言をまとめたドキュメンタリー番組がこの「エンデの遺言」でした。

そこにはお金というものの問題点、そして、そこから抜け出す方法がいろいろな角度から紹介されていた。エンデは、かなり、早い時期から「お金」の問題に気が付き、経済学者などとも精通したりしていた。「モモ」の敵役「灰色の男たち」は、「時間泥棒」という役柄だけど、実は「お金」そのものの問題点と解決方法を示した物語でした。


今の「お金」というものは、一部の”権力者”の思うがままになっている。その価値もその”権力者”が決めたことに過ぎず、アフリカなどで貧困が起きているのも、はっきり言って、富を”権力者”に集中するために仕掛けた罠でもあり、それがまた、自らを破壊への道を歩ませていることにもなっている。

自分が明日ご飯が食べられるかどうかは、この”権力者”の思うがままなのです。


なぜ、銀行に預けたり借りた「お金」に利子が付くのだろう。なぜ、銀行に預けただけのお金が増えたりするのだろう。コンピューターの中を走り回っている数字のみの世界で、どうやって「お金」が成り立つのだろう。なぜ、人件費や物価が世界各地で違うのだろう。同じ1kgの農作物を作るのに、日本とアフリカで費用が違うのはなぜだろう。片方では数万円とすることもあるに、片方では、1粒1円にもならないことすらある。同じ人間が作っているのに、なぜ、違う?

何もないモノから「金」を作り出そうとする”錬金術”こそが貨幣システムの根源。その”錬金術”とは、アフリカなどの国々の人々から彼らが生きるために必要な労働力やモノ、土地などの財産の全てを接収し、木、水、土などと言ったあらゆる自然の恵みに人間が勝手に価値を付けて全てを奪いさり、「お金」に付加させて増やしているに過ぎないっていうこと。それが自然破壊に強く繋がるっているっていうこと。


その巨大なお金のシステムからどうやって抜け出すか、抜け出していけばいいか、、、、、この「エンデの遺言」ではいろいろと紹介されていました。

この番組がNHK・BSで放送されてから「貨幣システム」から抜け出し、人と人を心で結びつける「地域通貨ブーム」が日本でも起きた。実は、私もそれに乗っかった一人でした。「レインボーリング」という通帳でやりとりを行う交換リングタイプの地域通貨に入ったり、地域通貨の勉強会みたいなのを友だちと開いたりもしたし「地域通貨」を作るプロジェクトを立てようと思ったこともありました。


この日のミニイベントでは、お金に纏わるいくつかのビデオを見た後、みんなで分かち合っていったけど、地域通貨なども含めてやっていける方法はいくつもあるんじゃないかと盛り上がっていきました。

農業にしろ何にしろ、まるで「必ずお金が必要だ」と頭の中にすり込まれて、私たちは生きているけど、これも罠だっていうこと。実は、お金なんて必要なくても、生きていける方法はいくつもあるっていうこと。たぶん、みんな、そういうことを考えていないだけ。考えようとせず、見て見ぬふりしているだけのような気がします。

六ヶ所村などの公共事業の話にしろ、ホームレスの問題にしろ、老後の問題、過疎地の問題、貧困の問題など、「お金がないと生きていけない」という根底があるから、こういう問題が後を絶たないように気がする。様々な燃料施設や廃棄物貯蔵庫、そして、これから本格運転が始まる核廃棄物処理場がある六ヶ所村の問題は、核に頼り切っている今の「エネルギー問題」もあるのだけど、「経済破綻」した結果がもたらしたものだとも私は思っている。経済破綻をしてしまった村を立て直すため手を出したのが、こういう核施設だったのだから。

もし、「お金がないと生きていけない」という部分をみんなで断ち切ることをしていけば、こういう問題も起きなくなるんじゃないかってそう思う。


今の「お金」は一人歩きしてしまっている。あまりに莫大で巨大なシステムの中で、実は誰もよくわかっていないし、誰もコントロール出来ていないんじゃないかってそう思う。巨大な化け物。もちろん「お金」が悪いわけではない。道具としては立派なものなんだろうけど、心を失った道具は、人を傷つける道具にしかならない。そして、そうしてしまったのは「人」の心であり、それを変えて行くも、やはり「人」の心。「お金」を「人と人を結びつける心の道具」に変えていくのも自分次第だし、自分が変えていくことをしないとならないっていうこと。そのことを改めて実感した。


エンデの代表作、「モモ」のラストでは、敵役の「灰色の男たち」は、時間銀行の崩壊と共に追い詰められ、最後には「もう、これで良いんだ。終わったんだ。」と、ゆっくりとうなずきながら灰色の肌が人肌の色に変わり、そこから消えていく。

時間に追われるように毎日生き、それに囚われてしまって、自らも「人間」であることを忘れた「灰色の男たち」。その心もまた、ズタズタに壊れてしまっていた。だから、肌色が温かい血の気を帯びた色ではなく、白(善)でもない黒(悪)でもない「灰色」になっていた。そして、最後は癒され、心を取り戻し、人肌の色に戻って消えていった。

時間=お金 とすれば、今の世の中、そのものだと思う。その肌色を人肌のピンク色に染めるか、灰色に染めるか、それは、私たち次第なのだと、そう思う。

エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」
エンデの警鐘「地域通貨の希望と銀行の未来」」
モモ

このWebに、エンデのこと、エンデの本の考察、地域通貨など、いろいろと書いてあります。
http://www.tradition-net.co.jp/door/kako.htm
でも、このWebがあるのは、金融機関の情報ネットワークです(経済関係者はエンデのことを認めているということでもあります)。

2007年05月19日

自分の想い次第

アフリカンフェスタに行ったその19日の夜は、友だちと合流して「一石二鳥チャリティーセミナー 勉強しながら地球にいいことしちゃいます シーズン1」のイベントに参加するために、日比谷公園から大井町に移動。

てんつくマンが主催するキャンペーン「TeamGoGo!」を支援するためのチャリティー連続講演会。主催はSEE。 発起人は、香取貴信さんという「社会人としての大切なことはみんなディズニーランドで教わった」の著者。

19日のこの日は、今まで行ったことも経験したことのない所に行ってしまうという(株)エクスプローラー「地球探検隊」の隊長、中村伸一さんと、前のアフリカンフェスタのブースでお逢いしたテラルネッサンス鬼丸昌也くんの講演。


中村さんは、人を感動させることを一生懸命考えている人。人を喜ばせると、それが自分へと還ってくるから、沢山の人を喜ばせていきたいと、ほんと、すごい元気な人だった。人に指を向けて、「おまえが、おまえが」ではなく、その指を自分に向けて、「自分が」とすること。そうすることで、自分が動かしていくんだという自覚を促し、自分に対しても責任を持つことができる。良い意味での「自分が自分に対し、責任を持つこと・・・自己責任」。このことが、自分も周りも変えていくんだと、なんか、そういうパワーがビンビンと伝わってくる話が一杯だった。

いろんなところで活躍する人は決まって「逆境こそ、チャンス」ってよくいうけど、この人も同じことを言っていた。

旅における感動した話もすごい沢山あった。感動させることが仕事だから、もう、それを一生懸命、隊長、添乗員、そして、参加者そのものが考えていく。他の旅行代理店にはない、希望と感動を与えているんだなぁーって、素敵に思いました。

私も参加してみたくなっちゃった~。


その後の鬼丸くんの話。。。。。何度となく、聞いた話だったんだけど、、、、、また、感動して涙が止まらなかった・・・・。友だちを連れて行ったんだけど、その友だちもずっと泣いてました。

今、世界で起きていること。それを動かしているのは、自分であること。日本って、なんて恵まれているんだろうと思うのと同時に、だからこそ、それを生かしてやっていくことが沢山あることに、改めて、気が付いた。

笑顔あふれる子どもたちがいる世界に進みたいか、それとも悲しみにくれ、死んだか生きているかもわからない世界に進みたいか。
どう進かは、自分の生き方で変わってくる。誰かではなく、自分が。自分がどうしたいか。全てはそこにある。

当たり前のことなんだろうけど、日本じゃ、なんか、実感として感じられないというか、あまりに恵まれすぎていて、気が付かないところなんだろう。改めて、自分の足下をちゃんと考えて生きてみたい。


何につけても、自分の想い次第。

中村さんの話も鬼丸くんの話もそこに焦点があたっていたように思う。自分の中に希望があるかそうでないか、どんな想いがあるかどうかなのだと、そう感じる。

沢山の困難の中でも、テラルネッサンスなどがやっている自立支援プログラムで、笑顔を取り戻していく人々は沢山いる。自分が戦争を終わらせたいと夢を語る人も出てきた。

そういう希望を自分も忘れないで生きていきたい。ずっと、そうやって続けていきたい。

テラルネッサンスが課外授業を行った高校生の言葉が「楽しく生きるもつまらなく生きるも自分次第」と言っていたけど、ほんと、その通りだと思う。


コントロールアームズキャンペーン
http://www.controlarms.jp/campaign/index.php

地球上の様々な場所で起きている戦争や内戦、紛争、事件。そこでは、大量の小型武器(一人で持ち運べるも武器のこと)が使われ、1分に1名の人の命が失われていっています。

簡単に手で持ち運べるため、子ども兵士を生み出し、後に様々な後遺症をその地に残していくことも事実です。たくさんの子どもたちが兵士として拉致されたりしており、最前線に送られたり、親や親戚を殺させたり、運良く逃げ出せたとしても、心に深い傷を負い、社会復帰出来ないケースも多々あります。

小型銃器だけでも、世界中では、銃だけでも6億3千万丁以上。

日本においても先の前長崎市長の射殺事件や中部地方で起きた籠城事件なども後を絶たない。行方知れずの拳銃が7万丁~10万丁が日本にあるといわれ、他人事ではない現状がそこにあります。

その他の小型武器を含めたら、限りない。冷戦以降、お金のために、世界中に小型武器が氾濫している。そして、今でも作り続けられている。

その小型武器の流通などを規制するための国際条約(ATTといいます)を国連で作ってもらうため、日本では、JANSA(日本小型武器行動ネットワーク)に加盟しているインターバンド、テラルネッサンス、ネットワーク『地球村』と、アムネスティインターナショナル、オックスファムが共催で様々なキャンペーンを繰り広げています(賛同団体には、Make The Heavenなどもあります)。

去年までは、ミリオンフェイスキャンペーンというのを行い、100万人の笑顔の顔写真と共に集められた署名が集められ、国連にて、ATT成立に向けての第一歩を踏む出すことに成功しました。

そこで、さらに前進させるための意思表示を行おうということで、今年の12/10の国連人権デーに向けて、折り鶴を折って、常任理事国に私たちの想いを渡そうというキャンペーンを行っています。詳しくは、下記をご覧下さい。きっと、出来ることが沢山あるはず。あなたの想い、届けましょう。

コントロールアームズ 折り鶴キャンペーン
http://www.controlarms.jp/campaign/orizuru.php


そして、是非、この本も読んでみてください。

ぼくは13歳 職業、兵士。―あなたが戦争のある村で生まれたら

アフリカンフェスタ

19日の午後は、「アフリカンフェスタ」に行っていた。

相変わらず人が多いなぁ・・・・。最近、この手の野外イベントは、どこも大盛況っていう感じ。どんより曇り空で雨が予想されていたけど、雨にはならず、いろいろと楽しめた。

アフリカをメインにしたイベントなのに、すごい、量のブース。日比谷公園の半分ぐらいを占めているブースの数は、1日では、全然、回りきれるような状況ではなかった。アフリカ各国の大使館や政府関係、民間ボランティアやNPO関係など、多種多様。

テラルネッサンスアムネスティインターナショナルと共同で、コントロールアームズキャンペーンのブースを出していました。いや~、、、、このブースの前がスゴイ人だかり。
食べ物関係ブース以外の他の団体さんのブースより、凄かったんじゃないかな・・・・。

ウガンダやケニアでHIV/エイズの孤児支援をしている「PLAS」という団体の所にも行ってきた。生々しい写真の数々・・・・でも、それをどうにかしたいという想いで若い方々が、いろいろと説明してくれた。アミウィングスの話もしてきました。なんか、繋がるところがあったら、良いなって思う。

友人にばったりあったり、久しぶりの方にもお逢いできた。最近ご無沙汰だったアフリカ平和再建委員会の所にもお邪魔したりして、久しぶりに友人や知り合いにもお逢いしたりもしてきました。

メインステージでは、先日、NHKを退社されフリーになった宮本隆治さん司会の「プロフェッショナル Africa」をやっていた。ステージでは、今、NHKでやっている「プロフェッショナル」という番組風に、アフリカ各地で支援活動をしている方の話などを紹介していました。

アフリカの各地でHIV/エイズ感染防止のための啓発をしている青年海外協力隊の方と「アフリカ理解プロジェクト」という識字教育などの教育支援をしている方の2人のお話をしていたけど、どちらも、どうやって現地の人達にとけ込めるかというところで苦労しているようだった。言葉の違いもそうだけど、文化の違い、宗教の違い、それが、村ごとに違っていたりもするわけで、支援の押しつけにならないように、どうやってニーズにあった形でやっていくかが、一番の問題になるんだろうなってそう思う。

教育支援をしている方が最後に見せてくれた写真が印象的だった。出来上がった学校を、窓の外から、羨ましそうにのぞき込む少女。背中には、まだ、小さい幼子を背負っている。教育を受けること自体は、無料だけど、家庭環境などの格差から、どうしても、学校で勉強出来ない子どもたちがいる。道は極めて厳しいけど、そういう子どもたちにも学校に通わせてあげたいという支援している方の想い。なんか、凄く胸を締め付けるような気がしました。

しっかし、宮本さん、やっぱ、プロだなぁ・・・。
司会進行の仕方が、絶妙だわ。。。


写真を撮ってきたんだけど、会社のPCからは写真をアップできず・・・・。自宅のPCが復帰してからアップします。

2007年05月18日

パソコンが壊れた…………。

え~、家のパソコンが壊れたもよう。

パソコンで調べものをしていたら、突然フリーズ。キーボードを叩いても何にも反応せず。仕方なく最後の手段で電源ボタンを押して、強制シャットダウン。再起動を試みるも動かない。あっちゃ~、こりゃハードディスクかな………、なんて思って、OS付きのCD-ROMで立ち上げを試みる。
あらら……立ち上がらない。しかも、放熱ファンがパワーセーブせずフル回転のまま。BIOS立ち上げも出来ない。

で、どうしようもなくなって、さっきGatewayのサポートに電話。

色々試みるも現状は一向にかわらずサポートサービスの兄ちゃんから聞いてはいけない言葉が飛び出した。

「マザーボードかも知れませんね……」
…………orz

パソコンのふたを開けてみる。スイッチをオンするとマザーボード上にある赤いLEDがついた。「DEAG_LED」としかシルクで書いてないけど、なんかのエラーなんだろうな。今までこんなランプ、ついた事ないし。

持ち込みでマザーボードボードの交換ですか…………。

修理にいくらかかるのだろう…………。時間もそれ相当だろうな…………。

ってなわけで、しばらく家でパソコンを使わない生活を送ることに、決定。
連絡は携帯にお願いします。

これで、CO2削減出来るw
これも何かの理由があってのことだ。全ては必然。

……などと、まぁ、自分に言い聞かせてみるわけで。


しかし、買って2年でマザーボードが壊れるか、普通?
ありえねぇ~~~。

2007年05月16日

はしか

■東京工科大もはしかで全授業休講、発症は回復者含め6人(読売新聞 - 05月16日 19:42)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070516-00000312-yom-soci

あれま・・・・オイラの母校まで・・・・・汗

4月の半ばから、この状態が続いていますね。
毎年、こんな感じだったっけ?
なんか、別の理由がありそうな気もしないでもないですが。。。。
オイラ、はしかをやっていないし、予防接種もしていないので、ちと、怖いです。


東京工科大学

日本工学院八王子専門学校と同じ敷地です。

十数年前、オイラが在籍したときは、まだ、出来たばかりの大学だったんで、もう少し見窄らしかった。
施工ミスで、壁があちこち、はがれ落ちていたり(笑)
今のような横文字学部や学科なんぞなく、オイラはこってこての日本語「工学部電子工学科」でございました。

今じゃ、大学とは思えないような設備になってるもんな。
たまに流れているコマーシャルとかみると、どっかの宮殿かという感じで。
良いよな・・・・女子学生も多そうだしw
学食も美味しいだろうし、最新設備がそろっているんだろうな・・・・・。

オイラの時の学食はクソ不味かったし(一番最初に食べたときは、あまりのひどさに速攻トイレでリバース)、設備のPCは、どっかのお下がりのようなのしかなく、遅いや止まるはで、めっちゃ古かった。
しかも、誰が持ち込むのかわからない、ウィルスによく感染していたし(泣)

そういえば、いろいろなドラマや映画も撮影してたっけね。
とんねるずのバラエティー番組やゴジラの映画とか名取裕子さん絡みのドラマとか。ゴジラの映画の時は、特殊服のコスプレをした役者さんがたくさんいて、どこかの秘密基地と化してました(笑)

いつだったか、駐車場付近で恋愛系のドラマ撮影があって、帰宅するのに車のところまで行けず。「生徒さんが通りま~す。少しまってやってくださ~い。」とスタッフの人が言ってくれたおかげで、撮影中断。そこでスタンバイしていた、中山美穂さんに、”にこっ!”って会釈されたことを覚えてます。

大学時代の唯一の淡い恋の思い出w

2007年05月15日

ギャルと渋谷とマイ箸と

・エコ活動 身近なところからおしゃれに 渋谷でイベント(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070514-00000003-maip-...

・ギャル100人が渋谷をパレード-「マイはし」片手にエコ発信(シブヤ経済新聞)
http://www.shibukei.com/headline/4299/index.html

いいね~。
やっぱ、エコも格好良さ、面白さ、楽しさがないとね~。

彼女は、この前のアースディ東京でも渋谷界隈でイベントをひらいていましたね。

数年前から渋谷周辺で黙々とゴミ拾いなどもしてきたそうで、「渋谷や好きだから綺麗にしたい」というのが、彼女の原動力の根幹の部分だそうだ。

これこそ大事な想いだと思う。

国内産の間伐材が使われているなんていうのは、もう十数年も昔の話。海外木材の輸入の関税が引き下げられたおかげで、割り箸も8~9割が海外に依存してしまっている。そこらへんの飲食店などにおいている白に近い色の割り箸は、ほとんどが中国産のシラカバの木。

この割り箸のために黄砂や光化学スモックが起きている現状。
この割り箸のために貴重な原生林や動植物が失われている現状。

それを考えたら、こういうイベントは、ドンドンやってほしいってそう思います。彼女の立場だからこそ出来る伝え方でやっていってほしい。

そして、ここにとどまらず、これをきっかけにして、末永く続けていってほしいってそう思います。

2007年05月13日

アミウィングスのミーティング

今日は、母の日。みなさん、いかがお過ごしでしょうか?私の家では、先ほど、母の日をやりました。私は植木鉢の花を気持ちと共にプレゼント。喜ばれました。


昨日のてんつくマンとるいるいサンタさんのイベントの後、頭の中、なぜかハイテンションのままで、体は疲れているのに頭は絶好調!

というわけで、昨晩は一睡も出来なかったでございます(笑)


今日は、アミウィングスのミーティング。いや・・・眠かった・・・・一睡も出来なかったので、頭の中、くるくる目が回る。

今日は、タイの報告関係の続き。なんとか、WEBにアップ出来そうになってきた。近日公開、しばしのお待ちを。

それと、今回のタイの視察旅行をきっかけにして、1つ、発展できそうな支援内容が生まれそうです。これも、具体的になったら、近日公開します。

あと、WEB周りを再編することになり、そのあたりの整理をしたり、再構築のための資料をリストアップしたりとしていました。

それとですね、今年の末にちょっとしたイベントも企画。ヴァーチューズプロジェクト絡みで、まだ、どうなるか、全然わかってないんだけど、ちと、お楽しみにしておいてください。

今日は、メンバーのみなさん、いろいろと忙しくて、短時間で終わったけど、ガンガンといろいろと決まってしまったので、なんかこういう日は楽しい。メンバーそれぞれの目指す方向性が確実に決まってきたので、何か事柄を決める段階になっても
、ガンガンとイメージが出来るからなんでしょうね~。


ガハハと笑いの絶えないミーティング。ほんま、楽しいわ~。

2007年05月12日

全ては必然

昨日は、武蔵境までてんつくマンのイベントに参加してきた。

http://blog.livedoor.jp/zaku38i/archives/50115005.html

mixi名「るいるいサンタ」さんという、めっちゃ元気な女性の主催だったんだけど、いや・・・・・彼女のお話が、自分の中でめっちゃヒットしてしまいました。

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彼女は、若い頃にレイプされ、グチャグチャにされた心を抱きながら今まで生き抜いてきた方。今は、レイプ撲滅のため、そして、みんなの幸せのためにこの写真の格好で全国を飛び回ってフリーハグやミニ講演のようなことをしているそうだけど、お話をきいて、共感というか感動することが多かった。

実は、昔、私の身近にいた人に同じような境遇をもって生き抜いてきた人がいた。その境遇のせいで、その人は、深い心の闇を抱え、リストカットしたり、オーバードスをしたり、自殺未遂をしたり、いろいろな危ない橋を渡ったたりして生き抜いて、身も心もズタズタボロボロになっていた。

私が、NGOでボランティアをしはじめたのは、その人の辛く悲しい姿を見ていたからでした。はっきり言って環境だの平和だのではなかった。この人を救いたい、この人でもちゃんと生きていける世界にしたい。こんな悲しいことが二度と起きない世界にしたい。そこが出発点でした。

今日の話を聞いていて、共感できることが多かったのはそのせい。身近にいた人の、その傷ついた心の姿を見続けていたから。

なんかね、、、、、、改めて、自分の出発点をいろいろと思い出した次第でした。



そのあとは、地球温暖化防止を柱にし、ハートとハートで日本を繋ぎ、世界を変えてしまおうという、規模はバカ大きいけど、めっちゃハーCIMG1078.JPGトフルなプロジェクト、「TeamGoGo!!」を発案し、いっぱい日本中を走り回っているてんつくマンのお話。

1時間程度のロングバージョンは2度目かな。

彼の話の中で、「偶然は何一つない。全ては必然に存在する」という言葉は、改めてそうだなってそう思った。

自分の日記でも同じことを書いたこともあったけど、過去のこと、一見、他人から見ると嫌な事柄に思えることでも、今の自分を作り出してくれるための「必然的な出来事」だと思うし、今、思うとほんとありがたいと思う。たぶん、こうやって日記に書き込んでいることも、その過去が無かったら、書いていないことだと感じる。今の喜怒哀楽の全てがその過去があったから。その積み重ね。だから、過去あったことは、ほんと大切なことであり、ありがたいことなんだとそう思う。今の自分のこの体も、必然だとそう感じるし、この体だから伝えられることを伝えていきたいってそう思う。

「全ては必然」

良いことも悪いことも、すべて必要とされているから、そこにある。

昨日、このイベントに行ったことも、そこで感じたことも、今の自分に必要だからなんだろうな。

てんつくマン、なんか、この日は体調がすぐれないようだったので、ちょっと、心配でした。大丈夫かな。


るいるいサンタさんは、イベントの後、夜行バスで青森へ。
青森県知事選に出馬するNさんを応援とお手伝いをするため。

http://blog.livedoor.jp/zaku38i/archives/50121798.html

六カ所村の核燃料再処理工場の問題も含め、青森から日本を変えていこうと、Nさんは出馬しました。この人も、オイラの知り合いでもあり、長いつきあいなんだよね・・実は・・・。昔、2日がかり、山奥でやったディープエコロジーワークショップというのに同席し、帰り際、感極まって「ここで、逢えてよかった~!」っで、めっちゃ泣かれたことがあったっけ。。。。
出馬の件も、真摯で正義感の強い、あの人らしいなってそう思うし、今回も頑張ってほしいって、そう思う。

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きっと、大丈夫。
世界は、良い方向に回ってる。

2007年05月10日

あ・お・い・く・ま

1049025_2561049519.jpg昨日は、会社帰りに新大久保まで行ってきました。「あおいくま」さん こと 鈴木武さんのミニ講演に参加するために。

鈴木さんの講演を聞くのは、これで2回目。昔、地元のNGO支部のミーティングでミニ講演をお願いしたとき以来です。

松下電器産業の子会社(松下通信工業)の窓際族の一サラリーマンだった彼が、あるきっかけで転身。子会社の工場だけでなく松下電器産業の全工場のゼロエミッション(ごく簡単に言えば、工場から出る廃棄物を出来る限りリサイクルさせゴミゼロに持っていく試み)を成功させた人で、定年後は横浜市中田市長の「G30(ゴミゼロ)」プロジェクト(市内のゴミの量を30%削減させるプロジェクト)のプレーンでもあり、「素敵な宇宙船地球号」などのテレビ出演や全国での講演や指導などをやっている人でもあります。

いや~、相変わらず、パワーあふれるオッサンだったわ~。鈴木さんを古くから知っている友人が私にはいるんだけど、その人曰く、周りがどん引きするぐらい、どえらい気むずかしい人で、怒ってばかりだったらしい。正真正銘のこってこての「窓際族」だったらしく、たぶん、精神面で狂いそうなぐらい相当、辛かった時期だったからだろうなってそう思う。今じゃ、そんなことは微塵も感じさせないけども。

話がわかりやすいし、面白いのはもちろん、愛情があふれているし、生きているっていうことの楽しさや面白さが聞いている方までビンビンと伝わってくる!決してあきらめないっていうこと。こつこつと小さいことから積み上げていくっていうこと。ゴミではなく、そこを資源と考え、それを最大限に生かしていくためのアイデアを考え、アイデアを実行し、アイデアを成功させていくっていうその気迫のようなパワー。

ほんま、凄かった。

人を心を動かしていくっていうこと、生きていくっていうことがどういう事なのかも教えてくれた。単なる”環境オタク”ではない。心の奥から揺るがない熱い想いを持っているから、ずっと先をイメージし、それを見つめながら、生きている人だなって心から感じました。

たぶん、みんな、こういう熱い想いを持っているんだろうけど、どこかで希望を失い、ブレーキをかけてしまっているっていうか、あきらめてしまっているっていうか。でも、本当は、この人みたいに「生きている!」っていう喜びにあふれている人なんだろうなってそう思う。「生かされている」って思ったら、ほんま、怖いもの無し。希望を失っている暇も無し。


今回は出てこなかったけど、以前のミニ講演で聞いたときの印象的な話。

「大きな山を一気に動かそうと思わないように。一日、1cmで動かすことでいいんです。1cmの変化でいいんです。その、ちょっとの積み重ねが、明日に繋がっていき、何れは大きな山でも動かしてしまう。」


小さな積み重ねを大切に、あきらめずに、前を向いていきたい。今回の講演を聞いて、ほんとそんな大切さを改めて感じました。


あっ、ところで、「あおいくま」の意味って、ミニ講演の時に話していたっけ?私は30分ほど遅く行ったのでわからないけど、最初に話したのかしら? 私は以前聞いているので、今回、話していないようだったら、ここにはあえて書かないでおこう。

さて、なんでしょうね。鈴木さんに名刺をもらったら、裏に意味が書いてあるし、結構、出回っている話なので、知っている人も多いけどね。

ちなみの、前にお会いしたときに頂いた名刺、今でもお宝のようにカバンの中に持ってあるいております。


いろんな話の引き出しを持っている人なので、また、別に機会にじっくりと話を聞きたいな~。

※写真は友人から拝借しました~。

2007年05月05日

二泊三日の長野・岐阜家族旅行

二泊三日の家族旅行。先ほど、家に帰ってきました。

1日目は、長野、上高地近くの新平湯温泉街で一泊中。

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 ・中央道、山梨付近の景色。中央道はめっちゃ混んでたけど(笑)

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・上高地近くの重要文化財になっている古い藁葺きの民家。

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・その重要文化財の民家の近くの水車。



2日目は、高山を通り、郡上八幡を抜け、岐阜に入りました。

いや~、さすがGWど真ん中。人、人、人、車、車、車、それが終わったら、また人………。

高山は、あまりの人と車の量で通り過ぎるだけになり、郡上八幡は何とか駐車場を確保したのは良いけど、人の多さで愕然。気温も高いので暑い!すごかったです。。。

まぁ何はともあれ、今は長良川の鵜飼で有名な温泉街のホテルで一泊。美味しい食事も済んで、この後、温泉につかってノンビリしました。

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・郡上八幡の旧八幡の役所跡

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・東海北陸道のサービスエリア

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・2日目に泊まったホテルの窓からの風景。2階なので、あんまり景色は良くない。


3日目は、岐阜の長良川のホテルから出て、岐阜公園を午後までゆっくりと散策していました。2日目も郡上八幡城に行く予定だったんだけど、もう、大渋滞&車を止める駐車場無しの状態で逃げ出してきたけど、今日は、何とか車を止める場所もあって、ゆっくりと散策することが出来ました~。 こういう時って、車って邪魔だよね~。

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・山内一豊・千代婚礼の地の記念モニュメント

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・織田信長居館跡前の織田信長公の銅像

金華山ロープウェーに乗って、岐阜城の展望台。すっごい良い眺め☆

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・岐阜城、、、 頂上で外観の写真を写すの忘れて、下界から(笑)

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・金華山へ登る途中の三重の塔

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・岐阜城からの眺め。見えている川は長良川。


緑豊かな公園内を色々と歩き回って、のどかな良い気分に使ってきました。 写真には撮らなかったけど、日本三大大仏の岐阜大仏も見てきました。

資料館とか見ていて、戦国時代、すごい時代だったんだなって改めて、そう思う。よく考えてみたら日本国内での「内戦」なんだよね、あれ。そう考えると、そういう時代を生き延びた血が、今もこうやって受け継がれているんだなってしみじみ思う。

資料館では、近代の歴史なんかも展示してあって、戦前、戦争中、戦後の写真とかも展示してあって、歴史というものと自分をいろいろと照らし合わせて考える良いきっかけになりました。


車にずっと乗っていたので、腰が痛いです。帰りは、中央自動車道の八王子方面が30キロの大渋滞で、抜けるのに3時間以上。やっとこさ、背骨を伸ばせました~。

ずっと、運転してくれたオヤジさんの方が大変だったかも。お疲れ様でした~☆

オヤジさん、旅行の計画を立てたりするのが好きで、おふくろさんも旅行が好きで。こういう恒例行事は私が2~3歳の頃に熱海に行った時からの年中行事になっているんです(骨形成不全という骨の折れやすい病気なのに、よく外泊に行ったもんだと今思うと驚きなのですが。)

ただ、いかんせん、びっちりと計画を立ててくるので、予定がきつくて、忙しい・・・もう少し余裕を保たせてくれるといいんだけどね・・・(笑)

でも、旅館では温泉に入ってのんびり出来たし、おいしい食事も出来たしで、満足で~す♪疲れたのは、贅沢な悩みかも~☆
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・写真は、2日目晩の食事。 この後、もっと豪勢になって、お腹満腹を通り過ぎて、パンパンでした

2007年05月02日

愛を伝え続けること。愛を与え続けること。

GW。
久々にゆっくりと生きています(笑)

昨日は、お子さんが生まれたばかりの友人宅へ遊びに行く。生まれたばかりの赤ちゃん、かわいい。「命」なんだよね。なんか、すごいって思ってしまった。

今日は、昼間、ちょっと買い物に出ただけ。後は寝てました。

29日は、日記でも何度か書いたヴァーチューズプロジェクトジャパンの総会があり参加。その後、私が参加しているNGO「アミウィングス」のメンバーとミーティング。
30日も、メンバーのご自宅でミーティング。

2日間とも、先日のタイの視察旅行の報告書作成絡みの確認と今までやってきたアフリカ・ザンビアのHIV/エイズホスピス支援のおさらいと今後の方向性と展開に関しての意識合わせ。

世界のHIV感染者の8~9割がアフリカの民であり、青年になるまでにに次々と亡くなって行っている。そのアフリカでのHIV/エイズの現状は、日増しにひどくなっていくような現状で、いくら支援をしていても砂の上に水をまいているようなものだなという感じてしまう。

タイでは、国策としてHIV/エイズ支援が行われ、それをバックアップしていくNGOがたくさんあるけど、アフリカでは貧困や社会風土、戦争なども絡んできて、悪化の一途をたどり、人間らしく生きていくことすらままならない状況の中でHIV感染が広がっていく。ここにはあまりに悲惨すぎて書かないけど、ほんど、人が生きている場所とは思えないような環境の中で生きている状態。

タイのように、国の政策として取り入れられるようになるまでに、「きっかけ」が必要なんだろうけど、どう、その「きっかけ」を起爆剤のようにしていくかが、問題なのかなと思う。

ミーティングをしていて、アミウィングスでは、そういうきっかけ作りをやって行きたい。タイの視察旅行でお世話になったバーンロムサイクルム・プアン チェンマイーヒロシマのようになっていけたらとそう感じた。特にクルム・プアン チェンマイーヒロシマの沖村さんの熱い想いというか、クルム・プアンを作った時の話を聞いていて、いろんな意味で励みになった感じがする。タイで出来たこと、きっと、アフリカでも出来るって。

今、本当に激動の中にいると感じる。全てが変わるとき。その過渡期。だから、一つ一つがとても大切な時だと思うし、だから、おもしろい時なのかもしれない。

そういうときだからこそ、

「愛を伝え続けること。愛を与え続けること。」

は、とても、大事だと思う。

いかにも在り来たりな言葉だと思うけど、実は、これほど、深い言葉はないように思うし、希望の言葉はないように思う。私たちは、幸せになるために生まれてきたし、どこの国、どこの人種、どこの宗教であっても、同じだと思う。地球、そして、この世の全ては家族であり、仲間であるのだから。だから、共に生きるためのことを、自分の出来るほんの少しのことでもやっていきたいってそう思う。私自身が、この世に生かされているその恩返しとして、少しでも還元していきたい。

タイでの報告書と今のアフリカの現状、HIV/エイズそのものへのアプローチなど、WEBに載せていくため、いろいろとまとめています。まとめたら、この日記でも紹介していきたいと思います。