2007年05月29日

生と死

生と死は同等のものだと私は思う。生も必要だからあり、死も必要だからある。そして、自ら死を選ぶのも、病気や事故などで死に行くのも、老衰などで自然死することも、そこに必要だから存在していると私は思っている。

生によって、出来ることも多々あることも事実。
死によって、刻まれることもあるのも事実。

だからといって、死を選べとは言わないけれど、でも、そこにもいろんな想いや繋がり、そして意味があるということを私は感じているし、そう信じたいと思う。

以前、朝日新聞の「家族 千の風になって」という連載記事に、「ある女優からの手紙」という題名で江角マキコさんのインタビュー記事が載っていた。父を高一の時に亡くし、母と弟と妹で生き抜いてきた。「父の分も・・・」と貧しくとも共に力を合わせて生き抜いてきた。その弟が一昨年、胃から脳にガンが転移、去年の春頃、36歳で死去。

江角さん曰く。

「今日がある――。こんな当たり前のことが私たちにとっては、幸せです。開いて置いてある窓辺の本が、そよ風でページがめくられるような何げない毎日。幸せなことです。 」

今日、息をすることができる。
今日、歩くことができる。
今日、お日様に当たることができる。
今日、風を感じることができる。。。。。

そうやって、幸せを感じて、一日を無事終え、明日を迎える。

当たり前のことなんだけど、本当は当たり前のことではないのかもしれない。
こうやって、この時、この地に生きられるのは奇跡なのかもしれない。

今日、こうやっていられること、こうやって日記を書いていられることがありがたいと、私はそう思う。

そして、昨日、そして、今日のこの時までに、亡くなれた沢山の方々に。安らかに、そして感謝を。

※江角さんの記事は、朝日新聞→アスパラクラブ→「読み物」→「家族」で読むことができますが、会員登録(無料)が必要です。
 アスパラクラブ http://aspara.asahi.com/

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