2008年9月 8日

ヤマアラシのジレンマ

昔々。
あるところに、2匹のヤマアラシが住んでいました。
ある日の寒い夜。
寒さを耐え凌ごうと、2匹のヤマアラシは、近づき、寄り添い、互いの身体を温め合おうとしました。
しかし、近づけば近づくほど、互いの身体から出ている針で相手を傷つけ合ってしまい、近づくことができませんでした。
温もりを感じたい。
でも、針で身体を傷つけて痛い。
そんなジレンマの中、互いは傷つかず、尚かつ、温もりも感じられる距離を少しずつ見つけていきました。
次第に、互いの距離感を見つけだし、2匹のヤマアラシは、その後も幸せに暮らしました。


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昨日のBe-inの最中、内観していたときに、何故か、フッと思い出した有名な寓話。
ショーペンハウエルの随想録に収められた「ヤマアラシのジレンマ」。
心理学者フロイトが書物でこの寓話を引用したり、その後も人間関係の構築の仕方として様々な書物で紹介されている。
10年近く前に流行った某アニメでは「ハリネズミのジレンマ」として紹介され、主人公の心の動きを表していた。

人の温もりを感じたい、寄り添いたいと、距離をもどかしく感じ近づきたいと思う自分。
でも、身体や心が傷つくことが怖いからと、距離を置いてしまいたいと思う自分。

人のことを、信じているのか、信じていないのか。
自分のことを、信じているのか、信じていないのか。

人を傷つけるのが怖いのか。
自分が傷つくのが怖いのか。

人と人は、ちゃんと、寄り添えるのだろうか。
自分は人と、ちゃんと、寄り添えているのだろうか。

「ヤマアラシのジレンマ」

傷つくことを恐れていては、何も解決出来ないのはわかっているのだけど、どこかで保身してしまう自分がいて。
そして、そういう自分の心が、知らずにウソをついてみたり、ごまかしてみたりする。
そのことの方が、自分も相手も傷つけることはわかっているんだけど、どうしても、スイッチが入ってしまう。

自分の中のこの「ヤマアラシのジレンマ」に、終着点があるのだろうか。


本物のヤマアラシは、友好的な相手には針を横に折りたたむようにして、ぴったりと身体を寄り添うことができる。
「距離」を計り取って決めているのではなく、自らの意志で針を折りたためる相手かどうかを決め、寄り添いたい相手なら針を折りたたんでぴったりとくっついてしまう。

本当は"心の中のヤマアラシ"の身体にも人を傷つける針なんて存在していないのかもしれない。
自分の心で針を折りたためればいいだけのことなのかもしれない。
距離感をつかむ事が幸せなのではなく、やっぱり、ぴったりと寄り添えることが幸せなのかもしれない。
距離感をどう取るかが大事なのではなく、寄り添いたいか寄り添いたくないか、それだけのことなのかもしれない。

今は、自分でもよくわからない、、、、、けど、よくわかりたい。。。。

そう思う。

----------<お知らせ>------------
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