2009年5月11日

「奇跡は起こせる。たった一人から」(5月9日から、5月17日へ)

5月9日。
朝霞で行われた

ハッピークローバル主催!
「☆てんつくマン・奇跡の連鎖のトークライブ☆」
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/05/200959.html

来て頂いたみなさま。
本当にありがとうございました。
約100名の方々が来てくれたこと、とても、うれしく思っています。
感謝しています。



てんつくマンがイベント中で語っていた話。
印象深かった一言があった。

「奇跡は起こせる。たった一人から。」


・・・・・そう、あの日だったっけ。。。。。。

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2001年9月11日。
アメリカで起きた事件。
崩れゆくビルと共に多くの人が亡くなった。

世界という現実を見せつけられた瞬間。
知らぬ間に、世界は、限界まで来ていたんだ。

あの事件は、自分の中のスイッチを入れてくれた。

"悲しみに暮れ、涙で頬を濡らす日が二度と訪れませんように"
"全ての人が共に笑顔で生きられる世界になりますように"

そう自分の心が叫び、自分の魂が動き出した瞬間だった。

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アフガニスタン。
アメリカで起きたその事件の怒りの矛先にされてしまった国。
その地は、数十年もの間、世界から取り残され、度重なる内戦と戦争と地球温暖化による干ばつによって、1秒後の命すらも保証されていない人々が沢山いた。

2001年10月7日。
そんな荒れ果てた大地に住む人々に向けて、怒りと正義という名の一方的な空爆が始まり、雨あられのように爆弾が降り注がれ、町は炎に包まれていった。

2002年1月。
私が所属していたNGOで一緒に活動していた友人たちが、アフガニスタンに住む民間人を支援する為に飛び立った。
私は、支援に向かった友人たちを日本の地から支える業務に携わった。

彼らから送られてくる情報をWebにまとめる仕事。
そして、支援のための募金を集める仕事。

支援先から送られてくる写真とそこに住む人々の言葉は、どれも、胸を刺すような痛みを覚えるものでしかなかった。
でも、そんな中にも輝く命があり、そんな中にも輝くような笑顔の子どもたちの姿があった。
その光景に胸を震わせ、"世界は絶対に変わる"と希望の炎を燃やしていった。

2002年1月のアフガニスタン支援の時に、友人たちが向かった場所。
パキスタン国内、アフガニスタンとの国境線に近い街、イスラマバードにある難民居住区。
アフガニスタンと旧ソビエトとの間で長い間繰り広げられてきた戦争で逃げ延びた人々がそこに暮らしていた。
10年以上も"支援"という言葉から見放されたその居住区は、すでにスラムのような状況にあった。

そのスラムに長年住んでいたおじいさん。
彼から話される言葉は、それは、凄まじい内容のものだった。

支援に訪れた友人はおじいさんに涙ながらに語った。
「希望を捨てないでください。」

でも、そのおじいさんはこう答えた。

「私達は今まで自分の意志で、未来を決めることができなかった。私達の意志に関係なく、アメリカやソ連の大国にコントロールされてきた。そして、今も同じだ。ここに来てもう10年以上もたつが何一つ問題は解決されない。」
「あなた達が希望を失わないでほしい。あなた達には力がある。世界一豊かなあなた達が動けば問題を解決できる。だからあなた達が希望を失わず、勇気を出して行動してほしい。」

そう。
世界を変えていくのは、誰でもない。
私たち一人一人の力なんだ。。。。

参考:アフガニスタン難民支援報告
http://www.chikyumura.org/fund-raise/international/afghan/message/messe02.html

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その9ヶ月後。
東京都心で平和を願うイベントが開かれることになった。
911Be-in。

その主催者とは、すでに繋がりがあった。
彼は、一ヶ月に一度、イベントを開いていた。
911のあの事件後、そのイベントに友人たちと何度も顔を出していた。
平和を伝えるメッセージを送るために。
その繋がりもあって、招待状が届いた。

「2002年9月11日。世界の平和を祈る追悼イベントがあります。そこにブース出展しませんか?」

911のあの事件が起きた丁度1年後。
この日だからこそ、伝えられるメッセージがあるはずだ。。。。

自分には何の迷いは無かった。
すぐに出展申込をFAXで送った。

周りの人たちに協力を呼びかける。
ほとんどの人は反対だった。

自分の所属している団体では、講演会スタイルのイベントしかやったことが無かった。
しかも、その団体のコアとなっている人たちは、当時、南アフリカでやっていた国際会議に出席するために誰もいなかった。
そして、私は、イベントのリーダーを努めることすら、初めてだった。

反対されるのは、当たり前だった。
「辞めるなら今だよ」と何度も説得された。

でも、私は、掲げた旗を降ろさなかった。
絶対に、この旗についてきてくれる人たちがいるはずだ。
この日しか、世界を変えるチャンスは無い。

そんな強い想いで、絶対に旗を降ろすつもりも無かった。

しばらくした後。
一人、また一人。
私が降ろさなかった旗の元に集まってくれる人たちが現れ始めた。
しかも、日本全国から。

当時、全国キャンペーンとしてやっていた「平和のメッセージ」という全国都道府県の知事や市町村の長の方々に書いてもらった平和への想いを集めたメッセージ集が数百通と届いた。
しかも展示しやすいようにすべてファイリングパッケージがされていた。
その他にも、千羽鶴や様々な展示物。

そして、実際にアフガニスタン支援に行っていた友人たちから、写真パネルとメッセージの掲載許可を頂いた。
その写真パネルの中に、、、、あのおじいさんの顔写真とメッセージがあった。
これをこのブースではメインに伝えよう。
アフガニスタンの現実もそうだけど、世界は私たち次第で変えていけると、その希望を伝えよう。

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2002年9月11日の当日。
最終的に集まってくれたスタッフ二十数名。
あのおじいさんの写真を中心に掲げ展示を行っていった。

色んな人がブースに来てくれた。
都心の真ん中にあった公園を貸し切った野外イベントだったので、
近くの会社に勤めている方々が、沢山訪れた。
その中には、ちょっとヤバイ風貌の怖い人まで来ていた。
その怖い感じの人は、ブースに1時間近くも居座り、あのおじいさんの写真パネルをずっと眺めていた。
あの写真をみて、何を思っていたのかわからなかったけど、、、ずっと、眺めていた。

そんなお客様に混じって関西弁の若者が現れた。
彼は、数年前に大阪にあるお笑い系タレント事務所を辞め、今は路上詩人として活躍していた。
パネル展示を見回し、あのおじいさんの写真の前で立ち止まった。
彼の中で何かのスイッチが入った瞬間だった。

若者は夢を語っていた。

「映画を作ろうと思っているんです。世の中を天国にするための映画を。」

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彼は、数ヶ月後、『てんつくマン』という名前で生まれ変わり、世界を天国にするための映画制作のために若者たちを集め、沖縄、そして、アフガニスタンへと旅立った。
半年以上の撮影時間をかけ、彼は1本の映画をつくった・・・・。

その映画の名は『107+1 天国はつくるもの』。
完成した映画のラストは、、、、あのおじいさんの話だった。

2003年秋に完成したその映画は、日本全国で何百回、何千回と自主上映され、その映画を観て感動した人々の心の中のスイッチを次々に入れていった。
そして、2007年には地球温暖化防止のためのキャンペーン『Team GoGo』という名前になり、日本中に一気に広がっていった。

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今、私がメインで関わっているチーム『宇宙の約束』。
そのメンバーの大半は『107+1 天国はつくるもの』でスイッチを入れられた人々。
『Team GoGo』のメンバーだ。
あの映画の最後のおじいさんの話で感動して、スイッチを入れられた人々ばかりだ。

あの映画でスイッチが入ったしま平くんに、2007年12月、ある映画を見せられた。
『1/4の奇跡 ~本当のことだから~』
雪絵ちゃんの想い、そして、山元加津子さんの世界観に触れた。
今度は、私の方が、心のスイッチをガツンといられた瞬間だった。

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あのおじいさんが日本の皆さんに語った願いをみんなに聞いて欲しくて展示ブースを出した2002年9月11日。
それによってスイッチが入った若者が作った映画が、沢山の人々の心に伝わっていき、その心のスイッチを次々に入れていった。
『1/4の奇跡』の監督、入江さんもその一人。。。。
それが回り回って、自分の所に帰ってきてくれた形になった。

7年も昔の自分が心に願った想い。
その想いが繋がった友人たちと、5/17もイベントを行う。

5/17の素敵なチラシ。
これをデザインしてくれたのは、7年前の9月11日のイベント出展で、私が絶対に降ろそうとしなかった旗を、倒れないようにと、最初から一緒に支えてくれた仲間の一人だ。

あの時は、精神的に辛かったけど、それでも、やって良かったってそう思う。
そして、自分のやった事が、こうやって広がっていった光景を見て、嬉しく感じている。
そうやって繋がった仲間たちの存在が、とても、誇らしく思う。
大切な想い、大切な仲間。。。。こうやって共にイベントができるなんて、、、、有り難くて仕方ない。


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「奇跡は起こせる。たった一人から」

5月9日にてんつくマンが語った言葉。

この言葉の本当の意味を私も知っている。
一人の力から奇跡は起こせると、私も信じている。

そして、、、、あのおじいさんの言葉は、今もしっかりと私たちの心の中に息づいていると、、、、私は、そう確信しているのです。。。。


あのてんつくマンが「いいなの日」と定めた日5月17日。
是非、来てください。
周りの人に伝えて行ってください。
きっと、あなたの心にも、みんなの心にも、希望のスイッチが入るでしょう。
どうぞ、どうぞ、よろしくお願いします。
       ↓
------------<ご案内>----------------
2009/5/17 『宇宙(そら)色のピース(かけら)たち』
(『1/4の奇跡』上映+紺野大輝さん講演)
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/04/2009517.html
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こちらもよろしく!!
   ↓
---------<ご案内2>---------
2009/5/30 ☆私が講演します!☆
『Link to Peace vol.3  ~あるがままを生きること~』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/05/2009530_link_to_peace_vol3.html

---------<ご案内3>---------
2009/5/31「幸せの種をまくコーチング・ワークショップ」
出版記念講演会
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/05/2009531.html