2009年5月27日

「障がい者?だから、何よ?」

障害者 日ごろ差別感じる事例(毎日新聞 - 05月26日 10:42)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090526k0000e040013000c.html



「障がい者?だから、何よ?」

何かにつけて「障がい者だから・・」「障がい者だし・・」と、口癖のように言っていた過去の私。
そんな過去の私に対して、半ば呆れたように投げ放った友人の言葉。

「障がい者だから・・」「障がい者だし・・」って、その当時、自分としては「みんなの迷惑になるから」という礼儀のつもりで言っていたけど、今となっては「障がい者」という言葉を口実に使って逃げていただけだったように思う。


先日、友人の紹介で「動機が善ならば不可能はない ~スワンベーカリーの取り組み~」というイベントに行ってくる。
全国26店舗・280名の障がいのある方が働くベーカリーやカフェを出している株式会社スワンの海津歩社長の講演会。

スワンベーカリー
https://www.swanbakery.jp/

こちらに、その講演会の様子が写真で出ています。
https://www.swanbakery.jp/news/2009/052501_news.html
前の方に私の後ろ姿が・・・・(劇汗)

特に、ここの事業に興味があって行ったわけじゃなく、、、、(冷やかしかよ、、、、笑)
気の向くまま、思いの向くまま、参加してきたんですが。。。

ここの社長、よくわかっているかも~、なんて思ってしまった。
全てに賛同っていうわけでもないけど、8割方、凄い!って思ってしまった。

「障がい者だから」という言葉自体が、この社長にも会社にも無い。
健常者と障がい者の隔たり無しで雇い入れているが、会社なんだから、利益が出てナンボ。
だから、あくまで、お客様が中心。
お客様にとって、必要とされる商品を作る事がメイン。
障がいを持っていようが、甘さは無し。
一人前の社会人として駄目なことは駄目という。
最低限の境界線をはっきりさせ、その境界線に至っていなかったら、そこにたどり着くまで、本人に努力させる。
障がいを個々の個性として認め、その個性を最大限引っ張り出す。
そして、その部分にプライドを持たせ、責任感を持たせ、ガッチリと仕事をさせる。
もちろん、お給料も同等。。。深夜などの場合や働きの内容によっては、それ以上をもらえる。

会社としては、数倍大変なことが山積みだろうし、楽なことなんて、何一つないだろうし、そこまでいくまでのケアーはバッチリやっているのだから、、、、、
でも、その精神たるや、正直、凄いって思ったし、これが障がい者雇用の本当の姿なんだと思った。


私みたいなのが日本を歩いていると、良くも悪くも「障がい者だから」という"周りと区別する言葉"が必ずついて回る。
で、そこについてまわるのが「・・・だから、かわいそう」・・・や、、、、「・・・だから、何もできない」、、、、「弱者」、、、、今でいう「マイノリティー」、、、
健常者側の持つ見方だけではなく、障がい者側の人でも「守ってもらうこと、助けてもらうことが障がい者の当然の権利」って言ってしまう人もいる。

でも、それって本当なんだろうか?って、常々思う。

確かに私のように「骨が折れやすい」とか、命にも関わるようなこともあるから、そういう部分ではどうしても助けが必要になる。
転んではならないようにするとか、階段の上り下りなど日常的にも大変なところとか、、、そういう部分にはケアーが必要だと思う。
全く動けない重度の障がいもあるから、そういう方々にはセーフティネットというのも必要でしょう。
だけど、それはあくまで「必要最低限」であるべきだと思うし、その人の自立や自主行動までも奪い取ってしまうような「絶対的になんでもかんでも保護の対象」があってはならないと思う。


「平等」っていう言葉があるけど、それは「個々の役割や個性、生き方をお互いが認め、個々としてその生き方を正々堂々と出来る権利」に対しての平等だと、私は思う。

前に、小学校の運動会の徒競走で「世の中、みんな平等であるべきだから」っていって「みんなでお手々繋いで一斉にゴールする」っていうのを聞いて「本気でそんなことをやっているの?」って最初は半信半疑だったけど、、、、本当にやっている学校があるらしく。。。。
別にそれが悪いっていうわけではないけど、「なんで"足の速い子、遅い子"があってはいけないんだろう?」って思ってしまう。
コレは、心のどこかに"足の速い子は良くて足の遅い子は悪い""足が遅いとのけ者になってかわいそう"っていう前提があってしているのかもしれない。
「足が速い、足が遅い」だって、その子がこの世に生まれてきた役割だし、個性だし、、、、それそのものをちゃんと認めて、焦点を当ててあげることも必要だとそう思う。

それと同じように、「障がいがある」=「健常者と同じことができないからかわいそう」っていう前提で片付けるのではなく、障がいそのものが役割であり個性であり生き方なんだって考えたら、変に「弱者」として位置付ける必要もないし、変に囲いをつくって保護する必要もないっていうこともわかると感じる。
それに「過度な保護」って、逆に、お互いの相互理解が出来ない状況に追い込んで、新たな差別を生み出すこともあるしね。。。

私がよく講演に使う「ジグソーパズル」の話じゃないけど、変に気を遣って凹んでいる所がかわいそうだからと、別のピースをムリに変形させて合わせようとしなくていいし、逆に凹んでいるところを他に迷惑だからと、ムリに凸にしなくてもいい。
あくまで「自然」にその部分に補うピースが現れて、ちゃんと組み合わさるし、凸のところも凹のところも個性なんだから、その部分を自然に認め、補っていくこと、、、それが「あるがままの生き方」っていうことなんだと思うし、そんな自然な形でお互いが認め、補える社会が出来たら、良いなってそう感じます。


障がいを持っている自分は、社会には関われないし、関わっても仕方ないし、ジャマな人間だと、ずっと思っていた。
でも、今は、こうやって普通に会社にいったり、ボランティアをしたり、人前で話したりする。
「なんで、健常者でもやれないことを障がいを持っているあなたがやっているの??」って驚かれることもあるけれど、これも自分の役割だから。
障がいの有無なんて関係ない。

「障がい者?だから、何よ?」

ホント、この言葉通りなんだって、そう思う。


この友人の言葉で目が覚め、障がいを持った私だから出来た「Link to Peace」を精一杯お話しますので、是非、来てください♪
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2009/5/30 ☆私が講演します!☆
『Link to Peace vol.3  ~あるがままを生きること~』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/05/2009530_link_to_peace_vol3.html