2009年10月27日
人は人の中で生きている
25日の夜、10/11にあったオープンハートの会のイベントの打ち上げがあった。
スタッフやお客様など、みんなであの時を振り返っていった。
私は、去年からこうやって講演活動を本格的にし始め、自分の存在というものを再認識し、そして、自分だから伝えられることがあるんだって知った。
先日、ある友人からのメッセージで、「あの時、本当に落ち込んでしまったけど、にぽぽさんの言葉で救われました」と言ってくれた。
私のちょっとした言葉で、再び、立ち上がってくれる人がいる。
すごく嬉しいことだ。
そして、こういう言葉が、私の生きる勇気となってくれる。
本当に、ありがたい。。。
自分は何も出来ないと思っていた10年前。
でも、人のあたたかさを知ると当時に、自分という存在の大切さを知り、人から愛されていることを知り、人から必要とされていることを知り、人から認められていることを知った時、自分でも何かが出来るんだという生きる希望がわき上がっていった。
そして、今は、自分が発信していく立場に立ち、誰もが愛され、必要とされ、認められているんだっていうことを伝えたくて、講演やイベントスタッフなどをしているんだって、そう思っている。
打ち上げの後、自分として、これから、どういうことを伝えて生きたいか。
改めて、そんな考えにふけっていたら、昨日の首相の所信表明演説が飛び込んで来た。
テレビを見ている暇が無かったので、朝、ネットで配信されている全文を読んで、泣きそうになった。
そう。
私が伝えていきたいのはこの世界なんだって。
なんだか、とても嬉しくなった。
首相官邸「第173回国会における鳩山内閣総理大臣所信表明演説」
政治的な観点から見てしまえば、細かいことで色々と突っ込み甲斐のある代物なのかもしれない。
が、私には、政治がどうのこうのよりも、これは単なる所信表明ではなく、大切な言葉の数々が散りばめ私たちがこれから目指すべき指針、生き方を示してくれているように思えた。
私たち、一人ひとりが見つめ直さなければならない。
思い出さなければならない。
あるべき姿。
本当に求めなければ成らない生き方。
これからの時代の歩み方。
それらを、淡々と教えてくれているように感じた。
この所信表明に示された日本を作り得るのは、政府でも首相でも議員でもない。
私たち、一人ひとりが腹に落として作っていかなければならない日本の姿なのだろうとそう思う。
人は誰かの為に生きている。
人は誰かがいるから生きている。
・・・人は人の中で生きている。
これは真理なのだろう。
ジグソーパズルの話と同じ。
一つのピースでは何も出来ない。
でも、それらが組み合わさって、はじめて一つの絵を成すことができる。
人は、生きているだけで、誰かの為に、誰かと共に生きている。
見えない絆や想いに結ばれ、助け合って生きている。
共に喜び、そして、あるときには共に泣く。
そうやって、共に生きていることを決して忘れてはいけない。
そして、そうやって、誰もが、共に生きているんだと知った時、生きる喜びが身体の奥底から沸き上がってくるのだろう。
自分も、昔そうだったように。。。
生きたくても生きられないと泣いている人がいる傍らで、生きていくことが辛いと泣いている人がいる。
本来なら、誰もが平等に愛が与えられ、誰もがそれによって守られているはず。
なのに、誰もが平等に自分が望んだ世界の中に生きているとは思えなかったり、誰もが平等に愛が与えられ生きていると思うことが出来ない苦しい現実があちらこちらに転がってしまっている。
でも、そんな時でも、どんな時でも。
誰かが、そばにいてくれていることを。
誰かが、必要としてくれていることを。
誰かが、受け止めてくれていることを。
知っていてほしいのです。
覚えていてほしいのです。
そして、そのことが、生きるという選択肢を思い起こさせ、生きるということを選ぶ力になって欲しいのです。
誰もがそうやって生きたいと思える世の中へ。
必要なのはコンクリートのように痛々しく冷たく重苦しい世界ではなく、人のぬくもりに包まれた優しく清らかな世の中へ。
そういう世の中にしていくためにも伝えていきたいのです。
この世界を光に導くためにも、、、
私は、生がある限り歩み続けていきたい。。。。
・・・そう思います。
--------------<お知らせ>-------------
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- by Nipopo
- at 23:23





























やっぱり「今」という時代を象徴している事件だったんだなって改めて思った。これを読んだだけでも、なんか、いろいろなことを考えてしまう。単なる企業の問題だとか、そんな単純な話だけではすまないような気がします。社会、全てが起こした事故であり、明日、自分に降りかかる事故なのかもしれないし、自分が起こし得る事故なのかもしれない。
日本橋の仕出し弁当店に生まれた青島さんは、少年時代から江戸っ子気質のガキ大将。だが、早稲田大4年の秋、ろく膜炎で療養を余儀なくされる。「医者が深刻な本なんか読んじゃだめっていうもんだからラジオで落語や漫才ばかり聴いていた。そうしたらこれならオレ書けるって……」と1956年、漫才台本で放送作家としてデビュー。














AP通信によると、2日午後9時37分(日本時間3日午前4時37分)、
欧州での共産党政権の崩壊に寄与し、過去26年間にわたり、
全世界で12億人といわれる信徒を持つカトリック教会を導いてきたローマ法王ヨハネ・パウロ2世が長い闘病生活を末、
84歳で死去した直後、バチカン法王庁国務省副長官のレオナルド・サンドリ大司教は、サン・
ピエトロ広場でまだ明かりがともった法王の自宅の窓の下に集まった7万人もの信徒に向かって、「今晩は、
われわれは孤児になった気分です」と語りかけた。 法王の死去を伝える哀悼の鐘が数回鳴り響くと、
集まっていた信徒は一瞬、驚きとともに沈黙の時が流れた。泣き崩れる人々の一方で、イタリアの伝統に従って、
重要な人物が死去すると、弔意を表すために手をたたき始める光景も見られた。 法王庁によると、
法王死去後の最初のミサは3日10時半(日本時間3日午後5時半)から行われ、法王の遺体は4日午後までにはサン・
ピエトロ大聖堂に移される。バチカンは、葬儀は6-8日の間で始まり、4-6日間執り行われるとしている。
法王の死去に伴って何世紀もの間行われてきた慣習では、バチカンの侍従は、法王の死を、
法王の額を銀の槌で3回叩くことで公式に確認し、枢機卿会議が招集され、侍従は、
法王の手紙に使われる鉛の押印を作るのに使う金型を壊すとされているが、それが執り行われたかどうかについては、
法王庁は明らかにしていない。法王の死去、9日間にわたって喪に服すことになり、この間、葬儀が行われ、
ここ数世紀は法王の遺体はサン・ピエトロ大聖堂内に安置されている。1978年にパウロ1世が死去した際には、
約75万人が3日間にわたり、弔問した。埋葬はこれまでの慣例で大聖堂の地下に埋葬されるが、
パウロ2世は郷里のポーランド南部のクラクフにあるバーベル大聖堂に埋葬されることを望んでいたという憶測もある。
法王が埋葬について具体的に指示を残していたかどうかは明らかになっていない。 次期法王の選出は、
世界中の枢機卿がローマのバチカン市国に招集され、法王の死後20日以内に、
80歳未満の枢機卿によってコンクラーベと呼ばれる次期法王を選ぶ投票が行われる。次期法王候補と見られているのは、
ドイツ人でカトリックの教義を統括する教理聖省長官のヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿、ブラジル人のクラウディオ・
フンメス枢機卿、 ホンジュラスのオスカル・アンドレス・ロドリゲス枢機卿、在バチカンでナイジェリア人のフランシス・
アリンゼ枢機卿、オーストリアのクリストフ・シェーンボルン枢機卿、イタリアのディオニーギ・
テッタマンジ枢機卿などとされている。 【了】

