2009年8月15日

『この世界の片隅に』

『この世界の片隅に』
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前から気になっていたマンガ。
『夕凪の街 桜の国』を書いた、こうの史代さんの作品。
電子書籍で手に入れて、じっくりと読んでみた。

あの時代にも、人という温かさがあったこと。
普通の生活があったこと。
笑いがあり、笑顔があったこと。

平和ってなんだろう。
幸せってんだろう。

あの不自由で、不条理な時代にも、平和があり、幸せがあったんじゃないだろうか。
本当の平和や幸せって、今よりもあの頃の方があったのかもしれない。

戦争というと、何か悲惨な事ばかりが目につく作品が多いけれど、この作品では、その過酷な生活の中にもあった平穏で心通わす生活を中心にしっかりと描いていた。
もちろん、食べ物が無かったり、空襲や原爆などで数え切れないほどの人が多く亡くなったりもした。
でも、その先にはきっと平和があるんだと”戦争”というものを信じ、今は苦しくとも、笑って生き抜こうと懸命になっていた人たちも多くいたのは、確かだとそう思う。

昔、学校の授業で、戦争を題材にした授業があり、いかにも「戦争は過ちです。やってはいけません。」と言わんとさせるような代物にカチンときて、「あの時の人たちは、その先に平和があると信じていたんじゃないですか?そんな中にも命を奪うことはいけないって想っていた人もいたんじゃないですか?そういう人たちのことを棚に上げて、戦争は悪い、あんなことをしてはいけない、なんて一方的に言うのはおかしいんじゃないですか?」って教師に噛みついたことがあった(私は、昔から捻くれていたヤツです。たぶん、死んでも治りません、苦笑)

別に戦争を美化する気はなかったけど。。。。でも、そうやって生き抜いて、死んでいった人たちの心もちゃんと見たかった。
日常という生活もちゃんと見たかった。
その人たちが戦い、生き抜いてきてくれたから、私たちの命があることは、どんなことがあっても消えない事実だと思う。
だから、そのことを最大限に敬わずして、平和だの、なんだのって語っていいのだろうかって、学生ながらそんなことを思っていた。

確かに今覚えば「アジアに平和を」などというまやかしに踊らされ、取り返しのつかないとんでもない過ちを起こした時代だったと思う。
自国にしろ、近隣祖国にしろ、どれだけの血が流され、どれだけの人生を奪い、心を奪っていったか。

でも、そんな状況下でも、明日を信じて、命を燃やして生きていた人たちがいてくれたおかげで、今がある。
不条理だとは思うけど、、、それも紛れのない事実であり、その人たちの血が、今の自分たちの血の中に生きている事実は変わりない。

だからこそ、当時の人たち、一人ひとりの想いを余すことなく、しっかりと受け止め、しっかりと覚悟を決めて、生きていかなきゃってそう思う。
兵器を持つにしろ、持たないにしろ、なんにしろ、どんなことにしろ。
どこまで覚悟があるのかって。。。それだけ重たいことを、今を生きる私たちは背負っていけるのかって。。。。

だぶん、その覚悟を一人ひとりが決められた時、本当の意味での平和や幸せが産まれるんじゃないかって、そんなことを思っています。

自分には、その覚悟があるのかな。。。。。

15日は、終戦記念日。
本当の意味の平和って、何なのか、色々と感じてみたいとそう思います。

--------------<お知らせ>-------------
【ご案内】8/22 『107+1~天国はつくるもの~Part1』上映会 in 川口

【ご案内】2009/9/13『地球環境ハーフディセミナー』 in 市川

【ご案内】2009/9/26「いま、この時代に生きる仲間たちへ ~愛と希望の贈り物~」(永井&にぽぽコラボ講演会)

【ご案内】2010/1/16 ☆奇跡のコラボレーションイベント☆ てんつくマン×入江富美子監督×中村文昭氏

2009年7月28日

川村かおり

昔、良く聞いていました。
私の青春にとって、渡辺美里さん、永井真理子さん。
そして、川村かおりさんは、切っても切れませんでした。

彼女は、自分にとって、アイドル以上にアイドルのような存在。
楽しかった日も、悔しかった日も、ずっと、彼女の歌と共に歩んできました。
悲しくて眠れない夜は、夜中、彼女のラジオ番組を聞いていた。。。
クラスメートとかとも話すこともない自分にとっては、ラジオの彼女の声は、友だち以上の存在でした。

ソビエトのこと、中国のこと、世界中で起きていること。。。。
なぜ、世界は国境という見えない線で区別されて、その間で争いばかりをしてしまっているんだろうと。
そんなことをホンキで思い、そんなの無くなればいいのにとホンキで願ったのも、ハーフだった彼女の歌や彼女の想いからでした。

最近になり、ガンに犯されているときいて驚き。
体中への転移で苦しむの中、お子さんと乳がん撲滅のために何度も立ち上がろうとする力強い姿は、昔も今も変わってませんでした。
久しぶりにCDを引っ張り出して、改めて聴くと、やっぱり、自分の今の想いの欠片は、彼女の歌が出発点だったんだなってそう思いました。

歌詞にある「何のために生まれてきたか」を、最後の最後まで、ずっと探していた人だったのかな。
39番目の夢、見つけられたのかな。

今日、ガンで亡くなりました。
忌野さんのようなビックネームではない彼女だけど。
38年間の年月。
たくさんの願いをこの世に残してきた人だったと思う。

心より、ご冥福をお祈り致します。

川村カオリ、死去(バークス - 07月28日 18:50)
http://www.barks.jp/news/?id=1000051493

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川村かおり / 39番目の夢
作詞:KAORI/高橋 研 作曲:高橋 研
Hippies (1990年7月21日発売)より

明日も友達に会えますように
大好きな人と 明日も会えますように
君と僕とは違う人間だから なんて食い違いはないほうがいい
言葉が心の反対車線を走りませんように
片思いが少しだけ伝わりますように
泣くことが少なくなりますように
泣くことが1万回あったら 笑うことが100万回はありますように
笑ってばかりで退屈になったら 辛いことを少しください
水族館の魚が いつか海へ戻れますように
渚で彼らにあったら 挨拶かわせるかな
動物園の動物が 自分の国に戻れますように
盲導犬に 星の在り処がしっかりと見えますように

手を伸ばしても届かない夢に
僕のブーツに絡まる現実
できるだけ できるだけ 近づけたいと
思う僕でありますように

成功した人を妬んだりしませんように
妬んだとしても、自己嫌悪に陥りますように
外国にしかない野菜を買うよりも つくしんぼを探すのが好きで 人の痛みが分かっていられますように

一生歌が歌えますように
歌が僕の人生を、きっと超えますように
初めてのLIVE! あの身体の震えを忘れませんように
僕が泣いたり怒ったりすることが 何かにつながりますように
毎年 4月には きちんとタンポポが咲きますように
その綿毛のように みんながふわふわと自由でいられますように
氷河期が来ても Tシャツ一枚で平気な日がありますように

幾千万も溢れ出す夢に
この胸の中 やせっぽちの現実
あきらめず あきらめず 近づきたいと
唄う僕でありますように

全ての兵器が一瞬で消えますように
原子力発電所が無くなりますように
中国に平和が訪れますように
誘拐や強盗が無くなりますように
軽はずみなSEX その落し子が減りますように

あの日のことを君が忘れてくれますように
嫌いだと言った僕のことを 忘れてくれますように
僕の記憶から消してしまいたいものが この夢からさよならしてくれますように

この国がもっともっと好かれる国になりますように
誰にでも優しい国でありますように
死刑になる人も する人もいないほうがいい
病気だって この世に無いほうがいい

何のために生きているかなんて 一生解りませんように
死ぬまで解りませんように
死ぬまで・・・



--------------<お知らせ>-------------
【ご案内】2009/8/8『1/4の奇跡』上映会 &入江富美子監督講演会in町田
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/07/200988.html

【ご案内】8/22 『107+1~天国はつくるもの~Part1』上映会 in 川口 
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/07/822_1071part1_in.html

※その他にも、9月26日聖蹟桜ヶ丘で、10月11日三郷市で講演させてもらいます。予定を空けておいてくださいね。よろしくお願いします。

2009年6月23日

この時代に生きているからこそ・・・・

珍しく半月ぶりの日記です。
言葉が浮かんでは消え、、、文章になりませんでした。


6/21 夏至の日。
江戸川区小岩にある密蔵院にてキャンドルナイトでした。
友人たちが企画していたイベントです。

毎年あるキャンドルナイトキャンペーンの日。
いつもは、一人で過ごしてきたのですが、今年は、多くの人たちと共に時間を過ごしました。

この日の密蔵院でのキャンドルナイトのメインテーマは「平和」。
広島に落とされた原爆の残り火を心ある人たちが守り続けてきた福岡県星野村の「平和の火」。
その「平和の火」でキャンドルが灯され、ゆっくりとした時間の中でその灯火を見つめながら、「平和」について聴き、語らい、感じ、考えていくというものでした。

このイベントで聴いた原爆の被爆者の方々や最前線で戦い抜いてきた方々の戦争体験のお話は、とても重く、とても辛く、とても悲しく感じてしまう。
だけど、それでも、こうやって生き抜いて、こうやって語ってくれる方々がいてくれるからこそ、私たちは、遠い日のことを今なお心に刻みつけることが出来る。
改めて、戦争とは何なのか、平和とは何なのかを、思い起こさせてくれる。
この人たちがいてくれ、自分の体験を語り継いでくれたからこそ、私たちは、今もなお、数十年も間、直接、戦争を体験することも無く生きてこられている。
そう思うと、彼らの想いをちゃんと後世に伝えられるように、しっかりと生きていかないとって思ったし、そういう”生きる責任”というものを感じずにはいられませんでした。

原爆で屍の山と化して亡くなった方々の傍らで灯り続けていた「平和の火」。
悲しみや憎しみが生んだ炎なのに、60年以上経った今では、愛の溢れる安らかで温かい灯火になっている。
その灯火の中で、密蔵院の住職さんのお話やかぜよしさんやmiiさんの歌など、様々な立場の方の平和への想いを聴くことができ、私の心に平和への光を当ててくれる。
そんな貴重な時間となりました。

「お互いの垣根を乗り越え、この地球に、いのちあるものとして生きていることを感じ、共鳴し、共有することで、心の底から平和が産まれる。」
イベントが終わった後、そして、今でもそんな想いが私の胸の中でこだましています。



密蔵院でのキャンドルナイトから帰る時、友人が言った言葉。
「あの時に亡くなった人の心を供養するためにも、今の時代に生きている人たちが笑顔で暮らしていくことが大切なんじゃないだろうか」

今日は、沖縄慰霊の日。
ひめゆりの塔など、沢山の人々が苦しみと共に亡くなっていった事実がそこにはあります。
それと同時に、白旗と共にガマと呼ばれる地下壕から這い出て投降した人たちは、アメリカ軍に身柄を保護され、今なお生き延びることが出来ていることも、事実としてあります(全体からしてほんの数%程度と数少ない話ですが)。

「お国のために」と死を選ぶ勇気には、心底、感服します。
この方々がいたからこそ、私たちが生きているのかもしれません。
だけど、「アメリカ兵に殺されるぞ」「お国のために」と、様々な批判と罵声と怒号を浴びながらも、ガマから這い出て投降していった人々の勇気にも心底、感服します。

そして、私は思うのです。
これからの時代に必要な心は「投降していった人たち」の「恐怖や怖れなど、ありとあらゆる垣根をも飛び越えて生きていこう」とする勇気の方なのではないかって。。。。

「自らの心から、全ての戦いを放棄していく」

他の人からみたら、甘い考えでしかないのかもしれないし、俗に言う「平和ボケ」でしかないのかもしれないけれど、でも、その甘い考えを自ら選ぶ勇気こそが、これからの時代に本当に必要な心であり、希望なんじゃないかって、そう思うのです。

その為にも、いつも笑顔でありたいし、笑顔を広めていきたい。。。そう思っています。
この時代に生きている私たちだからこそ、大切なことだと、そう思っています。


5/30の阿佐ヶ谷であったLink to Peace Vol3のイベント内で上映したビデオを載せます。
911にあの事件以降、自分がどんな想いで国際支援や平和活動をやってきたかを伝えたくて創ったものです。

一番最初は、911。

前半は、アフガニスタン支援へ赴任していた友人達が日本に送り続けてくれた写真。
地球の映像をはさみ、後半は、今、私が関わっているアミウィングスの支援先アフリカ・ザンビアでの写真。

最後の方には、支援先の子どもたちの笑顔。
そして、一番最後は、アフガニスタン支援先の地雷原に咲いていた小さい赤い花で終わります。

どんな状況であっても、どんな残酷な世界であっても、 皆の心に、笑顔の灯火が広がっていってほしい。
皆の心に、人々を癒す小さな花が咲いていて欲しい。

私自身も、この小さな花のように人々を癒していきたい。
みんなにも、この小さな花のように咲いていてほしい。
そんな想いを、KOKIAの「戦火の花」に乗せています。

生まれて1度も戦争を知らないこの国に、この身体で生まれた私だから思える想いや願いが、今、なお闘い続け、傷つけあっている世界の果てまで届いていき、その心が癒せる日が来ますように。。。。。。
今、思える精一杯の願いです。



----------<お知らせ>---------
この宇宙の真ん中で、あなたという「いのち」に出逢えた奇跡。
その一人ひとりのいのちを大切にしたいと思い開くイベントです。
どうぞ、ご来場ください。よろしくお願いします。
         ↓
【お知らせ】2009/7/11 『愛と感謝で紡ぐいのちの奇跡』
      (『宇宙の約束』上映会+しま平&にぽぽダブル講演会)
http://www.deep-eco.org/myblog/archives/2009/06/2009711.html

2009年1月12日

成人の日

11日は、チーム『宇宙の約束』のメンバーと新年会。
スタッフのご自宅で、カレーパーティと12/13に納めた講演会のビデオ上映。
いやぁ-、美味しかった~☆
楽しかった~☆
みんなと話していて、色々な想いが沸き上がる中、チームとしての1年の目標もなんかイメージ出来てきたし、今年もこの仲間たちと色々とやっていきたいです!
今年もすごいものになっていきますよ!


12日は、成人の日。
式典を11日にやったところもあったみたいで、電車の行き帰りにそれらしい方々たちも見かけられた。

私が成人の日を迎えたのは、16年前。
あの時は、絶えずもやもやとしたものを心の中にため込み、「成人式?くだらない。」「どうせ、すぐに死ぬんだから」などと家に閉じこもっていた。
何がしたいわけでも、何の夢があるわけでもなく、冷めたような想いと同時に、どうにもならない喜怒哀楽をコントロールするので一杯だったように思う。

成人の日になると、マスコミでは、成人式で若者が暴れただのなんだのって、そんなニュースばかり。
こんな状況なら、取って付けたような式典をやって、連んでいるだけの代物なんてやめてしまえばいいと思うのだけど、どうなのだろう。

この日だからこそ、誰に会うわけでも、誰と連むわけでもなく。
一人一人が、今、何が大事なのか、自分は何でここにいるのか、何のために生まれたのか、感じて欲しいなってそう思う。
そういう時の想いって、ほんと大切だし、答えが見つからなかったとしても、その後に得られるものや生き方なども決まってくるような気がします。

私が成人式の時に、ずっとリピートで聴いていた曲。
クレヨン社の「痛み」。
今、改めてこの曲を聴いていると、あの時に感じてた想いが沸き上がってくる。
そして、なんだかんだ言っても、その頃の喜怒哀楽は今の自分の身となり骨となって、形成しているなってそう思う。


クレヨン社 痛み

かなり古いプロモーションビデオだし、インディーズだったころの自作らしいので、ひどい代物だけど。。。。まぁ、良いか(笑)


---------<お知らせ>-----------

2009/1/31『Link to Peace Vol.1 ~パレスチナを伝えたい~』in 八王子
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/01/2008131_link_to_peace_vol1.html

2009/2/11『1/4の奇跡 ~本当のことだから~』自主上映会 in 千葉県市川市
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2009/01/_in_1.html

2008年11月10日

11/8 ありがとうございました!

【ご案内】11/8『過去から未来へ ~変わりたいあなたへの贈りもの~』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/10/118.html

来て頂いた皆様。
気にかけて下さった皆様。
応援してくださった皆様。

本当にありがとうございました!

予想を超える30名ものお客様に集まって下さって、ほんと、感激しています。

どんなことを感じてくれたでしょうか。
どんなことを持ち帰ってくださったでしょうか。

『ヤマアラシのジレンマ』とか、一か八かで突っ込んだネタとか、一昨日、フッと湧いてきた想いとか、時間限界一杯まで、ありったけの想いを伝えたつもりですが、贅沢なもので、今、思うと、あれもこれも言いたかったなっておもっていたりもします。
でも、言えなかった言葉も、その時に必要が無かった言葉だったと思うし、必要な言葉しかふってこなかったと思うから、OKなのかなって思います。


少しでも、生きる糧になってほしい。
少しでも、明日への希望を持って欲しい。

今は、だめでも。
でも、次はある。

飛び方なんてどうだっていい。
飛ぶ勇気が必要なだけ。
飛びたいか、飛びたくないかだけ。

色々な経験で人は生きているから、いろんな想いで生きているから、すべての人が出来ることとは思わない。
でも、そのどの経験も自分にとっての糧になっていることを知ったらきっと大丈夫、
どんな小さくても、どんなちょっとでも良い。
自分を変えてみることを自らしてもらえればってそう思う。

阿部さんの話にもあったけど、「大丈夫」という言葉の意味。
この言葉の意味を胸に抱いて勇気に変えて欲しい。

あなたのトビラを開くのは、あなたです。
きっと、そこには光輝く世界が待っています。
きっと、あなたにとっても、これからにとっても、大切な大事なところになるはずだから。
歩み出すこと、、、ほんと、そのことを願っています。


昨日来てくださった皆様へ。
心を込めて。
ありがとう。
大丈夫だよ。
さぁ一緒に共に歩んで行こう。





-------<ご案内>-------
【ご案内】地球環境講演会 『水の惑星エコスフィア 2008 in 東京』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/10/post_31.html

【ご案内】12/13『宇宙(そら)からの贈りもの ~誰もが愛と感謝で繋がっている~』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/10/1213.html

2008年10月20日

"私"を生き続けること(36歳の誕生日に寄せて)

36年目。
この身体で生まれて。
この星に生まれて。
この時に生まれて。

すでに何人かの方からお祝いメッセージを頂きました。
ありがとうございます。

昨日の講演会の前日の18日は、予定を全部キャンセルして、久しぶりに家で過ごしながら、色んなことを考えていた。

私にとっての35歳という時は、公私共々、いろんな壁を突破できた歳でもありました。
今まで絶対にあり得なかった「人の前に立って、自分のことを話すこと。」
35歳の誕生日の翌日にはオープンハートの会でのイベントで出演させてもらい、それから、『1/4の奇跡~本当のことだから~』の上映会の合間などで幾度となく話す機会に恵まれ、今年の5月には単独講演会。
その後は、自分でイベントを企画。
今度の11/8にも、阿部さんと組んでコラボレーションに挑戦する。
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/10/118.html

「自分みたいな人間は、裏方でひっそりと生きていればいい」と思っていた私が、自分自身をここまで開示し、想いを伝えることなんて、今までの自分ではありえなかったこと。
「貴方の話をもっと聞きたい」と強く願ってくれ、いろいろな人と繋ぎ、背中を「ポン!」と押してくれた大切な親友をはじめ、様々な人たちが支えてくれたからこそ出来たことでした。
そして、そんな沢山の方々の想いの中で自分を開示していくことで、自分の役目、生き方を改めて見つけ出していったようにも思えました。

「自分らしくあること」
「自分らしく生きること」
「あるがままに、自分は自分」
「自分という存在から揺るがないこと」

開示していくことで、その大切さに気がづきました。
そして、それこそが許しであり、愛であることに気がづきました。

大切な人、大切な仲間、大切な家族に気がづきました。
今の時間という時が愛おしく感じるんだと気がつきました。
この世の中、愛で満たされていることに気がづきました。

時間、そして森羅万象、そのすべてが自分となり、そのすべてが愛おしいことに気がつきました。
そのすべてを愛しても良いんだっていうことに気がつきました。
愛することが、喜びであり、幸せなんだっていうことに気がつきました。

だから、歩んで行ける、、、だから、前を見続けられる、、、そう気がつきました。
愛おしい存在があるから、大切な存在があるから。。。。自分も他人も、そのすべても、その時も。。。だから、生きていられるって気がつきました。
そして、それこそが当たり前であり、それこそがかけがえのない幸せなんだと気がつきました。

いろんな人の想い。
いろんな人の姿。
いろんな人の生き様。

そのすべてに感謝することを覚えました。

「35歳」という壁を突破してみて、気がついた想いは、すごく大きかったってそう思う。
ある意味、自分にとって重要な転換期でした。

「36歳」という時も、色々とあるんでしょうね。
昔は、いろんな意味で日々を暮らすことすら"怖い"って思っていた時期も有り、歳をとることも怖いと思っていたこともあったけど、今は、それが無くなった。

日々、生きること。
今を生きること。

すべてが、今の自分にとってかけがえのないこと。
過去も今も未来も。

思い続けること。
願い続けること。
伝えつづけること。

これからも"私"を生き続けたいってそう思います。

35年間にありがとう。
36年目にこんにちは。
これからも、どうぞ、よろしくね。


-------------<ご案内>-------------
36年生きてきたことを少しでも伝えたくて企画しました。
是非、ご一緒によろしくお願い致します。
    ↓
【ご案内】11/8『過去から未来へ ~変わりたいあなたへの贈りもの~』
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=966008570&owner_id=643271

【ご案内】12/13『宇宙(そら)からの贈りもの ~誰もが愛と感謝で繋がっている~』
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=966004976&owner_id=643271

2008年10月 5日

幸せのかたち(『お金のいらない国』- 所有の豊かさから、つながりの幸せへ)

10/5。

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<寸劇・トーク & コンサート>国分寺 カフェスロー
『お金のいらない国』- 所有の豊かさから、つながりの幸せへ

・寸劇&トーク「お金のいらない国」 長島龍人
・トーク「スローな豊かさ、コミュニティとGNH」 辻信一
・トーク「木の花ファミリーの豊かな夢」 古田偉佐美
・座談会「"つながりの幸せ"をつくるには?」 長島龍人、辻信一、古田偉佐美
・木の花楽団コンサート

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行ってきました。
新しくなったカフェスロー(http://www.cafeslow.com/)でのイベント。
前の雰囲気はそのままで、すっきりさせたっていう感じかな。
駅からも近くなって便利になったし、個人的にもちょっと寄りたいお店になっていた。


りゅうじんさん(http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaryu/)に最後にお逢いしたのは、去年の11月の府中であったボランティア祭りのイベントで。
寸劇に出演する親友たちの応援もかねて、りゅうじんさんの講演を聴きに行った時以来。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=628564954&owner_id=643271
りゅうじんさんを会場で見つけて、「久しぶり~」と固い握手。

古田偉佐美さん(いさどん)と木の花ファミリー(http://www.konohana-family.org/)の方々にお逢いするのは、今年の3月以来。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=741201251&owner_id=643271
会場に着くなり、玄関口にたたずんでいたいさどんに「お~っ!来てくれたね!」と、いきなり声をかけてくれたし、他の木の花ファミリーの方々にも、私のことを覚えていてくれて、「久しぶり~。」「元気にしてた?」って、あっちこっちで声をかけてくれた。
『木の花ファミリー』には、たった一泊だけ訪れただけなのに、とても、懐かしい想いがわき上がってきて、なんだか、嬉しかったな~。


りゅうじんさん、辻さん、いさどん。

本当の意味での「幸せのかたち」ってなんだろうね。
三人の話を聞いていて、「繋がり」というものの大切さ、「命」の尊さや愛おしさ、、、、そしてそこにしっかりと芽生えている「幸せ」の価値を改めて感ることが出来た。

なんでも「お金」という単位で換算されてしまう世の中。
でも、本当は「命」や「心」の部分に大切さを感じる。

この大地で、この地球で、この宇宙で。
この身体で生まれ、この身体で生きている。
あるがままで、そのままの存在が、大切でかけがえがない。
「お金」だとか、そんなことでは推し量ることも、切り取ることも出来ない大切な存在。

いさどんの講演や木の花ファミリーの演奏を聞いていて、何度も「宇宙」の存在やそこに煌めく「命」の輝きが見えたり、感じてきてしまって、かなり、やばかった。
でも、この不思議な感覚も、実は、「人」の誰もが持っている「DNAの暗号」の刻みが呼び起こしているだけに過ぎないし、これこそが"幸せ"という感覚なんだってそう思う。

『全は個にして 個は全なり、個は孤にあらず』

「全」は"宇宙"で、「個」は"私たち一人一人"。
結局、繋がっていて、一つ(ワンネス)なんだ。

だから、「お金」だとかなんとかで、推し量り、切り取ってはいけない。
戦争だとか、そんな「自己満足なエゴ」で、すべての繋がりを狂わせてはいけない。

この流れ、この繋がり。
この感覚こそが、大切な「魂(DNA)」の感覚なんだ。。。。
そして、この感覚を呼び起こすことを、自分としても、周りに対して働きかけていきたいって、そう思った一日でした。


お昼頃は晴れていたのに、イベントの帰り頃には、土砂降りの雨が降っていた。
いつもはイヤに思う冷たい雨も、その音と匂いに命の響きみたいなものを感じて、やさしくあたたかい存在に変わっていた。
そして、これこそが「幸せのかたち」なんだって、そう思う。

<写真>
長島龍人さん
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辻信一さん
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古田偉佐美さん
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トークセッション
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木の花楽団コンサート
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↓この愛おしいすべての命を守るために・・・・。
-------------<ご案内>-------------
【ご案内】市川市 地球環境セミナー 『宇宙船地球号の行方』~あなたが守りたいものは、何ですか?~
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/10/post_30.html

2008年9月11日

7年という時の流れ

現地時間9月11日 午前8時23分。
ビルに突っ込む飛行機の映像は、"時"の流れが始まった瞬間となった。

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あれから7年の月日。

今という時が、どういう時代なのかを思い知らされたあの日。
今まで、当たり前だと思っていた平和が、幻想に過ぎないんじゃないかって思い知らされたあの日。

あの映像をみた瞬間、いつも心のモヤモヤと思っていたこの世の中の不条理に対するおかしさや疑問が、"何から来るものなのか"、"どこから来たのか"わかったような気がした。


あれから7年の月日。

何を気づき、何を忘れたのだろうか。
何が築かれ、何が失われたのだろうか。
何が死に、何が生まれたのだろうか。

いろんな事が変わったようにも思えるし、いろんなことが無くなったようにも思える。
それが良かったのか悪かったのか、それはわからない。
一生わからないようにも思えるし、わかることがゴールなのかもしれない。

でも、はっきりと言えることは、あれから世界の"何か"が急激に動き始めたことは確かだっていうこと。


あれから7年の月日。

ビルの中に突っ込んでいくあの時の飛行機の映像。
昨日のことのように鮮明にはっきりと脳裏に焼き付き、突っ込んでいった飛行機のように深く胸に突き刺さっている。

この月日の流れは、今まで以上に急激になり、その間に世界各地で起きたことは、自分にとっても胸が痛く、悲しいことが多すぎるように思う。
だけど、これもどれも、偶然ではなく、今、私たちに用意された必然的なステージの一つなのだろう。



これからの月日。

逃げない。
やるべき事をやっていきたいし、やり通したい。
あまりに不甲斐なく、あまりに理不尽に感じることもあるけど、、、、でも、この身体で、この想いで、生き続け、伝え続け、導き続ける。
それが、自分が、この時代の、この地に生まれてきた役割であり、役目であり、目標でもある。

だから、毎日、毎時、生き続ける。

今、アミウィングスとかネットワーク『地球村』とかチーム『宇宙(そら)の約束』とか、多種多様で色々と関わっているけど、いつも頭の中に思い描いていること。

それは、「共に生きたい」ということ。
そして、「愛で生きたい」ということ。

たぶん、あの7年前の映像が飛び込んで来た時にオンになったスイッチの一つだと思うし、あの時がなかったら、思い描けなかったこと。

前の日記の「ヤマアラシのジレンマ」の話じゃないけど、トゲを引っ込めるてすべてを受け止めるのも、トゲを突き刺してすべてを拒否するのも自分次第。

「共に生きたい」のなら。
「愛で生きたい」のなら。

自分の心の中のトゲで突き刺している場合じゃないのかもしれない。


明後日、いよいよ「地球環境ハーフデイセミナー 『選択可能な未来』」があります。

9/13 地球環境ハーフデイセミナー 『選択可能な未来』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/09/post_29.html

まだ、席の余裕があります。
どこに向かおうとしているのか、どこにいけばいいのか。
私たちとしてやれることを、見つめ直していきませんか?
明日への第一歩になってくれたら、嬉しいです。



9/28 花田志喜子講演会 "生まれてきて本当に良かった!" ~ すべては自分から始まる ~
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/08/post_28.html

では、この911のことも含めて、私自身がどういう想いでアミウィングスに関わっているかを30分ばかりですが、話させて頂くことになっています。
こちらも是非、足をお運びください。
よろしくお願い致します。


----------<お知らせ>------------
9/13 地球環境ハーフデイセミナー 『選択可能な未来』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/09/post_29.html

9/20-21てんつくマンワークショップin青野原(神奈川)
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/08/92021in.html

9/28 『1/4の奇跡 ~本当のことだから~』千葉県白井市上映会
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/09/928.html

9/28 花田志喜子講演会 "生まれてきて本当に良かった!" ~ すべては自分から始まる ~
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/08/post_28.html

2008年3月 4日

一人一人のかけがえのない魂を

最近、何度か15分ばかりの短い講演をやらせてもらうことが多くなり、色々と感じることが多くなりました。


まず一つ目は、、自分の内面的なことを見つめないと、講演にならないので、今までわからなかったような新しい発見がある。
そして、もう一つ、、、、その自分の内面的な部分から、いったい何を伝えたいのか。。。。


もちろん、肩の荷を下ろして欲しいし、自分のことを癒して欲しいってそう思う。
でも、もっと先、、、、、

自分が生まれてきた意味、役割、役目を思い出して欲しい。
かけがえのないその魂をちゃんと生かしていくことのできる自分になって欲しい。
そして、自分を見つけたその人が、今度は周りを癒し、周りを光へ導いていける人になって欲しい。。。。


講演をやって、感想とかを直接聞いたり、メールでもらうんだけど、その感想を読んだり、聴いたりしているといつも思うことがある。

みんな沢山頑張って生きてきているんだ。
みんないろんなことを抱えながらも生きてきているんだ。
誰一人として怠け者もいないし、自分を蔑ろにしている人なんて、本当はいないんじゃないかって。

みんな、キラッと光る魂を持っているんだって、、、ただ、いろんな囚われのために、そのことに気がつかないだけなんだって、、、ほんと、そんなことを思う。


いっぱい、いっぱい、いろんなことを抱えて生きていたら、辛いよね。
悲しいよね。
寂しいよね。

自分も昔はそうだった。
障害を抱え、その障害のせいにして、自分を苦しめていた。
何も出来ない、何をしてもいけない。
他とは隔離された世界にいる私のような人間に、生きる資格なんて、何も無いんだってそう思っていた。

でも、そうではないんだよね。
全然、違うんだよね。


誰一人として、欠けることなく、自分の中には、光り輝いている魂がちゃんと存在している。

今は、そのことに気がつく暇もなくなってしまっているだけ。
そのことを感じる方法も忘れてしまっているだけ。
そのことを生かしていく力さえ失ってしまっているだけ。
自分で自分を閉じ込めてしまっているだけ。


みんな、光り輝いている魂を持っているんだっていうことを。
みんな、虹色にきらめく天使の羽をみんな持っているんだっていうことを。
みんな、大空高く羽ばたくだけの力を持っているんだっていうことを。

そのことを思い出して欲しい、、、、

今、ここに、こうやって生きていることを。
そのものがあなたの役目だっていうことを。
あなたの役割だっていうことを。

そのことを深く深く感じて欲しい、、、、




昨日は、昼間はアミウィングスのミーティングに。
夜は、途中で抜けさせてもらって、友人の和あつしさんシークレット講演会に。

片方は、アフリカ・タイへのHIV/エイズなどで苦しむ子どもたちへの支援。
片方は、お金というマジックのからくりから起きる様々な問題と、そのからくりから抜け出すための道しるべ。

全然、違う事柄の様に見えるけど、、、


一人一人の生き方。
一人一人の役割。
一人一人の役目。
一人一人の、、、、その魂の輝き。。。。

あなたがあなたでいられること。
わたしがわたしでいられること。

あなたらしく、わたしらしく、、、あるがままに、、、、そのままに、、、、

その”大切なこと”に、みんなが気付いてほしい、見つけて欲しい。。。。
あなたの中にある光に、、、愛に、、、、気がついて欲しい、、、、


そんな”根っこ”にあたる部分は共通的に何も変わらずに存在し、そのことをいろんな形で伝えようとしているんだなって、、、、、なんかね、、、、昨日一日を通して、そんなことを改めて感じたのです。


このことは、どんなことをやっているNGOもNPOも市民団体も個人も企業も政府も、本来は”同じく共通する根っこ”なのかもしれないね。
だから、この他のいろんなボランティアなどに関わっていても、その自分の指針のようなものは、決して揺るがない、譲れない想いにしていきたいなって、、、そう思っています。

私が、こうやって障害を持って生まれてきたことも、「ここに生まれた意味」そして、「そこから芽生える自分の中の愛」をこの身体で伝えるためだからね、、、、

最近ね、、、、強くそのことを感じるようになってきました。


和あつしさん、めっちゃ、パワーアップしていました。
前回よりも、緊張した感じがよかったのか、落ち着いていてしっかりと想いが伝わってきた。
一週間の間で、ここまで成長させられる人って、すごいと思う。
今後が、すごく楽しみ!

アミウィングスの方は、タイ支援の方が、なかなかうまいこと行かず。。。。
うむむむ、、、、
想いを膨らませつつ、気長にやっていくしかないかな、、、、
新バージョンのリーフレット制作中!
それと、Webもやらなきゃー。。。。やることが多いっす。
大事な時に、途中抜けして、すいませ~ん
お許しを~



----------<お知らせ>-----------
両方とも平日ですが、土日だと来られないっていう方のために、あえて設定してみました。
今まで、どうしても来られなかったあなた!
是非とも、この機会にお見逃しなく!
よろしお願いしますね!

3/10(月)
『地球環境講演会2008 in 東京 美しい地球を子どもたちに~不都合な真実について語る~』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/03/post_20.html

3/12(水)
『1/4の奇跡~本当のことだから~』東京バリアフリー連続上映会
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/03/post_19.html

2008年1月30日

いつでも 何度でも

1/27のハーフディセミナーの反省会を兼ねたアフターミーティングがあって、私の頭の中は、年がら年中「今、みんなの幸せのために何ができるかな・・・・」っていうことばかり考えているなってそう思った。

年末年始、首の骨がずれていて、本気でやばかったときも、やっぱり、考えてたな、、、。

自分にとっては、どんなものよりもかけがえのない仲間たちや愛おしい人、まだ逢ったことのないような人のことまで、考えてた気がする。一人ひとりの顔を思い浮かべながら、「今、どうしているかな、今、幸せかな、今、笑っているかな、、、辛い目にあっていないだろうか、、、泣いていないだろうか、、、」そんなことを、ずっと、頭の中に思いを巡らせていた。


10年前の自分だったら、絶対にあり得ないこと。

10年前なんて、自分のことしか考えていなかったからね。それだけで精一杯で、いつも、死にたい、消えてしまいたいって思っていた。生きているのさえ、苦痛で仕方なかった。

今じゃ、180度変わってしまったな、、、今じゃ、自分のこともそうだけど、それ以上に人の幸せのことを考えている。でも、年中、人の幸せのために考えたり、行動したりしていても、苦しかったり、辛かったりしないんだよね。もちろん、体力的に疲れることはあるけど、でも、精神的には、とても幸せに満ちあふれた気持ちがする。充実感の方が大きいな。


今は、こうやって生きていること、動けること、五感でいろんなことを感じられること、手の暖かみ、、、血が通っているんだなって感じられること、、、ホント、いろんなことが幸せで、泣いたり笑ったり、感情表現が出来ることが、なんとも嬉しかったり、、、、。みんなといられること、みんなと想いを共有し、共に歩み、イベントとかを共に創り上げられること、みんなと魂のレベルで寄り添えること、、、、、、この瞬間、瞬間、一つ一つがすごく嬉しくて、楽しくて、、、

あれだけ嫌いだった親も、あれだけ苦手だった他人も、あれだけ辛い記憶だったいじめや差別の体験も、今では、あれはあれで良かったんだってそう思えて、今はちゃんと面と迎えるし、ちゃんと受け止められるようになった。今となっては、ある意味、良い思い出かもしれない。良い経験をさせてもらったんだって。あの頃のあの経験がなかったら、ほんと、今のように人のことを思いやれる自分なんて、居なかったかもしれないしね。。

ほんと、その全てが、私にとって幸せで愛おしくて、今、この時が、かけがえのない瞬間なんだって、そう思っている。

だから、少しでもこの気持ちをみんなにも分けていきたいし、今まで助けてきてくれた恩返しをしていきたいってそう思う。

いつも、いつも、みんなに感謝しています。
ありがとう。

2006年3月10日

東京大空襲

3月10日。

61年前の今日、東京上空に飛行機の大編隊が現れ、大量の火の固まりが雨あられのように落とされました。

東京大空襲。。。。。。あれから61年。

今日の新聞の夕刊に「ガラスのうさぎ」(金の星社)という本を書いた高木敏子さんの記事があり、深く考えさせられました。

この本を読んだのは、小学生の頃でした。
私が「戦争」という言葉をはじめて意識させてくれた最初の本だったと思います。
小学生の自分には少し難しかったけど、でも、「戦争」という時代の悲しさが著者の幼少期の想いから胸に突き刺さったような気がしました。
最近は、アニメになったり、再編集された再販モノも出版されたそうなので、何かしらの形で目に触れて欲しいなって思います。

高木敏子さんは、「戦争」というものを後世に伝えていくために日本中で講演活動などをしています。
ですが、最近は持病の悪化で十数種類の薬に頼る日々が続き、講演中に倒れたりすることも多々でてきたため、今年で執筆活動以外を全てやめることになったそうです。
あの「戦争」を知っている人が、こうやって一人、また、一人と居なくなってしまうのは、本当に寂しい気がします。
高木敏子さん自身も、講演活動をやめるにしても、このことで日本が戦争の出来る国になってしまうのではないか、と危惧されているそうです。

正直な話、私自身は、今更、憲法9条がどうのという気はしていません。
甘い考えかもしれませんが「変えたければ変えればいい。何があろうとも私は私で生きていくだけ。」という感覚でいたりするので。

ただ、その9条を変えるということが、あの時の戦争で亡くなっていった日本人や世界各国の人々、何百万人、何千万人という人の命や想いや悲しみをくみ取り、受け継いでいくことが出来るのだろうかと考えると、「何か違う」と、そんなことを思ってしまいます。

あれから60年以上が経った今でも世界中で戦争や争いがなくなりません。
そんな時だからこそ「あの時」の人々の想いを改めて考え、受け継いでいくことが大切だと、そう私は思うのです。

2005年9月15日

39番目の夢

急に浮かんだ詩。
私が作った詩ではないけど。

昔、、、って、もう、高校生のころだったはずだから15年以上前に聞いて泣いた。
たぶん、一番、とんがってたころ。
確か、高校でのなんかの文集で何も書くことがなくて、思わず、この詩を書いちゃった気がする。

なんか、今の自分の気持ちというか、心境というか、精神状態というか、想っていることを表しているのかもしれない。
そう思った。

詩の内容は15年前、ソビエト崩壊や天安門事件があった付近だから、今、読むと「へ?」という一文もあるけど。
あのころは、地球温暖化なんていう話題がなかったので、「氷河期」なんていう言葉も連ねてある。

人の言葉を使って何かを伝えるのは、私の中ではレッドカードですし、著作権侵害なので本当はやばいのだけど、今月いっぱいの期間限定ということで、許せ(笑)

来月にはとっととブログからも消します。
この詩が入ったCDはこちらで売っているので、気に入ったら買ってくれい。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005FPV3/250-9543610-7035421

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「39番目の夢」 川村かおり
作詞:KAORI/高橋 研 作曲:高橋 研 (音楽著作権侵害にあたるため、期間限定で削除しました)

2005年7月15日

特別の場所 当たり前の場所

食育基本法というものが、今日、施行されたそうです。
初めて知りました。

どんな法律かというと、簡単に言えば、学校や家庭などで「食事」のあり方というものを改めて見直し、国民の健康と豊かな人間形成をしていこうというものらしいです。
一応、食糧(料)自給率をあげようというのが、最終的な目的でもあるようですが、、、、、まぁ、最近、色々と叩かれ気味の外食産業や食品加工の業界の地位向上を計るための法律という感じの方が強いような気もするな。。。。(^^ゞ

この施行日に合わせて、外食や食品加工の業界や企業が様々な試みやキャンペーンを立ち上げているみたいですね。

食育はファストフードを救う?(ライブドアニュース)

。。。。ふ~ん。。。。マ○ド○ルドが食育ねぇ。。。。日本の食育を壊した真犯人は、ここだと思うんだけど。。。。。。(ーー;)

モ○の方は、結構昔から「食材」にこだわったり、可能な限り「スローフード」になるように目指したりしていますね。
値段が高くても時間がかかっても「食材」にこだわるやり方は良い方向だと思う。


マ○ド○ルドは、私が小さかった頃は、「高級料理」だった気がするなぁ。。。。
ほとんどの人が年に1~2回食べれるか食べれないかという代物だったんじゃないか?
食べない人の方が多かったかも。

ファーストフードですらそれですから、ファミレスなんて、もう、そりゃ~あんた(笑)
正装して、いっぱいオシャレして、食事のマナーをきっちり守らないと入れない所という、今で言う「三つ星の高級フランス料理店」とかそんなレベルの話だったよ。

コンビニと並んで、今じゃ、存在そのものが空気のように「在って当たり前」の世界になってしまったもんね。。。。。


小さかった頃、、、、もう、5~6歳の30年近くも前の話だけど、、、、私は、緑豊かな隣町の公団住宅に住んでいました。
家から2~3キロ先にはJR(その頃はまだ国鉄)の駅があり、その前に1件マ○ド○ルドのお店がありました。
その頃は、まだ「珍しい食べ物を売っているお店」という感覚で、今のように「庶民のお店」とはほど遠い所。
その住んでいた隣町でも、そこに一件あるだけだったと思います(一応、東京ですが)。

その頃の私は杖をついてでも、1分以上の長距離を歩くことが出来ず、駅までの距離を往復「歩く訓練」をさせられていました。
2~3キロ程度の距離ですから、大人の足で15分程度だったかもしれません。
でも、私の足では1時間近く平気でかかってしまうような距離で、ほんと、大泣しながら歩かされました。
周りから見たら、虐待してるとしか思えなかったかもしれませんね。。。。

その「歩くの訓練」のご褒美が、この駅前のマ○ド○ルドのハンバーガーにマッ○ポテトにマッ○シェイク。
小さかった私は、普通のハンバーガー1個さえも食べきれないぐらい小さく細い体だったのだけど、その食事が、なんか夢のようで、とてつもなく美味しかった記憶があります。

実は、この駅前のマ○ド○ルドには、他にも色々と思い出(?)があるんだよね。。。。。命の恩人でもあるし。

駅前で、母親の運転する自転車から落ち、右側頭部を地面のコンクリートに打ち付けて血だらけになった時も、率先して助けてくれたのが、このお店の店長さんでした。
店の外の騒ぎを聞きつけたのか、真っ先に駆け寄ってきて、オロオロアタフタしているうちの母に声をかけ、血まみれの私と一緒にお店の中に連れて行ってくれたそうです。
耳から大量に血が噴き出しているのに、衛生第一のお店の中に、よく入れてくれたなぁーって思います。
救急車を自ら呼んでくれました。
私をお店のイスに寝かせ、その救急車が来るまで、ずっと母親と私に声をかけて、面倒をみてくれていたそうです。
タオルを持ってきたり、水を持ってきたりと、、、、、この時の記憶は私の頭の中にはほとんど無く、母からの話でしか、わからないのですが、なぜか、そのやさしそうな店長の顔だけは、うっすらと覚えていたりします。
ほんと、感謝です。
(この事件が元で、私の右耳は聞こえなくなりましたが。。。。 → 2005.7.9記事


まぁ、昔のマ○ド○ルドというところは、そんな場所です。
昔の私にとっては本当に「特別な場所」だった。。。。。そんな感じです。

でも、今では「当たり前の場所」になってしまい、そのため、弊害も多々起きていたりする。
なんとも、、、、、、「時間」というものの不思議さでもあり、怖さでもあるのかなって思っていたりします。。。。。

2005年5月24日

希望の空へ

[神戸小学生連続殺傷]事件から8年 父親が談話寄せる(毎日新聞)

あれから8年も経とうとしているのか。。。。

最近、未成年犯罪は性犯罪が出るたびに、この事件が話題に上るが、この事件の背景をみていて、そんなことで簡単に片づけられる事件だったのかと感じてしまいます。
こういう事件が起きるたび、よく人は異常者というけど、異常正常のボーダーってなに?っていつも思っています。


一ヶ月前に起きたJR西日本の尼ケ崎脱線事故の後、次々に起きる置き石などの列車運行妨害事件や関係のない駅員や乗務員への暴行事件。
置き石では、小学生程度の子どもが補導されることも多いが、広島では三回連続で自転車を線路に置いた20代の”大人”が捕まった。
その容疑者曰く「騒ぎになるのが面白かったから置いた。」・・・・・補導された小学生とほとんど変わらない答え。

そして、完全に意味不明だが、この列車事故の”被害者”への誹謗中傷のFAXや手紙が、今でも後を絶たないと聞く。
そのため、5月25日の線路上で行う追悼式では、被害者家族を守るため、白いシートで完全に覆った中で行われるそうだ。


この連中と、この神戸小学生連続殺傷の加害者。
一体、どこがどう違うのだろう。

正直、この事件を起こした加害者だけが異常なのではなく、誰もが異常なのではないかと思ってしまいます。
私だって、そうは変わりはない。


人と人がつぶし合って憎しみあって蔑みあって生きていく今の世の中。
こんな世の中で、一体、誰が正常に生きていけるのだろうか。


神戸小学生連続殺傷が起きたころ、私は、社会人になって2年が経つか経たないかの頃でした。
そして、この頃「自分は何をしているのだろう」と苦しみもがいていた時期でもあり、その心境の中で、この事件の背景を色々とみていて、加害者側に変な共感を覚えてしまった記憶があります。


実は、このブログのタイトル「希望の空へ」というのは、その私が一番苦しかった頃に聞いた高橋洋子さんの曲のタイトルから取りました。

http://www.animelyrics.com/anime/eva/kibou.jis


何も出来ない自分。どうしようもなく情けない自分。
人を傷つけて生きている自分。
そんな辛い記憶を消してくれ、自分を殺してくれと、いつも願い続けて生きてきた。

でも、何時しか自分の中にあった力を知り、前に歩き出すことを知る。
力を信じて生きていきたいと思うようになる。

それからの一番の願いは、この腕が翼になり青い青い希望の空へはばたいていく事になった。 。。。


という、一つのストーリーのようになっている曲です。

アニメの新世紀エヴァンゲリオンの楽曲として、あの主人公をイメージにして作った曲らしいけど、この曲を聴いたのは、涙が止まらなかったのを覚えています。


・・・希望の空へ・・・

この加害者、、、、、そして被害者の家族、、、、この世のあらゆる人が、自由に希望の空へ羽ばたける日がきっと来ることを心より願っています。

2005年4月28日

若き日の志

実は、勤めている社内報に記事を書いてくれと言われ、書いた文章が2005年度上期号に載ってしまいました。
いや、、、こういうのに載ること結構あるんだけど、(NGOの会員誌とか、学校のものなど、いろいろと十数回)、
なんかもう小恥ずかしい限りです。
といいつつ、記念なので、その時の文章を載せてしまいます。
これ、校正なしの原文なのですが、ほぼ、この形で載りました。

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私がまだ学生だった十数年前、こんなテレビCMを見たことがあります。

某メーカーのCM。
画面には元気よくサッカーの試合を楽しんでいる子どもたちが映っていました。
しかし、なんだか様子がおかしい。
よく見ると、それは、目が見えない子どもたちのサッカーチームの姿だったのです。

目の見えないのにどうやってボールを追いかけられるんだろう。。。。
実は、その子どもたちが使っていたボールに秘密があり、ICチップを内部に備え、子どもたちの声などに反応して音を出し、ボールがどこにあるか知らせてくれる仕組みになっていました。

サッカーで楽しんでいる子どもたちの満面の笑顔。
生き生きと、そして伸び伸びと楽しんでいるその姿にえらく感動し、今でも目に焼き付いて忘れられません。

そして、そのとき、私は決心しました。
学校を卒業したら「人の役立ち、人の喜び、ワクワクするようなモノを、たくさんこの手で作っていきたい」と。。。。


今、世の中では暗い話ばかりが目につきます。
日本では年間に約3万人の自殺者。自殺未遂も入れればその10倍とも20倍とも言われています。
私の年代も含め、若い人の間ではニートや引きこもりなども社会問題となっています。
日本だけでなく、世界でも様々な事件や事故が後を絶ちません。


そういうときだからこそ、大切なのはいったい何なのだろうか。
私は「希望」の2文字だと思っています。

昔見たCMから感じた未来への「希望」をキッカケに、今、○○○○○○という会社にいて、基板設計をしています。
そして、その私は、この「希望」の二文字を伝えられるモノをいかにして作ることができるかを想いながら仕事をしています。

私の作ったモノが、どこかでつながっていき、世界の誰かにわたっていく。
そして、その私の知らない誰かが、喜び、ワクワクと心躍らせ、希望あふれる未来を想像してくれる。
また、その人がその心に浮かんだ輝かしい未来を誰かに伝えていってくれる。

そうやって一人でも二人でも多くの人に希望という名のエネルギーの輪が広がっていってほしい。

そんなことをいつも胸に刻みながら、いつまでも、いつまでも。。。。

2005年3月25日

愛・地球博

はじまりましたねぇ。愛・地球博。
環境破壊だの経済的効果だので色々ともめてもめまくって今でも、色々とあるみたいだけどやっと始まったという感じです。

ライブドアのニュースでも書いているけど、どうなんでしょうね、人々の関心度は。

私は大阪万博はしらない年だけど、印象が強いあるのは、茨城県筑波市であった科学博覧会です。
家族と行ったんだけど、夢あふれる世界がそこには広がっていて、なんか一日ほんとワクワクして、夜、家に帰宅するとき、すっごく寂しくなったなぁーって思い出す。
結構、歩き回って、いくつものパビリオンを回ったけど疲れなんかしらないっていう感じだった。
実は、あの時ライブで全国放送のテレビに映ったことあるんだよねぇー(笑)
あそこで見たロボットだとか色々と思い出す。
結構、あそこでみた科学技術の最先端で、夢のような話は、今は当たり前のように存在している気がする。
これもまたすごい話だよなぁーって思う。

今回の愛・地球博。、テーマは“自然の叡智”
この言葉に恥じない博覧会に是非ともなって欲しいな。

なんか、「あんなのはトヨタ博だ」という批判もちらほらしているけど、私は、ちょっと、的はずれかなって気がします。
愛知といえばトヨタだろ?
地元のイベントに地元の企業が首をつっこむのは当たり前だし、地元貢献としてそれが本来の筋なんじゃないでしょうか?

それと、あと、前の日記も書いたけど、最近、大手の環境団体が離れてしまったりしたけど、ホント、残念な話だと感じた。
確かに環境という面からすると不安要素がたくさんあるけど、環境NGOとして一緒になって考え見届ける義務があると思う。
それを外からではなく、一緒に作り上げる中側から、モノを言っていくことに大きな意味を持っていると感じているので、その大手の団体が抜けてしまうことで、その意味を失ってしまうのではないかという意味で不安な所を感じています。

なんか、弁当飲み物持ち込み禁止で、食事関係が大変だという話だけど、私が知っているBeGoodCafeがオーガニックレストランを出しているので、是非、行ってみてくださいな。
敷地内で、色々な催し物もやるようなので、ご飯を食べる以外でも楽しめると思います。

まぁ、何はともあれ、行ってみたいっす。
行けるかな~、行きたいな~。

2005年3月 4日

大雪

天気予報通り、朝から大雪。
午後まで降り続き、結局、一日、会社に行けませんでした。
忙しいのに、、、しくしく。

しっかし、3月にこんなに雪ってふるかね。
そういえば、大学の卒業式に大雪になり、大変だったのを思い出したよ。
大学は八王子の山の上にあったので、尚更。
卒業生で全体写真撮影(総勢400名!)を取るので、学校のシンボルタワーの
前に1~2時間近く待たされて、北風が猛烈で、0度に近い凍えるような寒さで、風邪引いて帰ったっけ。。。
なんで、あの時、1~2時間も待たされたのか、今でも謎です。。。(ーー;)

2005年1月17日

10年という絆

10年。
阪神・淡路大震災からその月日が流れました。

「もう10年がたった」というべきなのか「まだ10年しかたっていない」と
いうべきなのかわからないけれど、地元の人にとっては、この10年は、人の何倍もの時間と
命を費やし、燃やして生きてきたという方々がほとんどだろうなって思う。

仮設住宅でのコミュニティーがなかなか形成されず、孤独死が後を絶たないと聞く。
未だ更地のまんまの地域も目立つとも聞く。
経済的にも肉体的にも精神的にも限界という人もまだまだたくさんいるとも聞く。

こういう話を聞く度に、あの震災で失われた人やものは、大きく計り知れないということ
なんだろうって、感じる。

新潟中越大震災では、”人と人の絆”が何よりも”助け”になっていると聞く。
大雪で家が倒壊したり、生活がままならないので大変だと聞くけど、この”絆”があるから
なんとか生きていけるという人がたくさんいると聞く。


この世の中の一番の災害とは、ライフラインの寸断とか火災だとかではなく、
この”絆”が壊れることのような気がする。

東京で、今、大災害が起きたら、この”絆”はどうなってしまうんだろう。。。。

自然による災害は、いずれどこかで必ず起こりえる事。
今、必要なのは、それにおびえて生きるのではなく、
それが起きても、ビクともしない”絆”を築いておくことなのかもしれない。


今日の神戸では”アメージング・グレイス”の澄み渡る賛美歌が響き渡ったとニュースで聞く。

「神様(希望)が、あらゆる苦しみや悲しみを乗り越えて、
 あなたをここまで送り届けてくれたのだから、
 これからもあなたを家までおくりとどけてくれるだろう。」

神戸の方々の今の心境を歌っているように思う。

2005年1月16日

雪はどこ?

風邪引きました。ちと、調子が悪い。

昨日から今日にかけて、東京も大雪だという予想だったけど、降ったのは昨日の朝方だけで、冷たい雨のみでした。

昨日、出かける予定があったんだけど、大雪で帰ってこられなくなっても困るからって、ドタキャンしたんだけど、雨だったら行けたよな。。。
天気予報の嘘つき。。。。

今回はそれほどでもなかったけど、大学入試センター試験がある日って、毎年、雪が降っていないか?
私が受けたのは、もう、10年以上も前の話だけど、その時も大雪で、大変だった記憶がある。

その頃、私は10月末に推薦枠で大学入学が決まっていたので、かなり、お気楽ご気楽状態で、思い出作りのために、 試験に受けに行ったような状態だった。
まぁ、それから、勉強なんてしていなかったから、散々な結果だったけどね。
しかも、試験中に寝てたし(笑)
今、思えば、将来を賭けて試験を受けていた人もいただろうに、不謹慎なヤツだよなって、ちと、反省モードです。

2004年12月30日

思い出の団地

今日は、昨日、雪で行けなかった床屋に行ってきた。
年末ということで、混んでいた。1時間半ほど待たされた。

いや~、今日、担当した人、このお店のご主人の奥さんだったんだけど、、、、いっちゃ~悪いけど、 これまた下手くそで。。。。(^^;
(以前、カミソリで顔を切られたことあり)
なんか、なんどやり直したんだかわからず、なんだかんだと、1時間半もやっていました。
できあがった髪も、なんか、雑だし、いまいちだし。。。。まぁ、いいか。
髪を切りに行くのは面倒なんだけど、今日に限っては、早く髪が伸びでほしいと思っていたりする(笑)

いつも行っている床屋は、中学校まで住んでいた団地の中にある。
今日、床屋で待っていたら、懐かしい音色。石油売りの軽トラの音楽だ。

この団地に住んでいたころには、竿だけ売り、豆腐屋、焼き芋屋、ラーメン屋とかも、屋台で売りにきていた。
、、、、風鈴売りは、さすがになかったけど。

なんか、こういうのを聞くと風情があって、ホッとしてしまう。

昨今は無いのかな~。
焼き芋屋ぐらいは、今、住んでいるところにも来ていたりするけど。

今、この団地は取り壊しをしていて、近代的な高層の新しい建物の団地に生まれ変わろうとしている。
団地の真ん中には、豪華な団地事務所兼集会所のような建物もできていて、ビックリ。

もう、50年以上の古い団地だから、建物も老朽化していて、しかたないのかなって思うけど、、、、、

私が住んでいたときも、新築に建て替え計画が何度も浮上していたけど、団地住民に反対されて、却下になっていた。
理由は、家賃が高くなることもあるけど、何よりも、緑地帯が大幅に無くなるからだった。

高度経済成長期にたてられた団地にしては、緑が多くあったので、かなり、 住み心地よかったところだった気がする。
団地といっても、高層団地ではなく、高くても3階まで。
一般住居は、大きな庭付きの平屋団地(1DK or 3DK)だった。
団地の中にはいくつかの活気あふれる商店街もあって、駅前まで永遠と歩いていかなくても、ちょっとだけ、足を運べば、 簡単なものなら何でも手に入る。
森林公園や運動公園もいくつもあり、子どもにとっては、遊び場には苦労しない。
そういえば、森林公園の奥地に、友だちの秘密基地を作って遊んだりもしたなぁ。
夜まで遊んでいて(それでもPM6時ごろだけど)、親に怒られたりもした。

あ、、一応、私、障害をもっていて、転んだりすれば病院行き確実の体なんだけど、部屋の中だけではモノ足りず、外へ出て、友だちと、 はしゃいで遊んでいた子どもでしただもんだから、かかりつけの医者からはいろいろと怒られていた。
。。。。そういえば、今も、さほど変わらない生活かも。。。。(笑)



今回の改築には、そのあたりの緑地帯の温存計画も盛り込まれるようになったみたいで、やっと、住民からOKが出たみたい。
でも、もう当時の面影は全く無くなってしまった。
なんとなく、悲しいというか、寂しい気がした。

思い出も多いしね。。。たくさん、遊んだりしたな。
いろんな経験もしたな。
泣いたり笑ったり、怒ったり、凹んだり、楽しかったり、うれしかったり。。。。
中学校の時は、初恋もした。。。。

いじめられたこともあったけど、、、、でも、そんな嫌なことも、今となっては、思い出の一つにすぎない。

2004年9月30日

■30(木)電気をひとつ消しましょう!■

東京は、台風一過で快晴状態。
良い天気だけど、秋風が吹いていて、良い季候だ~。

・・・・・などと浮かれていて場合でもないかも。

JCO臨界事故から5年
(朝日新聞の特集記事。JOCの事故のあと、被害者は、加害者はどうなっていったかという記事。今はリンク切れ)

もう、5年も経った、、、というより、まだ5年しか経っていないんだよね。。。忘れてしまっていました。

私はまだ、この手のニュースを見たり読んでいないかもしれない。
上のURLの朝日新聞のネットで特集をしていたのみ。
もう、だれもがこの悲劇を忘れてしまったのかな。。。

-下記、あるメルマガより-
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9月30日10時35分、東海村JCOの臨界事故から5年事故で亡くなられた篠原さん、大内さんのご冥福をお祈りし、 再び原子力の事故がない事を願い30日(木)、電気の故郷に感謝し、電気をひとつ消しましょう!

JCO近くに住むお母さんからこんなメールが寄せられました。

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 2004年9月30日あの事故から、5年が過ぎようとしています。我が子も小学生から中学生へと成長し、親としてどんな大人になるのか、 楽しみな年頃になりました。

 私は、広島の原爆慰霊祭へはじめて参加してきました。その広島の集会で、JCO健康診断の受診者の地域別資料をいただきました。

 事故1ヶ月後に行った健康診断の人数は344人、平成14年には240人まで減りましたが、平成16年には301人と増加しています。

地域別では、驚くことに、東海村と那珂町の受診者数が同じくらいなのです。事故当時は、東海村134人・ 那珂町152人 平成14年東海村104人・那珂町88人、平成16年東海村123人・那珂町116人です。
 そして、今年新たに受診した方が14名、5年たって、不安になる方もいるのです。
年齢別にしますと、

平成16年時、東海村 乳幼児-1 小中学生-6 15~17歳-1 18歳以上-115
       那珂町  〃 -0  〃   -38   〃   -9    〃   -69

那珂町の小中学生の割合が、東海村の7倍近くになっています。

 うれしいことに、この子供たちは、全員血液検査(リンパ球数等の検査)を受けていました。この検査はとても意味があり、 子供たちの身体の記録を保存していくことが出来ます。

 ここのところの原子力発電所の事故と、その管理の甘さ、無責任さを見せつけられて、来年の検査があるかどうか、 連絡がこなければ分からないという状況の中で、親が子供にしてあげられることは何か・・・・・・を考えています。

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2004年9月 6日

恐怖の連鎖

最近、天災が多い気がする。
台風がやたらと多いと思ったら、浅間山が噴火し、昨日は同じ場所で2回連続で地震が発生。
気象庁もこんなことは初めてらしく、かなり、慎重になっている様子。
紀伊半島では4cmも地面が動いたそうな。

いやだな。。。今度は何が起きるんだろうって、不安になってしまう。


ロシア南部の北オセチア共和国で、チェチェン共和国の独立派武装集団による学校占拠事件が発生。
一昨日のロシア特殊部隊の強行突入で、大惨事となった。
死者400名とも500名とも言われ、未だに情報が錯綜している。

ロシアの情報操作がひどく、まともな情報が流されていない。
国際組織アルカイダが関与して、犯人の半数がアラブ人だったとか、武装集団が自爆したり、乱射したりしたため死者が増えたとか、 一連の事柄はすべて偶発的な結果だったとか、言われているが、これらもどうも疑わしいと言われている。

1年前の劇場での立てこもり事件でも100名以上が亡くなったが、ロシア特殊部隊が突入の際に、人質がいるのにもかかわらず、 サリンを使った可能性が高いということで、今回の突入もロシア特殊部隊が何かをやったのではないかと、 朝のラジオのニュースでロシア研究者が言っていた。

犠牲者の人数が時間を追って増えていくというのも、心理効果をねらったもので、恐怖を煽るときによくやる情報操作の方法。 人質の人数から病院への収容人数を引いて逆算すれば、死者の人数はおおよそ最初から検討がつき、数が合わない場合は”行方不明人数” とするはずなのに、それすらなく、いかにも「混乱しています」と見せかけるのは、 ロシアなどがソビエト時代から使ってきたよくやる情報操作の手口なんだそうです。

そういえば、学校にめがけて、戦車隊や戦闘ヘリが砲弾をぶっ放していたという話もあったな。。。。
普通、そんなことを人質が1000人もいるところにやるか?!
いくら、時間が切迫していたからといって。

今回の死者の半分が子どもたちだった。
犯人によって、凄惨な虐待や虐殺もあったことも事実で、正直、このこと自体は、犯人グループに対し、怒りを感じるし、許せないことだと思う。

しかし、チェチェン共和国とロシアの過去2回にわたる大きな紛争では、 ロシア軍はチェチェン人の女性や子どもを容赦なく殺していったという事実もある。
特に、ブーチン政権下の第二次紛争の際は、悲惨きわまりなく、戦争というより、ほとんど、民族浄化に近いやり方だったとも言われている。
これらの幾たびの衝突でチェチェン人を含む百何十万人いたチェチェン共和国の人口が80万人前後まで激減したとも言われている (その犠牲者のほとんどがチェチェン人)

帝政ロシアから続くこの問題、かなり根っこの深さを感じる。

ロシアでは、悪さをして困る子どもに対し、「チェチェン人が来るぞ」と言って、大人の言う事を聞かせるというのが昔からの習慣らしい。
また、チェチェンには資源も豊富で、石油も採れる。カスビ海にも通じている。だから、ロシアにとってはこの場所は好都合。

このこともあり、ロシアはチェチェンが独立しようとすることが気に入らないのではなく、 チェチェンに住む民族そのものを一人残らず一掃したいというところは本音なのだろうと思っていたりする。

プーチン大統領は4日のテレビ演説で、宣戦布告を宣言し、
国際テロと対決する決意を表明。
反テロ戦争と国家統一のため近々、治安機関の改革などの対応策を打ち出すことを明らかにした。

2年前の9/11。
アメリカの国際貿易センタービルで、あの事件が起きた。
その後、アメリカはどこへ向かっていったか。。。

今回の事件。
ロシアは”911”と同じにしたいのかもしれない。。。。。

2003年9月28日

さといきび畑の唄

今日、夜、9時からTBSのドラマ、「さとうきび畑の唄」というドラマを見ていた。

昔から歌われている「さとうきび畑」という曲をモチーフにし、太平洋戦争末期の沖縄を舞台にしたドラマ。

番宣ページ → http://www.tbs.co.jp/zawawa/

明石家さんまさんと黒木瞳さんが扮する夫婦とその子どもたち。
戦争が激化していく中、家族がチリチリバラバラになっていきながらも、たくましく、そして、明るく生きようとした家族、、、 平和を望みながらも、生きる事を望みながらも戦争で死んでいく家族を描いたドラマだった。

私自身は、ノンフェクションドラマ以外はあまり見ないんだけど、、、、
いや~、、、、3時間近く、最後まで見入ってしまいました。
戦争の悲惨さ、命、愛が、深く描かれていて、後半はほとんど涙が止めどなくあふれ、泣きながらでした。


主演の明石家さんまさんが、彼らしい役柄なんだけど、それが逆にむっちゃ好演技になっていて、
だから、さらに感情移入されてしまいました。。。。

「人に笑顔が何よりも好きだから」と沈みがちな家族や戦地の仲間を、おどけて笑わせようとする明石家さんまさん演じる主人公、、、、、

人一倍に平和を愛し、家族を愛し、人を愛し、、、、
生きる意味を考えながら賢明に生き抜こうとる、、、、、、

でも最後には、傷ついて動けなくなっている敵の兵士を「殺せ!」と命令する上官に「私はそんなことをするために生まれてきたわけじゃない! 写真屋として生き、大好きな家族と一緒に暮らし、家族のそばで死ねればそれだけで良いんだ!」と刃向かい、銃殺されてしまう。。。。


「お国のために戦死してもかまわない」という子どもたち、、、
そんな子どもたちに「お願いだから、生き抜いてください」とその父に涙ながらに言われ、生き抜こうと誓い、、、、、でも、 戦地で破れ死んでいく、、、、、


激しい地上戦、、、、銃に打たれ、炎に焼かれ、爆弾で吹き飛ばされ死んでいく沖縄の人々、、、、その歴史の中で生き抜こうとする家族たち、、 、、


なんか、すべてのシーンが心に飛び込んできて、切なくさせてきて、、、ほんと感動しまくりでした。


私は戦争を知らない世代です。

でも、今も世界のどこかで戦争が起きている。
たくさんの人が亡くなっている。

あの人たちは、なんのために生まれてきたのか。
殺し合うために生まれてきたのか。

そうじゃない。

幸せになるために生まれてきた。。。。笑顔でいるために生まれてきた。。。。
だれも、悲しくて泣くために生まれてきたわけじゃない。。。

それが、兵士であっても、誰であっても。。。。。


「戦争」「平和」「家族」、、、そんなことを、改めて考えさせられたドラマでした。
このドラマ、たぶん、、、というより、絶対に再放送があると思います。
見てない人は、是非、見て欲しいなって思う。


ドラマの最後に流れたテロップ。。。。。

「戦争はすべての人を不幸にします。この世の中からすべての戦争がなくなりますように。」