2008年11月15日

『笑顔』

・・・って、一体、何なのよ・・・・。

あっ、、、急にすいません(笑)

今日は、朝から渋谷へ。
8日にあった『Be Smile Present』の反省会と今後に向けて、阿部さんやスタッフの皆さんと語り合いました。

反省会っていうか、、、、自分たちが伝えたいことってなんだろう、伝え方も含め、どうしていきたいのだろう、という話から、行き着くところまで行き着いて、最後は、「本当のところ『笑顔』って一体何よ???」と、途方もなくめっちゃ深い話になった。

『笑顔』

『笑顔』になること。
『笑顔』にすること。

ある意味、当たり前のこと。
でも、本当に当たり前なんだろうか。

人によって『笑顔』になれることは違う?
千差万別なんだろうか。
本当に千差万別?
実は共通することがあるんじゃないだろうか。

どんな時に?
どんな具合に?

『笑顔』が広がると何が変わる?
『笑顔』になると何が生まれる?

『笑顔』になれたから幸せ?
幸せだから『笑顔』になれる?

そんなに『笑顔』が大事?
『笑顔』って本当に幸せなの?

『Be Smile Present』

ご縁のある皆様に『笑顔』という贈り物を届け、その『笑顔』をつなげることで、感謝と希望の環を広げていきたい。
明日への一歩踏み出したい人たちの『笑顔』を繋ぎ、広げていきたい。

そんな想いで付けた名前なんだけど、付けた本人たちが、一番、『笑顔』についてしらないことに気づく。

お昼過ぎにスタッフのみんなと別れ、別の友人とお茶するために新橋に移動したのだが、それからも、ずっと、思考が止まらない。
新橋で待ち合わせした友人も人を『笑顔』にする仕事をしているのだが、その仕事の内容を色々と聞いていくうちに『笑顔』にしていくことの難しさが随所に孕んでいて、その奥深さに気づいていく。

うーむ、、、、『笑顔』って、ホント、なんだろうね。。。。。。深い、深すぎる。。。。眠れなくなりそう。。。(笑)



-------<ご案内>-------

【ご案内】11/22 『小さな体感会~表現者である私から表現者であるみなさまへの贈り物~』(日野原木美プロデュース)
http://kimi3.exblog.jp/9593470/

【ご案内】11/30『1/4の奇跡~本当のことだから~』上映会@相模原
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/11/1130.html

【ご案内】12/3 地球環境講演会 『水の惑星エコスフィア 2008 in 東京』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/10/post_31.html

【ご案内】12/13 『宇宙(そら)からの贈りもの ~誰もが愛と感謝で繋がっている~』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/10/1213.html

2008年10月 4日

一分一秒・・・(第12回「ザ・講座」 ~ 永遠の出会いで見つけた'幸せ'~)

10/4の昼下がり。
『ザ・講座』シリーズ(http://the-kouza.com/)の第12回講演。
今回の講師は、薄井春美さん。

実は、5月にやった私の『ザ・講座』に、お客様として来てくださった方。
講演後、直メールで感想を送ってきてくれました。

そこには、今、とても悲しい現実と向き合っていること。
そして、「笑顔に過ごせるように前へ進みます」と、想いを込めて書いてくれていました。

そんな人が、講演をするんだから、是非、応援したいって想い、会場のある大田区蒲田へ。

いや、、、恋愛話には、とんと疎い私で、テーマがテーマだけにどないもんだかと、半分、おそるおそる参加したのですが、、、、汗
・・・・見事に、はまりました(笑)
お話の内容が、私と元彼女との間での話に状況が似ていたんで、、、、あかん、、、、やばすぎ・・・・・・orz

薄井さんが、あの感想メールを送ってくれたとき、こんな悲しく辛い想いの中にいたのかと、切なくもあり、驚きでもあり。
それが、こうやって立ち上がり、夢に向かって歩みだそうとしている姿に、心を振るわせ。。。

人の生きる力。。。感動してしまいました。
そして、その生きる力が等身大だから、、、、直に胸に響く。

薄井さんが経験した、悲しい恋物語。
大好きだった相手が、突然、この世から消えていなくなる。

二度と、繰り返せない人生だから。
1分1秒、大事に噛みしめて、人のことを思い続けること。
自分が大切にしている人を心から愛して行くこと。
もし、次の瞬間にすべてが失っていくとしたら、誰の顔を思い浮かべ、誰に「ありがとう」と言えるのだろうか。
なんだか、いろんなあたたかい想いがあふれる講演でした。

自分も沢山の人たちに囲まれて生きているけど、それが当たり前のようになっているかのように感じてしまっている日々。
一人一人の出会いを1秒1秒大切にして、愛していきたい。
そして、そういう大切に思いたい、感じていたい人が身近に、そして回りにいてくれることこそ、本当の幸せなんだって思えた講演。

薄井さん、そして、薄井さんの応援団のみなさま。
本当にお疲れ様でした。
そして、大切なメッセージをありがとうございました。
本当に感謝です!


<以下はその時の案内です>
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
      第12回「ザ・講座」 あなたの「人生を走り続ける原動力とは」
           ~ 永遠の出会いで見つけた'幸せ'~
           2008/10/4 15:00~
            大田区民ホールアプリコ 小ホール
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

~Diary~
2008年4月2日
大好きなあの人へのいつもの電話。  でも、電話口から聞こえてきたのは、
知らない女性の声。  「・・・・die(彼は死んだ)・・・・・・」

2008年4月24日
ほんとうに遅すぎた・・・・。  後悔しても遅いけど、後悔しかできません。
あなたに、会いたい。

2008年8月8日  あなたとだから、私は、私でいられた様な気がします。


愛する人が目の前にいること、当たり前のことだと思っていました。
ずっと続くものだと思っていました。
でも突然、当り前のものが崩れていきました。

でも、本当に愛していたからこそ、悲しみだけでなく
幸せを見つけることができました。

あなたにとって大切な、家族、恋人、ご友人と一緒に
その人たちのことを思いながら、聞いて頂きたいです。

●講師 : 薄井春美さん
       1978年生まれ。
       高校1年生の夏休み、アメリカへホームステイを経験し
       海外での生活に強い関心を持つ。
       25歳の時、オーストラリアへ短期語学留学。そこで運命的な
       出逢いがある。
       現在は、『旅行を通して笑顔を増やす』という夢に向かって邁進中。

●時間 : 2008年10月4日 15:00~17:00

●場所 : 大田区民ホールアプリコ 小ホール 
     (東京都大田区蒲田5 丁目37 番3 号)

●地図URL : http://url.ms/yKf

●アクセス : JR 京浜東北線蒲田駅東口から徒歩約3 分

●参加費 : 一般-3000 円、紹介-2000 円、
       男女ペア割-3000 円( 恋人、夫婦で参加)
       大学生-1000 円、高校生以下無料

●主催  : ザ講座実行委員会

※講演会終了後17:30~19:30(仮)まで、講演会場の近くの中華レストランにて
 懇親会を行います。参加費は3500円(仮)です。

――――――――――――――――――――

彼女の素敵なメッセージが見れますよ。

http://www.portal-itnews.com/movi_estate_v2/movie.php?id=78c6528d@up.portal-itnews.com

――――――――――――――――――――

以下、講師の方からのメッセージです↓

こんにちわ、はるです。
私が初めて人を好きになったのは、小学6年生の時でした。

その後も片思いをしたり、思いが見事に通じたり、
いくつか恋愛を重ねてきました。
どの恋愛もそれぞれ素敵な経験ができたと思っています。


でも、今回お話させてただく恋愛は、一言で表すと、'特別'なんです。
なぜかというと、永遠に途切れることのない、
繋がっている想いがあると確信できるからです。


愛する人が目の前にいること・・・・・・
私も相手を想っていて、
その人も私を想っていてくれるならば、

目の前にいることが当たり前だと思っていました。
でも突然、その'当たり前'を全て失うことになります。

言葉では表せない悲しみを経験しました。

「慟哭」という言葉でさえ、全然足りないほどの悲しみ、
喪失感、空虚感を味わいました。



でも今は、胸を張って「私は幸せだ!」と思えるんです。
世界中で一番幸せかもしれないと思うこともあります。

それは、「永遠の出逢い」があったからです。
そこから、私の幸せを見つけることができたからです。


家族や友人関係で悩んでいる方。
好きな人がいる方。
仕事や恋愛に少し疲れている方。
なんとなく刺激がほしい方。


みなさんに少しだけ、幸せを感じて頂ける時間になると思います。


ぜひぜひ、講演を聞きにいらしてください。
できれば、あなたの大切な人とご一緒にご来場頂けると嬉しいです。


最後まで読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございます。





-------------<ご案内>-------------
【ご案内】市川市 地球環境セミナー 『宇宙船地球号の行方』~あなたが守りたいものは、何ですか?~
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/10/post_30.html

2008年8月24日

霧雨の代々木公園にて

23日。
CA330046_.JPG友人と代々木公園に行ってきました。

5月末の私の講演会に、一番、遠方から来てくれた人。
心の病を持っているのに来てくれて、いろんなことに共感してくれて、とても嬉しく感じる。
今は、関東に引っ越しして住んでいるので、今度、遊びに行こうと約束していた。
こういう病気は心の波があるので心配していましたが、元気そうで、色々と話も出来ました。

JR原宿駅で待ち合わせ。
原宿駅周辺や代々木公園では、毎年やっている『原宿表参道元気祭スーパーよさこい』の開催日だったらしく、周辺は大騒ぎ(笑)
そそくさと、近くのインド料理店でめっちゃ美味しいカレーを食べた後、代々木公園へ。

CA330044.JPG代々木公園をゆっくりと散歩したのも久しぶり。
途中、芝生の所にピクニックシートを敷いて、周りの風情や景色を眺めてノンビリ。
何ともいえない無言の時間が流れ、、、、でも、なんともあたたかな気持ち。
軽く霧雨程度の雨降りだったのですが、とても、良い機会になった。

雨脚が少し強まってきたので参宮橋駅方面へテクテク歩いき、駅近くのゆっくり出来る静かな喫茶店でお茶。
友人が書いた絵や文の作品を眺めながら語り合い。
少し疲れて来たみたいだったので、帰路につきました。

友人の状態もあるので3~4時間程度の時間でしたが、なんだか、ノンビリしてしまった。。。。


CA330045.JPG代々木公園って、すごいよね。。。
都会の真ん中にあれだけの緑地帯。
そのすぐ横には、人工で原生林規模の緑地帯を蘇らせた明治神宮もあるし(ZAIMで聴いた里山の話でも紹介されていました)、よくぞここまで残してくれた、と感激してしまいます。
こういう場所があるだけでも、人って安心して暮らせるってそう思う。

コンクリート詰めの都会じゃ「人」は生きていけない。
「人」も生き物だから、土があり、緑があり、水があり、そんな場所だから「人」は「人」として生きていける。
いろんな生き物と共に生きること。。。。それが自然な姿なんだって、そう感じます。




----------<お知らせ>------------
9/13 地球環境ハーフデイセミナー 『選択可能な未来』
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=872297723&owner_id=643271

8/30『1/4の奇跡 ~本当のことだから~』&『光彩~ひかり~の奇跡』同時上映会
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=893443584&owner_id=643271

9/20-21てんつくマンワークショップin青野原(神奈川)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=898914535&owner_id=643271

9/28 花田志喜子講演会 "生まれてきて本当に良かった!" ~ すべては自分から始まる ~
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=894294510&owner_id=643271

2008年8月12日

輝かしい舞台の傍らで

今、世界では戦争で、大切な命が次々と消えていっている。
西アジア北端の南カフカース地方で起きている激しい戦闘は、マスコミによって多少は報道されているから、まだ良いようなものの、報道されていないものを含めたら、どれぐらいになるのだろう。

片方では、金だ銀だ銅だとマスコミは騒ぎ立てている。
金を取ったから、一体、何がどう変わるというのだろうと、思いっきり冷めて見ている自分はおかしいのだろうか。

昨日の新聞で、激しい爆撃によって親戚を亡くし、死体を抱きかかえて泣き叫んでいる男性の写真をみた。
もし、あの男性が私だったらどうだろう。
あの腕の中で死んでいく人が、自分の愛する人だとしたら、どう思うのだろう。

戦争というのは、どちらが正しくて、どちらが間違っていると断言することは難しいと思う。

でも、一つだけ断言出来ることがあると私は思う。
それは、何時の時代においても、こうやって悲しみに暮れるのは、弱い立場の人間なんだっていうこと。
ただ、それだけ。

8月。
日本では、2つの原爆が落ちた。
約60年も昔の激しい戦争で亡くなった魂は、今の時代をどうみているのだろうか。

今の時代、いつ、何が起きてもおかしくない。
だからこそ、自分の生き方の一つ一つが問われてくるんだと、そう思う。
そのことを、いつも頭の中に入れ、身体で感じながら生きていきたい。
死ぬまで着実に明日へ向かって歩んで生きたい。

今日の深夜から、空にはペルセウス流星群が見える。
情報を垂れ流すだけのテレビもPCも消して、夜空を見上げながら、人々の想いを感じてみたいとそう思う。


----------<お知らせ>------------
9/13 地球環境ハーフデイセミナー 『選択可能な未来』
http://www.deep-eco.org/myblog/archives/2008/07/post_906.html

8/30『1/4の奇跡 ~本当のことだから~』&『光彩~ひかり~の奇跡』同時上映会
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/08/post_27.html

8/17『107+1~天国はつくるもの~』上映会@新宿
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9/20-21てんつくマンワークショップin青野原(神奈川)
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/08/92021in.html

9/28 花田志喜子講演会 "生まれてきて本当に良かった!" ~ すべては自分から始まる ~
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/08/post_28.html

2008年5月 8日

『希望の空へ ~人と人が共に生きていくこと~』プレ講演会

5/6は、

5/24 にある第7回 ザ・講座 あなたの「人生を走り続ける原動力とは」
『希望の空へ ~人と人が共に生きていくこと~』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/04/post_22.html

のスタッフ仲間に向けてのプレ講演会を開きました。
リハーサルなどの意味を込めての練習です。

お客さんは、10名程度。
実際話した時間は、1時間半の予定が1時間10分程度と短くなってしまい、用意していた原稿の1/3程度、飛んでしまいました~。。。。。(^^;
ちゃんと、読み込んで自分のモノにしていかないとだめだね。。。
ホント、全身全霊、魂を込めて講演するって、大変だなーって思った。
自分の中では、結構、反省材料が山のようにあります。
15019093_3292109300s.jpg
話していて、みんなこういう所に感動してくれて、こういうところで感じてくれるんだなって、そんなことを身体で受け止めながら話していました。
人前で話すって、ほんと、良い経験だ、、、、、
相手に向けて話しているつもりが、どういうわけか、自分の内なる部分がしっかりと見えてくる。

終わった後、みんなから、色々と感想を頂きました。
こうしたら良い、あんな風にしたら良いと、ありがたい意見も頂きました。

15019093_2774507691s.jpg
仲間がいるって、ほんと、素敵。
講演内容じゃないけど、人と共に歩むこと、、、、今は、私にとって、一番大切で大好きなことだってそう思う。
みんなに出会えたこと、過去に出会った人、これから出会う人、全てに感謝の気持ちを込めて、5/24に望みたいってそう思います。

15019093_1475853725s.jpg
プレ講演を聴いてくれた方々の日記。
自分で言うのも照れくさいけど、感動的な感想を書いてくれて、ほんと、嬉しい。
みんな、本当にありがとう。。。。感謝です。

もえちゃん
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=798727388&owner_id=192104

サイカクさん
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=798740649&owner_id=6370588
サイカクさんのフォトアルバム
http://mixi.jp/view_album.pl?page=1&mode=photo&id=15019093

SAYさん
http://plaza.rakuten.co.jp/relamedi/diary/200805070000/
15019093_223244738s.jpg

さて、そんな私ですが、すっかりと風邪ひきました(笑)
昨日、プレ講演が終わったとから、なんだか、ゾクゾクしていたんだけど、朝起きたら、完璧風邪モード。
熱からくしゃみから鼻水から、、、、風邪薬の効用に書いてある諸症状が全て出まくっています。
プレ講演で、知らない間にがっつりとパワー出し切ってしまったみたい・・・・。
う~む、、、5/24の本番が終わったら、たぶん、担架で運ばれるな・・・(^^;
んじゃ、それぐらいの魂を込めた講演会にしてみますかね!(笑)

っというか、風邪、しっかりと治します・・・・はい・・・。



----------<お知らせ>-----------
あなたにこの想いを届けたくて単独講演会をやることになりました☆
第7回 ザ・講座 あなたの「人生を走り続ける原動力とは」
『希望の空へ ~人と人が共に生きていくこと~』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/04/post_22.html

5/11(日)
千葉県浦安市『1/4の奇跡 ~本当のことだから~』
日本語字幕 バリアフリー上映会 ☆~母の日スペシャル~☆
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/05/511_14.html

6/5(木)
青い地球プロジェクト 地球環境講演会
『宇宙船地球号の行方in東京 ― 環境 と 生き方 ―』
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/05/_in.html

7/6(日)
風人の祭2008東京 ~森は いつでも あなたのそばに~
http://www.deep-eco.org/infoblog/archives/2008/04/post_23.html

2008年1月26日

八王子市長選 期日前投票

今日の午前中。

朝一で立川の補聴器のお店へ、かわいい店員さんをナンパしに、、、じゃなくて、補聴器の調整と掃除と電池と乾燥剤を買いに。いつもの女性店員さんが変わってた、、、でも、今度の店員さんも眼鏡が似合っていて、かわいい、、、(笑)

その後は、床屋に行って、さっぱり。ちょっと、短め~。明日、イベント本番だしね。まぁ、裏方なんで、人前に出ることはないんですが、すっきりした気持ちでいないとね。髪、乾燥してばっさばさだったし。

で、そんでもって、八王子市長選の期日前投票に行ってきました。明日、イベント準備で7時ぐらいに家を出ないとならないしねぇ、、、、。なんか、こんなんで良いの?っていうぐらいに、前よりも簡単になっていた。前は「投票用紙発行依頼書」みたいなのを書かないとならなかったけど、今度のは投票券(はがき)に既に欄が書いてあって、そこに記入して持って行くだけ。投票日に投票するときとあんまり変わらなくなっていた。

こんなに簡単なら、使わないなんて損でしょ。

明日、どうしても行けない方。是非、期日前投票、使ってみてくださいね~。お知り合いに八王子在住が居る方がいましたら「投票に行った?」って電話とかで連絡してあげてくださーい。

~1/27は、八王子市長選挙です~
八王子にお住まいのお知り合いがいましたら、是非、お伝えください~☆
http://www.deep-eco.org/myblog/archives/2008/01/post_846.html

~・~・~<お知らせ>~・~・~
あなたが生まれてきたこと、、、そこにはすばらしい奇跡があります。
あなたの命、魂は、数万年、数億年という時を超えて、かけがえのない宝もの。
2008/2/10「『1/4の奇跡~本当のことだから~』
日本語字幕付き 東京バリアフリー上映会」
http://www.deep-eco.org/myblog/archives/2008/01/14_1.html

~・~・~<お知らせ2>~・~・~
お金とは、命とは、人とは、この地球上に生きることとは、、、、そして、そこから見えてくる”生きるための原動力”とは。今、その心が共鳴し合います。
2008/2/23 第6回 ザ・講座あなたの「人生を走り続ける原動力とは」
『これからの生き方 ~ものから心へ~』
http://www.deep-eco.org/myblog/archives/2008/01/223.html

2007年11月12日

【空日記】完璧

img071112.jpg
朝方、こんな青空を見るのは久しぶりかも。
今日は紅葉し始めた会社の近くの木と一緒に記念撮影。

”完璧主義”の”完璧”ってなんだろうね。
誰と比べて?

”完璧”って、結局、”誰か”の真似をしているだけなのかなって思う。自分よりも上の”誰か”にあこがれて、その”誰か”に追いつきたくて、周りの”誰か”と同じになりたくて、その誰かの”完璧”を追い求める。

疲れるよね、、、こういう生き方。昔は、自分もそうだった”。誰か”をお手本にしたマニュアルを自分で書いて、その通りに動き、その通りに動けなかったら、そういう自分を”出来損ない”と責める。

自分自身、あるがままの生き方じゃないから、心も体もいっぱいになって辛くなる。

”誰か”でもなく”自分”で在ること。

今は、それが私の中の”完璧”という言葉の意味。
今、この時、この一瞬がすでに”自分”そのものなのだから、毎日、今、この時のこの一瞬全てが”完璧”になる。

だから、今が楽しいって思える・・・。

これからもずっとそういう生き方をしていきたいし、そういう生き方をみんなで共有していきたいって、そう思う。

昨日、泣いたとしても、今日は、この青空の下で”自分”の笑顔でありますように。貴方は貴方らしく生きてください。貴方らしい幸せであってください。それが、私の願いの全てです。

2007年10月30日

【空日記】カサカサの心(ファファラ専用日記)

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快晴の空に朝日~☆

いや~、写真に似合わず風邪っぴきのにぽぽです。先週の土曜日の台風のまっただ中に外に出たのがまずかったな。日曜日の夜から寒気がして、今も身体がだるい。。。。お腹が、、、ぴーごろろ、、、です(笑)寒暖の差が激しいので、みなさんも気をつけて。


先日、とあるミーティングの合間に、そこに参加していた友だちに靈氣をあてた。「ハートのチャクラ」っていって、精神(心)を司る部分にあたる場所を重点的に。ほんとは胸からが一番なんだけど、相手が女性なんで背中からね(笑)

心が疲れてるな~って靈氣を送っている方がはっきりとわかるぐらい友だちの心が乾燥してカサカサになっていた。乾燥した土に水を蒔くように、ガンガン、靈氣が吸い込まれていく。

30分ばかり送り続けていると、友だちの背中が温まっていくのがわかるし、顔の血色もよくなっていく。受け取り側もそうだけど、送っている私の方もあたたかくなるんだよね。それも同じ部分が。これがまた不思議。

次第に、友だちの心にエネルギーが満たされたかな、、、、、って感覚的にわかってくると、友だちが突然泣き出した。顔は笑顔だけど、やっぱり、いっぱいいっぱい頑張っていたんだね。。。。。こんな世の中だもんね。。。。いろいろと大変だろう。。。。疲れて当たり前。

友だちには思いっきり泣いてもらって、いろいろと胸の内を話してもらった。苦しかった事、悲しかった事、沢山。

話していくうちに、友だちは清々しい顔になっていった。それをみて、私も嬉しくなった。


靈氣って、こういう使い方もあるんだね。初めて知ったよ。身体の調子だけでないんだ。


今日の朝日みたいに、みんなの心に暖かな太陽が昇りますように。心が元気になりますように。心が笑顔になりますように。

ほんと、そんな想いで、自分の心もいっぱいです。



~・~・~・<お知らせ>~・~・~・~
    ~Over The Rainbow~
青空の下で、みんなででっかい虹を見よう!

『ありがとう地球 ~虹のまつり~』from大和
~世界中に 平和の虹を つなげま笑(しょう)!~
http://rainbow-festival.net/

2007年9月24日

「迷惑をかける」って?

今日は、久々に家でゴロゴロ状態でした。いや・・・・眠りまくった(笑)

昨日の日記で「元気です」なんて書いておきながら、今日は、ちとダウン気味。体がぼーっとするので、体温を測ったら38度近くあった。風邪かしらん?ここ数年37度前後を行ったり来たりしていた状態が続いているので、さほどのことじゃないけどねー。まぁ、そんなこんなで、ゆっくりとです。



今日は、ゴロゴロなりながら、フッと思ったことを徒然と・・・・


「迷惑をかける」って何だろうね。

先日、友人と電話で話していて「迷惑をかけるから」「頼っていられないから」という言葉がやたらと出てきた。そして、そのことに、すごく悩んでいるのが気になっていた。

その友人、昼夜とも仕事をしている状態。完全にパンクしていて相当凹んでいた様子。こんな状態じゃ、いろいろとネガティブな感情が出てきても仕方ない話なんだけどね。


昔、私も「迷惑をかけるから」「頼っていられないから」とがむしゃらに頑張ってしまっていた時期があった。障害のこともあり、健常者の中で生き抜くには、周りに絶対に負けられないという囚われの念があったから。「まともに動けない自分は、世の中のゴミ。この世の存在しない方が世の中のため。消えてしまった方が良い。」とずっと思いこんでいたので、その裏返しで人一倍頑張ろうとしていたのだと、今はそう思う。社会のゴミ当然と思いこんでいた自分を、そうでないところまで押し上げようとしていたのだから・・・・・・それじゃ、頭がおかしくもなる。今でもトラウマのようにそういう想いが頭をもたげることがあるから、その時は、精神的に辛くなる。


でも、「迷惑をかける」ことがそんなに悪いことなんだろうか。「頼る」ことがそんなに悪いことなんだろうか。そんな風に今はそう思う。


迷惑をかけて、頼っているからこそ、人間って生きていけるんじゃないか。人間だけでなく、他の動植物だって、そうやって、他に迷惑をかけて、頼っているから、生きているんじゃないか。

そういう、「迷惑かけて、迷惑かけられる」、「頼り、頼られる」という関係性が連なって、皆が共に生きているんじゃないかって、私はそう思う。たとえば、食物連鎖だって、ある意味、他の種族からすれば迷惑な話。自分の食欲のために、他の種族を取って食べようというのだから。でも、それがないと、この世界の誰もが生きていけない。


やっぱり、こういう関係性をどう捉えているか。。。。なのかな。

「迷惑をかける」と考えるか「助けをかりる」と考えるか、、、、実は、こういった表面的な”言葉の違い”だけでしかないのかもしれない。

こんな単純な”言葉の違い”で「どうしよう」と、深く真剣に悩んでしまうなんて、そっちの方が辛いし、それが原因で自分らしく生きられないのであれば、それこそもったいない。


人は一人では生きていけない。昔も、今も、これからも。人がこうやって生きていれば、何かしらの関係性がそこに生まれ、何かしら影響を及ぼし合うのは当たり前。息をしたり、歩いたりするだけで、影響は外に向かっていく。それが生きているっていうこと。だから、「迷惑をかけない」なんて、一生どう頑張ってもあり得ない話。

それを「迷惑をかける」とか「頼れない」なんていって、自分で自分を苦しめるなんてもったいないってそう思う。

誰かを好きになってみたり、
誰かを嫌いになってみたり、
誰かを傷つけてみたり、
誰かを優しくしてみたり。

誰かと話してみたり、
誰かと笑ってみたり、
誰かと泣いてみたり、
誰かと喧嘩してみたり。

誰かに頼ってみたり、
誰かに助けをもとめてみたり、
誰かに愚痴を言ってみたり、
誰かに慰めてもらったり。

なんて迷惑な話なんだ(笑)
でも、そうやって生きているから人は人であり続けられるし、この地球で、この宇宙で生きていられるんだよね。


人は完璧になれないから、独りにもなれない。独りじゃないから、人は人になれるんだ。独りじゃないから、迷惑をかける、頼る、なんて当たり前のことなんだ。人間ってそんなものね。。。。と、KOKIAの曲を聴きながら、こんなことを書いているわけなんだけど(結局、またそこかい、笑)


電話で話した友人にも「迷惑ぐらい思いっきり周りにかけなさい。頼りたかったら思いっきり頼りなさい。そうやって人間は生きていけるんだから、ここぞとばかり、思いっきり人に寄りかかってみたらいいよ。」と言った。

とっさに出てきた言葉だけど・・・・・でも、そうだよね・・・・・。
「迷惑をかけた」なんて、すばらしいじゃない。独りじゃなかったっていう証拠だよ。



~・~・~・~・<お知らせ>・~・~・~・~
今の地球では、何が起きているのだろう。
これから先、何をしていけば良いのだろう。
10/6 千葉県にて地球環境講演会が開かれます。
是非、お知り合いをお誘いの上、ご参加くださいね!
明日のこと、みんなで考えていきましょう。

「地球環境講演会 in ちば ~美しい地球を子どもたちに~」
http://ahaha.livedoor.biz/archives/50847395.html

2007年9月 7日

スピリチュアルな同伴

私が偶に日記に書いているヴァーチューズプロジェクトには、5つの戦略というのがある。

1.美徳の言語を話す
2.教えに最適な瞬間に気づく
3.明確な境界線を設定する
4.スピリットを尊重する
5.スピリチュアルな同伴を提供する

これは、ヴァーチューズプロジェクトのワークをする時はもちろん使うけど、実生活で人と話したりするときにもすごく役に立つ。特に、4、5は、今の社会環境の中で、一番大切なのかなってそう思う。(”スピリチュアル”の言葉がわかりづらかったら、心とか魂と置き換えてみてください)


先日、とあるミーティングで「心の豊かさ」の話をしていた。どうして、こうも犯罪が多いのだろう。心の病が多いのだろう。戦争や環境破壊が多いのだろうと。

そしたら、小さい頃から沢山受け続けてきたストレスなどにより、大人になって様々な形となってトラウマになってしまっている人が多いって改めて気が付いた。いじめなどの友だちとの関係、両親や教師などの大人との関係、原因は様々だけど、でも、そういうトラウマが大人になってから「自分らしさ」を失い、それがまた「心の豊かさ」を見失ってしまっていることが意外にも多いってそう思った。逆に小さいころ、若いころにストレスを受けていないっていう人の方が少ないぐらい。もちろん、それぞれに強弱がある。また、人それぞれ体の耐性の度合いが違うように、心にも人それぞれ耐性の度合いが違うから、小さなストレスでも大きなトラウマとなって心の奥深くで傷つき膿んでしまうこともある。

そういうトラウマを沢山抱えた人にとって何が助けになるか。。。。みんなの話とかを聞いていて、たぶん、その助け、そして気づきの最初の入り口は、この4と5をどうやっていくかなんだろうと思う。

ただ、話を聞いてあげるだけでも良いし、一緒に涙するのも良いし、同じ、または、それに近い経験や想いを話すのも良い、ハグなどを行動で示すのも良い。形にこだわらずになんだっていい。要は、どこまで相手のスピリットに近づいていくかなんだから。

そのミーティングでも、みんなでみんなに、いろんなことをやっていった。そう、まさしくその内容は「スピリットの部分を共有すること、共感すること、寄り添うこと」だった。そしたら、みんなが笑顔になった。大きなトラウマを抱えて苦しんでいる人でも、最後は心から笑ってた。



私も小学校の思い出は最悪でしかなかった。いじめもたくさんあった。

何かにつけて、普通学級から養護学級への転校を突きつけられていたから、親にはいじめにあっても言えなかった。「学校に迷惑をかけるようなことをするな。」「いじめられるようなことをするおまえがわるい。」といわれるのがオチだったから。

ある時には、信じている人に裏切られ、いじめにあっている自分が、なぜかクラスメート全員の前で涙ながらに土下座をさせられた時の情景は今でもはっきり覚えている。薄ら笑いをするクラスメート。その時、先生もいた。

そのせいで、ずいぶん、疑心暗鬼で人のことなんて信じられないし、親に対しても憎悪の固まりでしかなかった。自分を出せない、自分をアピールできないとい事なども、そういうところから来ているんだと思う。こんな辛い記憶、頭の中から消し去ってしまいたい、自分自身と共にどこかに葬り去りたいとずっと思っていた。

でも、いつしか、スピリットの部分で尊重してくれ、スピリチュアルな同伴してくれた仲間が出来た。一緒に笑って、一緒に泣いて、そういう自分の心の変動にとことん付き合ってくれた人たちがいた。だから、自分のことを信じられるようになってきた。特に、10年ほど前にあった友だちは、傷ついている私と逢いたいからと、忙しい合間を遠いところから駆けつけてくれて、私のネガティブな部分に思いっきり付き合ってくれた。本を貸してくれたり(その時に出会った本が「生きがいの創造」や「神との対話」)、実体験を話してくれたり、たくさん、たくさん、話した。

このいろんな人の助けで、私の心の中で、昔への想いが急変した。

いじめにあっていた頃にも、私を助けてくれていた人たちがいたことに気が付きはじめた。実は「愛」をもって接してくれた人も沢山いたっていうことに気が付いた。骨折して長期入院していた時、クラスメートは、毎朝「早く良くなりますように」とお祈りしてくれていたことも知った。親もあの時は、こうするしか方法がなかったことは確かだし、もし親が折れて、養護学級に移っていたら、今の自分の生活は全く存在していなかったと思う。

そして、この辛い経験があったからこそ、逆に、他人に対する優しさや思いやりが培われ、他人の心の傷に寄り添うこともできいるんだとそう思いますし、その頃の自分がいなかったら、今、アミウィングスなどのボランティア活動に携わることもなかったと思う。

だから、この経験は私にとってかけがえのない貴重な経験だったと思うし、自分自身をつくった大切な経験だと思うし、「悪い思い出」ではなく「良い思い出」の一つになった。



そういえば、ロビン・ウィリアムズ主演のパッチ・アダムスの映画を見たときも、形は違うけど、これは、まさに”スピリチュアルな同伴”そのものだよなっていうシーンがある。

パッチがまだ医師を志す前の話。自殺願望が抜けず精神病棟に自主入院していたころ。パッチと同じルームメートは、重度の統合失調症。本当はいないはずのリスがその人には見えて、自分を襲ってくるといつも思い込んでいて、ベットから下りる事も、トイレなどにも立つ事もできない。

ある晩、やっぱり見えないリスに怯え暴れているルームメート。医師や看護師は「そんなものは絶対いない」と最初から決めつけて全く相手にしない。ほったらかし。

でもパッチは・・・・・・・そのルームメートと一緒にその「見えないはずのリス」と一晩中戦っていた。「見えないはずのリス」がいるということを前提に、そのルームメートと一緒に戦争ごっこして暴れまくった。そしたら、そのルームメートは次第にパッチに心を開放し信頼関係が生まれ「リスがいるから」とベットからも降りれなかったのにベットから降りる事が出来て、しかもトイレなどもできるようになっていった。



今の社会は「スピリット」な部分を見過ごしがちだし、蔑ろになりがちだと思う。だから、傷つくことも多いし、心の病や自殺も多く存在する。犯罪などもそう。社会的立場や地位や上下関係が最優先され、ネットなどのバーチャルな世界の中の希薄な関係性しか築けなくなってしまった世の中。

だからこそ、生まれも育った環境も歳も性別もなにもかもすべて違うけど、そんな人たちがお互いをスピリチュアルな部分で共感して共有しあえるって、ほんと、大切だと思うし、ステキだと思う。

どう相手に寄り添うか、どう相手と共感できるか、どう相手と共有できるか。どう相手と歩めるか。これからは私自身の課題だと思うし、こういうことを自ら推し進めていきたいってそう思う。

皆が笑顔になるために、幸せになるために、私として、やっていきたい。



東京は、台風がなんとか過ぎ去りました。八王子の上空を台風の目が通しすぎていったので、風、雨が強かった。両親は「音がうるさかった」っていっていたけど、補聴器はずした私には、全く問題なし(笑)でも、骨折跡の古傷が痛くて、寝られなかったけど(汗)いくつかの場所では被害も多い。これから大変な地域もあるし、風、雨共に強いので、気をつけてほしい。通しすぎた後も吹き返しや強烈な通り雨もあるので、注意してください。

今日は、午後から忙しくなるので、夜、お台場である田中優さんの講演に聞きに行けなくて残念。でも、8日は「平和とスピリチュアル」というミーティングに参加するし、ストリートチルドレン芸術祭のミーティングもある。そして、9日は昨日の日記にも書いたBe-inもある。新潟から親友も来るし(1年ぶりに逢える)、夜のキャンドルの暖かな炎に心身共々癒されてきま~す☆

あっ、「いつも忙しそうだけど、大丈夫?」と心配してくれる友だちもいますが、基本的に楽しめるイベント、心底、行きたいって思えるイベントしか行かないので、体は疲れるけど、心は元気なので、大丈夫です♪ありがとう☆



~・~・~☆お知らせ☆~・~・~

映画『日本の青空』自主上映会@八王子

9/20 八王子のいちょうホールにて、鈴木安蔵氏という実在の憲法学者を主人公に日本国憲法が出来た経緯を戦前から戦後にかけてドラマティックに描いた映画『日本の青空』の自主上映会を開きます。日本国憲法に託した日本人の平和への想いを、是非、見に来てくださいね☆

http://www.deep-eco.org/myblog/archives/2007/08/post_746.html

2006年3月 8日

構造改革?

なんか、最近、こういう政府広報が始まりましたな。

ひろがる、NIPPON構造改革

これは、政府公報というより、自民党・・・・・・・いや、小泉党の広報だろ?

朝、支度しているときに新聞代わりにいつも見ている情報番組中、このCMが流れてきて思いっきりブチ切れそうになりました。
先日から新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、公共交通機関内など、「何モンだ?!」っていうぐらいに大宣伝状態。
そして、これまた私の大好きな俳優の竹中直人さんがやってたりするから、さらに質が悪い。。。(ーー;)

いいですなぁー。
国の税金で、特定の党を大応援ですか。
小泉の任期ももうすぐ切れるから、今のうちに大宣伝かけて次の選挙に繋げようっていう魂胆か。
まぁ、こんなことしなくても、どっかの党は腰抜けのあのザマだから、広報なんてしてもしなくても同じだと思うのだが(笑)

確かに、「構造改革」で便利になったこともあるかもしれない。
でも、その代償に何が支払われたか。

ジリジリと収入格差が広がりをみせ、勝ち組はさらに裕福に、負け組はさらに生活が困難になっていく一方。

昔から収入格差はあった。
けれど「貧乏でも楽しかった」「良い思い出が多かった」っていう人は意外に多くいます。

でも、現在はどうだろう?
首をくくった人、電車に飛び込んだ人、高い所から飛び降りた人、深い森に入って行方不明になった人は、今年に入って何人いますか?
ホームレス、ニート、引きこもりは、ブレーキがきかずますます増えていく一方で、今年で何人になりましたか?
そして、ご老人たちや弱者にとっては、ひっそりと孤独死が待っている状態なのではないですか?

これが、国民のための「構造改革」なのですか?

先日、ここでも書いたPSE法。
やっぱりという記事を見つけました。
PSE法が新法になった2001年以降、電気事故はますます増えていっているそうです。

2001年度以降、家電事故が激増(赤旗)

まぁ、この記事では「何年に製造されたものがどれだけ事故をおこしているか」までは書いていないので、はっきりとは言えないかもしれませんが、2001年以降動き出したPSE法の本当の実態は、こんなもんだったということは間違いないでしょう。
要は、PSE法は「消費者の安全を守るための法律」では無いっていうことです。
「第二、第三の姉歯」ということで、最近になり北海道でも大騒ぎになった耐震偽造をやりやすくしている建築法も全く同じこと。

これもどれもその「構造改革」なのです。

高速道路はどうなりました?
都市再生を含めた公共工事は?
郵政省民営化は?
金融改革やらなにやらで、その結果で生まれたのがホリエモンっていう化け物だったのですか?

大増税も障害者自立支援法も健康保険改革による医療自己負担額増も全てこの「構造改革」。


小泉率いる自民党が6~7年前から大連呼している「小さな政府」=「構造改革」という言葉は、こういうことだったのです。

今、本当に大事なのはなんなのか、、、、、、何をしなければならないのか。
社会を動かし、創りだしているのは、なんだかんだ言って私たちの心なのだから、私たち一人一人が、自分の五感でしっかり見極め、自分の頭でしっかり考え、自分の足でしっかりと立って歩かないとならないところに来ている。

そう強く感じています。。。。。。そして、それこそが、本当の意味での構造改革なのでしょう。

2006年1月14日

本当の意味でのバリヤフリー

今日は、補聴器のメンテナンスに行ってきました。
清掃と若干の音調整。

そして、片耳だけ補聴器をしていたのを、両耳に補聴器を入れることにしました。

実のところ、かなり、疲れてしまうんです。
会議だとかなんとかで、長時間、人の話を聴いたりしなくてはならないときとか。。。
結構、疲れた~って、頭が悲鳴を上げているのを感じられる時があり、ひどいときは頭痛がガンガンしているときも。
補聴器の入っていない方向から話しかけられたりすると苦労するし、聞こえてくる方向がわからなかったりするし、、、、色々な面と不便なことが多くてね。
遊んでくらしているだけなら良いけど、仕事とかボランティアとかしている身なので、さすがに支障を来すようになってきてしまった。
仕事上、人の話を聞かないとならないため、一つ、聞き間違えたら、大変なことになるし。。。。。

今日、行ってきた補聴器のお店の人と色々と相談したり、試しに両耳に補聴器を入れて、声とか音とか音楽とか聞かされて、やっぱり、両耳は楽だ~って感じました。
ですので、そう決めました。

あとは、どの機種にするか。。。。両耳40万円後半で買える長く使って良いものにするか、30万前半の大衆製品にして様子見程度にするか。。。。。
う~む~、、、、10万近く違うからねぇ。。。。。
さすがに即決できず、保留にして帰ってきてしまいました。
今月末までに決めて、もう一度、お店に行ってきます。


この様な補助をする機械とか、街中などにあるバリヤフリー(ユニバーサルデザイン)とか、本来ならいらないと思う。
周りが人それぞれに合わせて、助け合ったり、支え合ったりしてくれる世界があるのなら。
家の中に閉じこもっていても、誰かしら助け合ってくれるような繋がりが出来ているのなら。。。。。。

こういう機械や生活を補助するものを買ったり、段差のない道、エレベーター、音声案内機などの様々なバリヤフリーは、ほんまに、究極的に贅沢な話だと感じる。
これだけで、世の中では年間何十億、何百億と消費されるわけだし、これを使えば、明日生きるすべを失っている貧困国などを助けることも可能だし、日本国内だって凍死したりしているホームレスの人も助けれる。
自然が破壊された場所の修復も可能だろう。

階段とかがあれば誰がおんぶすれば良いし、耳の聞こえない人がいれば、誰かが筆記などで補助したりしてあげればいい。
家から出られないのなら、誰かが分け与えたり、補助したりすればいい。
昔であれば、村単位で、そういう世界、そういう助け合うシステムが普通のように普遍的にあったから、どうにでもなったはず。。。。
弱者に合わせていくシステム、というか、何かに囚われることがなく、人それぞれに合わせていけられるシステム、個性を尊重させられるシステム。。。。。こういう、共に生きるためのコミュニティー的なものがあれば、、、、、、、

でも、この世の中は、どうしても、健常者中心の世界。
強者に合わせて造られた世界。
お金が中心になってしまっている世界。
個性では生きられず、個性を潰さないとならない世界
不完全体では生きられない世界

結局、障害者も、その世界に合わせていかないと、それこそ路頭に迷い、生きることさえ出来ない世の中になってしまっている。
今日を生きようにも、その命をつなぐ介護や医療でさえ、多額のお金を払わないとならない。
先日、可決された障害者自立支援法なんて、そういう世界に拍車をかけてしまった。
根本的に意味合いを間違って一人歩きしてしまっている「自己責任」という言葉が蔓延してしまったとも言えるかも。

障害者がこの世界を生きるには、ほんま、苦労が多いし、お金も莫大にかかる。
本当に、生きにくい世界になってしまったものだ。。。。。。本来は、そうではないのだが。。。。。。。。

こういう世の中で一般的に言う”バリヤフリー的なもの”が必要のない世界を造ることが、本当の意味での”バリヤフリー”だと思う。
そういう世界を造っていくことが、それが日本国内のホームレスをなくすことにもなるし、今、東北や北陸などで雪で苦しんでいる人を助けることにもなるし、貧困国を助けることにもつながると思う。

そういう、本来の意味での「共に生きる世界=バリヤフリー」を造っていくことが大切だと感じます。そうすれば、全ての人を笑顔に出来るでしょう。

2005年11月 6日

夢を語ること

昨日は、朝から、親戚の家に引っ越しの手伝いで下町の方に行っていました。
母方のお姉さんで、もう70歳近いおばあちゃん。
本人は至って元気で、先日も海外旅行にひょいひょい行ってしまうようなタフな人なんですが、さすがに、この歳で一人暮らしというのは家族の一人としても怖いので、老人のための共同生活型の自立支援ホームのようなところへ引っ越すことになったのです。
引っ越しはまだ先なんだけど、少しずつでも荷物をまとめていかないとならないので。
今日はもう3回目ぐらいかな。
針灸の先生で、小さいころ、色々とお世話になった人なんで、恩返しもしないとね。

その後、夕刻から、11/23のてんつく上映会のミーティングに参加。
はじめて参加のスタッフの方、数名あり。

当日に向けて、想いを語っている中で、「想いを実現するには?」という話になりました。

想いを実現する方法。

なんか、こういうのって、単純な様で、結構、難しいのかもしれない。
将来、何になりたいとか、何をしたいとか、色々と夢があるけど、どこかで制約があったりする。
でも、その制約って、自分自身が勝手に造っているものだったりして、夢が達成出来ないのは、意外に自分に原因があったりして。

この制約とか囚われとかを一端はずして、夢を語っていくのは、ほんまはすごくおもしろい。
お目々キラキラ、ワクワクするし、ドキドキするし、興奮してくる。
意外に出来ないと想っていたことなんだけど、実は、実現したりしていたりすることも多々あるのかもしれない。

「妄想」っていう言葉があって、変に思われがちだけど、妄想があるから、人って動き出せるんじゃないかなって思う。
結局、それが「夢」なんであって、その夢を持てるから、人間、生きていけるのかなって思います。

今はその「夢」が無い。
「現実論」も大切だと思うけど、今の世の中は、そればかりに振り回されて生きている。
「夢」や「妄想論」はないと、世の中、おもしろくないし、それ以上、発展もしないとそう思うのです。

11/23のイベントは、そんな、「夢」「妄想」を語り合える場にしたいねぇーって、みんなで盛り上がっていました。
そういうの交流会のワークショップでやってみたいなぁー。

みなさんは、夢を語ったことありますが。
途方もない夢、実現出来っこないようなことでも良いと思います。

私がやりたいって思っている夢はなにかな、、、、、、
実は、数年前からなんだけど、障害者と健常者が、共に助け合っていけるコミュニテネットワークを造ること。

11/4の日記じゃないけど、この2つになってしまった世界を、再び、1つの世界にしていきたい。
実際のコミュでもいいけど、インターネットで仮想空間的に最初作ってみたい。
その中で、地域通貨のようなものを発行して、自助しつつ、お互いが助け合える場を作りたいって思っています。

「全は個にして 個は全なり、個は孤にあらず」

要は、最終的には、この”本当にあるべき世界”を実現していきたいって思っているのです。
森羅万象、全てが一つである世界。

実は、一度、立ち上げたことがあるけど、失敗。
このブログの「Deep-Eco(ディープエコロジー)」というURLは、その時に所得したものなんです。
ディープエコロジーという考え方は、まさに「全は個、個は全」の世界。

時間を見つけて、もう一度、チャレンジしたいって思う。

2005年11月 2日

仲間の大切さ

~いのち、輝け地球(テラ)の仲間たち~ 11/23「てんつく」上映会ブログ用に私が書き下ろした文章の「希望の空へ」版です)

みなさんは「仲間」はいますか?
ここで言う「仲間」とは、全てのことを信頼できて、全てを許し合える「仲間」のことです。

こういうイベントのスタッフをやっていて、いつも思うことは、「仲間」の存在、そして、その大切さです。

今回のイベントには、本当に個性豊かなスタッフが沢山集まりました。
そして、そのそれぞれの個性がお互いが尊重しあい、信頼しあい、支え合って、同じ目的に向かって、どんどんと歩んでいっています。

こういうイベントのスタッフをやっているととても楽しいですね。
心がホンマに楽です。
これが「仲間」だと思うし、そういう「仲間」がいるから今までやってこられたし、これからも前へ前へと前進していけると確信できます。

もし、一人で孤独にやっていたら、出来ないことが多くあると思うし、ジクソーパズルのピースのように、一つでもそのピースが欠けたら一生、絵が完成することはないと思います。

この”「仲間」ってなんだろう”と考えはじめると、いつも、行き着く言葉があります。

「全は個にして 個は全なり、個は孤にあらず」

森羅万象、「全て」のモノは「個」から成り立つ。また、その「個」が合わさって「全て」の世界を作っているから、何が欠けても「全て」はありえない。
私たちそれぞれの「個」の命、そして、その力は、その「全て」の繋がりの中で、血液のごとく脈々と流れるように生かされており、その流れに身をゆだねること、その流れを感じとることは、”生きる”という意味でとても大切なことである。
これら「個」を知り、「全」を知ることは、自分は「孤」ではないことを実感することになり、また、それは「孤」になってはいけないということを悟ることにもなる。

この言葉の元の出所とかは、よくわからないのですが、どうも、仏教の禅(=全)の道の教えから来た言葉で、”禅の心”のあり方とその悟りの行き着く先を示しているらしいです。
最近ヒットした「鋼の錬金術師」というアニメでも劇中で「全は一 一は全」という言葉で同じことを語っていましたし、「風の谷のナウシカ(単行本バージョン)」や「3×3EYES」など他のアニメやマンガ、本などでも、同じテーマで描いている物語は沢山あるので、それぞれ意味が多少違って使ってはいるけれど、おおよその概略として知っている方は多いと思います。

この「全」を「仲間」と変えてみると、なんか、すっごく、しっくりといくと感じています。


昨今は、「個の時代」とか言って、「個人主義」を崇められている傾向が強くなってきました。
確かに「個」は大切だと思う。
けれど、どういうわけか「個」が「孤」になってしまっている感じがします。
「個」が「孤」に成りはて「全て」の繋がりも流れも全て消え失せ、壊されていっているように思えてならないのです。

「”生きる”という意味」でも書いた自殺する人が多いのも、原因をたどればそうでしょうし、あらゆる事件や事故もそうでしょうし、もっと、大きく言ってしまえば戦争などの国家間や民族間の争いもそうでしょう。

私は、このイベントを通して「仲間」を増やしたい。
もちろん、「仲間」とは、人だけではありません。

動物もそうだし、野に咲く花や草木や、無機質と思われがちなモノですら、私たちの「仲間」。
それらのキラキラと輝く地球(テラ)の仲間たちをいっぱい集め、もう一度、全ての繋がりを作り上げていきたいって思っています。

最後に、もう一度、みなさんに聞いてみます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・みなさんは「仲間」はいますか?

2005年5月23日

5R

今日、会社で環境ISO(ISO14001)に基づく環境教育があった。
相変わらずの眠たい時間でしたが(笑)、目が覚めることが。

こういう場で良く耳にすることばで3Rというものがあります。
ゴミを減らすための運動で、

・Reduce リデュース(量を減らす、無駄遣いを減らす)
・Reuse リユース(再利用、同じ物を何度も使う)
・Recycle リサイクル(再生、再生できるものは、資源回収に出す。)

の頭文字を取ったもの。
環境省でも推奨している運動です(環境省3R推奨ページ)。

ですが、ドイツなどの諸外国や環境NGOなどでは、4Rという言い方をしているところが多くあります。
これは、上の3R

・Refuse リフューズ(発生源から絶つ、やめる、ことわる)

を付け加えた言葉です。

~環境にやさしい4R活動~  

あらゆるメーカーなどの企業や業界団体等は、この最後のは、禁句に近い。
「今、本当にいるものだけを買う。後は拒否する。」なんてことを消費者全員が考えて実行されたのでは、ムダ使いと浪費でメシを食っている日本のメーカーにとっては、たまったもんじゃないから。

だから、会社の環境教育の場でも3Rと言っています。
私のつとめている会社も同じでした。。。。そう、今までは。。。。


今日もいつものように3Rなんだろうな。。。。と、少し呆れて、テキストをめくっていたら、ビックリ(*_*)
4Rだけでも驚きなのに5Rなんて書いてある!

ん?最後のって。。。。。。まさか。。。。

なんと、ノーベル平和賞受賞者でケニア環境副大臣のワンガリ・マータイさんの演説の中にあった言葉、

・Repair(修理して使う)

を付け加えたのです。
会社の環境担当の人曰く「この人のいっている”もったいない”という言葉はすばらしい。我が社では、この5Rと言っていきたい。」だと。

すげぇ~、びっくらこいた(笑)

この5Rという考え方自体は結構前からあり、トヨタやブラザーなどの一部の企業や自治体などでは、まことしやか言われているのですが、ほとんど一般化していないし、環境NGOの人でもあまりしらない人が多かったりする。
そんな言葉を持ち出すだけでもビックリなのに、しかも、ワンガリ・マータイさんのことまで言い出すとは。。。

なんだか、自分のつとめている会社を誇りに感じた瞬間でした。
眠かった時間も一気に目が覚めたっす(笑)

2004年12月16日

貴方は、”これ”を愛せますか?

最近、教科書問題やら国旗・国家掲揚やら慌ただしいけど、ある市議会議員の方から、こんなメールが転載されてきたので、 掲載してみます。

なるほどね。。。意外に意外という感じです。

まぁ、最近、”愛国法”だかなんだかを制定したアメリカは変わったかもしれないし、後半は古い情報なので、 最近の情勢で変わった国もあるかもしれませんが。

誰かが、テレビのコメントで

「愛国心とは、自分の国を心から愛していると感じて、初めて、自然に生まれるもの。そういうものを、 法律やら条例やらなどで強制することでも、されることでもない。今の日本がその心から愛せる国になっているか?強制したそんな上辺っ面の” 愛国心”を押しつける国は、何れ滅びるのは目に見えている。」

って、ツーレツに言っていたけど、まさにその通りだと思う。

別に”愛国心”を悪いとは私は思わないが、国家や国旗をみただけで、教科書で読んだだけで、その”愛国心”とやらが、 本当にこの国に生まれるのだろうか?

その前に、誰からも愛される国にしていってほしいものだ。

国旗掲揚、国歌斉唱に関する諸外国の判例・事例

 以下は、国旗掲揚、国歌斉唱に関する米国の裁判判例及び諸外国の実態です。情報提供は、藤森修一氏です。

■アメリカでの判例

1943年 バーネット事件 連邦最高裁判決

「国旗に対する敬礼および宣誓を強制する場合、その地方教育当局の行為は、自らの限界を超えるものである。しかも、 あらゆる公の統制から留保されることが憲法修正第1条の目的であるところの、知性および精神の領域を侵犯するものである」(ウエスト・ バージニア州 vs エホバの証人)

1970年 バンクス事件 フロリダ地裁判決
「国旗への宣誓式での起立拒否は、合衆国憲法で保障された権利」

1977年 マサチューセッツ州最高裁

「公立学校の教師に毎朝、始業時に行われる国旗への宣誓の際、教師が子どもを指導するよう義務づけられた州法は、 合衆国憲法にもとづく教師の権利を侵す。バーネット事件で認められた子どもの権利は、教師にも適用される。教師は、 信仰と表現の自由に基づき、宣誓に対して沈黙する権利を有する。」

1977年 ニューヨーク連邦地裁

「国歌吹奏の中で、星条旗が掲揚されるとき、立とうが座っていようが、個人の自由である」

1989年 最高裁判決(国旗焼却事件)

「我々は国旗への冒涜行為を罰することによって、国旗を聖化するものではない。これを罰することは、 この大切な象徴が表すところの自由を損なうことになる」

1989年 最高裁判決

上院で可決された国旗規制法を却下。「国旗を床に敷いたり、踏みつけることも、表現の自由として保護されるものであり、 国旗の上を歩く自由も保証される」

1990年 最高裁判決

「連邦議会が、89年秋に成立させた、国旗を焼いたりする行為を処罰する国旗法は言論の自由を定めた憲法修正1条に違反する。


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■世界各国の状況
(内閣総理大臣官房審議室、および外務大臣官房儀典官室による1985年資料
 「諸外国における国旗国歌について」から)

1)学校教育での国旗国歌の取扱い(主要40ケ国在外公館調査)

a.ヨーロッパの立憲君主国では学校での国旗掲揚や国歌斉唱をすることが殆ど無い。

イギリス: 普通の歴史と音楽の授業で取扱い、学校行事では掲揚せず歌わない。
オランダ: 特に教育する事はない。学校行事で掲揚や歌唱という事も特にない。
ベルギー: 国旗掲揚の義務はなく慣例もまちまち。国歌は教育されていない。
スペイン: 学校での規定はない。
デンマーク: 特別の教育はしない。普通の授業で言及。国歌は行事で殆ど歌わない。
ノールウエー:特別な教育はしていない。両親が教えて子供はすでに歌っている。
スウエーデン:教科書に無い。国旗は教師に一任。国歌は学校で特別に教えない。

b.ヨーロッパの共和国ではむしろ革命をおぼえて国旗国歌を強調する。
しかし、例外がいくつもある。次のとおりである。

ギリシャ:学校での規定はない
イタリア:教科書には書かれず、それによる儀式は行われない。
スイス: 学校内で実際に国歌を歌う事は殆ど無い。
ドイツ: 各州の権限で決められる。
オーストリア:国旗は学校で特に扱われない。
ハンガリー:教科書では取り扱われていない。
旧ユーゴ:強制はない。教科書での取扱いも学校行事での使用もなかった。

c.アジア・アフリカ地区では、学校での教育を求めている事が多い。

d.米州・オセアニア各国での例

カナダ: 国旗も国歌も学校と特定の関係が見られ無い。
アメリカ:国旗が掲揚されるが儀式強制はない。国歌は学校と特定の関係が無い。
キューバ:国歌は学校での規定はない。
オーストラリア:国旗を政府が提供。掲揚も国歌も各学校に委ねられている。
ニュージーランド:学校のための統一された規準はない。


2)国歌を国民の慣習に任せ、政府が追認指示するのみで、
正式の法律・勅令・大統領決定・最高議会決定で制定していないおもな国

大韓民国・インドネシア・タイ・イスラエル・エチオピア・エジプト・イギリス・
オランダ・イタリア・スイス・デンマーク・ノールウエー・スエーデン・
フィンランド・オーストリア・ハンガリー・ブルガリア・キューバ・ニュージー
ランド
旧チェコ・旧ルーマニア
(40ケ国中21ケ国:1975年調査を1985年修正)

2004年8月28日

見えない壁

今日、10月にあるイベントのミーティングに町田の東京オフィスまで出かける。

私はいつも、仕事以外では公共交通機関を利用するようにしているんだけど、そこでよく見る光景。

電車や歩いている最中、子どもとかは、私をみてキョトンとしたり、指をさして笑ったり、「何、あれ~!」 と大きな声で近くにいる親に聞いたりする。そうすると親はほとんどの場合、子どもをしかったり、 子どもの顔を無理矢理そらさそうとしたりする。

今日の帰りの電車の中でもそういう子どもがいて、お母さんがものすごい怖い顔をして子どもを叱りつけ、力ずくで子どもの顔を押さえ込んで、 目線をそらさせようとしていた。

なんか、こういうのを見る度に、この子どもに対して、悪いことしちゃったなぁ、、、って思ってしまいます(たまに親に叱られて、 泣き出す子どももいるからねぇ)

私は、自分の持っている病気で、体が小さいんだし、変な体型なんだし、顔つきも違うんだから、不思議に思って「?」 となるのは当たり前のことで、子どもが私をみて笑ったり叫んだり、そういう反応は、全く自然な行為なんだよねぇ。そういうのを、 無理矢理押さえ込むことが果たしていいのかって思ってしまう。

だってさぁ~、今まで見たことないんだろうし、ほかの人と違うんだから、当たり前じゃんか~。
それに対して「怒る」という親の元で育った子どもが大人になったとき、障害者という人をみたらどうなるんだろう。

たぶん、怖くて近寄れないだろうし、ある意味こういうのって「見えない差別」、、、「心のバリヤー」になってしまうんじゃないのかなって、、 、そう思う。障害者を見たり、話したりしちゃいけないんじゃないかって感じてしまうだろうし。

これは前の日記で書いた「障害者施設という名の檻」と変わらないかな。これは差別と大差なし。

結構、この「心のバリヤー」って、私にとっては、結構、きつかったりする。健常者と話したりするとき、見えない圧迫感というか、 引いているのを感じちゃって、こっちまで、引き気味で対応してしまう。

結構、多い。
大人の人で、私と